445話 オリハルコンの剣
「ふふふっ、どうやら俺様の出番が来たようだな!」
マーガスが、腕を組んで建物の上に立っていた。
マントを靡かせ、まさにヒーローの登場といったところ。
しかし突然の登場に、違和感しかない。
「マーガス!なんでここに!最前線で戦っていたはずじゃ……」
遥斗が、困惑した顔で問う。
「パーティメンバーの危機に駆けつける——それこそが、リーダーというものだ!覚えておくんだな!」
マーガスが、胸を張る。
「おい、マーガス!格好つけてる場合か!」
「早くどけ!」
「邪魔、なのです」
「……」
「空気の読めん奴じゃのー」
後ろから、一斉にブーイングが飛んできた。
声の主は——
「アリアさん!それにシルバーファングの皆さん!」
遥斗が、目を見開く。
アリアを筆頭とする、シルバーファングがそろい踏みだ。
「お前ら無事だったか!心配かけさせやがって!」
アリアが、遥斗の眼前に飛び降りた。
「私ら、ルシウスの依頼通り、全員戦闘不能にしてたんだがな——」
表情が、曇る。
「睡眠状態から目覚めた奴は尋常じゃねぇ。どんなに手傷を負わせても怯みもしねー、死ぬまで暴れまくってやがる」
「どうすりゃいいのか……お前に聞こうと思ってな、探してたんだ」
「その途中で、パニックになっているマーガスを拾ったです」
リリーが付け加える。
「ちょちょ……至って冷静でしたー!」
マーガスが、必死に抗議する。
「いや、泣きながら鼻水を垂らしていた……」
レインが、静かに否定する。
「そ、そんなことは……」
「どうでもいいんだよ!んな事は!」
アリアが、マーガスの言い訳をぶった切る。
「遥斗らしき魔力が戦っているのを感じてな、大急ぎで駆けつけたんだ。とんでもない力のぶつかり合いだったぜ」
「マーガスだけ真っ先に飛び出しよったが」
マルガが、呆れた様子で付け加える。
「お、王国騎士としては当然でしょう?」
マーガスが、顔を赤くする。
「マーガス……皆さん……ありがとうございます」
遥斗は彼らが来てくれたことが、心底ありがたかった。
それは、精神的なものだけではない。
起死回生の一手を打てる可能性が出て来た。
遥斗にはマーガスが救世主に見える。
「今から、無茶なお願いをするけどいいかな?世界を救うためにはどうしてもマーガスの力が必要なんだ」
「そうかそうか、聞こう。何でも言ってくれ」
「マーガス、君、近くの金属を操れるようになったよね?」
「ぬ……」
マーガスが、眉をひそめる。
「今、操られて戦っているのは、全て兵士だ。どんな金属を使っているかは分からないけど——絶対に、鎧を着てる」
マーガスの目が、見開かれる。
「遥斗君?まさかとは思うけど……」
「その鎧を、拘束具に変化させて動けなくしてほしいんだ」
遥斗が、まっすぐに見つめる。
「動きを封じれば、取りあえずは殺し合いを止められる」
アリアとリリーが、そのアイデアに感心する。
「なるほどな……さすがだぜ、遥斗!」
「確かに、それなら被害を最小限に抑えられるです~遥斗君はやっぱり頭がいいのです~」
しかし——
マーガスだけは、渋い顔をしていた。
「マーガス……?」
「……いや、分かってる」
マーガスが、背中に背負った大剣に手をかける。
それは、鈍く光る——オリハルコンの大剣。
「その力を使うには、これを装備しなきゃならん」
重い声。
「けどな……これを使うと、無数の意識が頭に流れ込んでくるんだ。正気を保ってられるかどうか。他に方法はないのかよ」
「ごめん、マーガスの精神力に賭けるしかないね」
沈黙の時間が流れる。
「分かった。任せろ!」
アリアが、握りこぶしを作る。
「もし暴走したら、私らが何とかしてやるからよ」
「えっどうやって?」
「もちろんコイツで!」
先ほど作った拳を突き出した。
アリアの百戦錬磨の拳をみて、マーガスの顔が引きつる。
しかし、師匠に逆らう事は出来ない。
師匠でなくても、逆らう事は出来ないが。
「分かりました!お願いします!行くぜ!」
そして——マーガスがオリハルコンの大剣を構える。
瞬間。
無数の声が、マーガスの頭に流れ込んできた。
『殺せ』
『壊せ』
『滅ぼせ』
おぞましい囁き。
それは、死者からの声、怨念。
「ぐっ……うああ……」
マーガスの目が、血走る。
意識が、侵食されていく。
思考が殺意で塗り替えられた。
バキィ!
