440話 偽りの賢者
アマテラスの全身から、太陽のごとき光が溢れ出していた。
それは眩く、熱く、全てを焼き尽くす。
「ウオオオオオ!」
金色の炎が、アマテラスを包み込んだ。
ルドルフに操られし兵士たちが、十人単位で襲いかかる。
剣を振りかざし、魔法を放ち、狂気の咆哮を上げながら。
シュ!
アマテラスが、クサナギを一閃させた。
刹那。
襲いかかった兵士たち全員が、バラバラになって千切れ飛ぶ。
原型をとどめる事もできず。
まるで、最初からそうであったかのように。
「げぇ!……な、なんて力だ……」
精鋭揃いの光翼騎士団が、呻く。
格が違う。
次元が違う。
これが、ソラリオンの太陽神と謳われた男。
「エリアナ・ファーンウッドよ!」
アマテラスが呼ぶ。
その声には、凄まじい殺気が宿っていた。
「貴様、異世界人を飼っているな!」
エリアナが、穏やかに微笑む。
「飼うなどと……ええ、確かに志を同じくする異世界の方はおられます。それがどうかしまして?」
まるで天気の話をするように。
「あれから五百年だ……当時の連中が生きているとは思えぬ。だが——」
アマテラスの拳が、強く握られる。
「それでも同じ愚行を繰り返すこと、断じて許せぬ!」
なぜなら。
人形になった者は、元に戻らない。
そして、無駄に魔力だけを消費させ、世界を削り取っている。
(いくらユグドラシルが崩壊を止めていても……これでは押し切られてしまう)
アマテラスの脳裏に、加奈の顔が浮かぶ。
希望はある。
エリアナのゴッド・ヴォイスだ。
あれならば、人形の意識を取り戻すことが可能なはず。
何としても、彼女の力で元に戻させなければ。
だが、どうやって?
アマテラスの視線が、一人の男に向く。
アレクサンダー。
光翼騎士団長にして、エリアナの剣。
側近を無惨に殺し、言う事を聞かせるしかない。
所詮は王女。
身に危険が及べば、いいなりになるはず。
駄目なら一人ずつ始末していくだけ。
まずは、コイツから。
アマテラスの姿が、ゆらりと揺れた。
次の瞬間——
アレクサンダーの背後に、立っていた。
「死ねっ!」
クサナギが、振り下ろされる。
「ライトン!ジンライ!はぁ!」
アレクサンダーが気合と共に叫ぶ。
全身から電撃が放たれた。
目で捉えるのではない。
気配で捉える。
放射状に広がる雷が、アマテラスの動きを一瞬封じた。
「多影斬!」
アレクサンダーが斬撃を放つ。
残像と実体が入り交じる、高速の連続斬撃。
一撃一撃が、必殺の威力を持つ。
しかし——
アマテラスは、たった指二本でエクスカリバーンを受け止めていた。
「なっんだと……!?」
「ならば!カトン!バクエンジン!」
アレクサンダーが次のスキルを発動する。
ドゴォォォン!
エクスカリバーンの先に球体の魔力が集約すると、大爆発がアマテラスを飲み込んだ。
炎が渦を巻き、熱波が周囲を襲う。
それでもアマテラスは、無傷で立っていた。
「このバケモノめ……