「しっかりしろ!目を覚ませ!」
アリアの拳骨が、マーガスの頭に炸裂した。
「ってぇ!」
「見ろ!敵が来てんぞ!あっちだ、あっち!」
アリアが、マーガスの肩を掴む。
「行け!やれ!」
「うぅ……」
マーガスが、かろうじて意識を保つ。
「うおおおぉぉぉ!」
マーガスが、集団に向かって走った。
「レア・アルケミックゥゥゥゥ!」
オリハルコンの剣が煌めき、魔力の波動が拡散。
ギギギギギ……
兵士たちの鎧が、蠢き始めた。
金属が、意思を持ったかのように変形していく。
それが腕を縛り、脚を縛る。
鎧が自分自身を縛る、拘束具に変化した。
「ぐっ……かっ……」
動けなくなった兵士たちが、いも虫のようにもがく。
しかし、知性なき状態では抜け出す事は叶わない。
成功。
「スゲーじゃねーか!やったぜ!」
大輔が歓声を上げる。
「ぐがあああああ!」
マーガスが苦しみもがく。
剣から聞こえる声が、さらに強くなっていた。
『殺せ殺せ殺せ……』
「くそ……黙れ……黙れよ……!」
マーガスが、頭を抱える。
「ガルス!」
アリアが叫ぶ。
「合点承知!」
ガルスが、マーガスを抱えた。
そして駆け出す。
そのまま次の戦闘をしている敵陣のど真ん中に、投げ入れた。
「うわああああ!」
マーガスがドスンと地面に転がった。
「レア・アルケミック!」
反射的に、魔法を発動する。
ギギギギギ……
先ほどと同じように、あたり一帯の兵士たちが、次々と拘束されていく。
鎧が変形し、身動きが取れなくなる。
「ぜっ……はぁ……はぁ……」
マーガスが、また苦しみ始める。
これは先ほどとは違う、魔力切れの症状だった。
「リリー!」
「はいです!魔導の流れよ!我が力となりて彼方へ!マナトランス!」
リリーが、MP回復魔法を放つ。
仄かな赤き光が、マーガスを包み込む。
一気にマーガスのMPが回復した。
「ガルス!もう一回だ!」
「応!」
ガルスが、再びマーガスを抱え上げる。
「ちょ……まって……また投げるの……?」
「すまんな!頼りにしてるぜ!」
「こいつらは、マーガスに何とかさせとくわ!」
シルバーファングが、マーガスを抱えて走り出す。
「手分けして戦場全体をカバーする!」
「了解」
レインが、続く。
「頑張るですよ、マーガス!」
リリーも、走る。
「ほっほ、さながら人間アイテムじゃな」
マルガも何故か嬉しそうだ。
シルバーファングが、戦場を駆けていく。
「すげーな……」
大輔が、感心する。
「あんな使い方があるのか……」
「マーガスには、後で謝らないとね」
遥斗が、苦笑する。
「でもこれで、時間は稼げるはずだ」
「僕たちは元凶となる異世界人の元に行こう」
大輔とさくら、エレナが頷く。
「遥斗……何か考えがあるんだな?」
大輔が、問う。
「勝算は……ある」
遥斗が、まっすぐに見つめ返す。
「止めたい。何としても」
「俺はルドルフたちの顔を知ってる。任せろ」
「私も全力で探す」
さくらが、るなを撫でる。
「エレナも協力頼める?」
「当然よ!」
エレナが、マジックバックを確認する。
遥斗が、深く頷いた。
「ありがとう、みんな」
「行こう。この地獄を止めるために」




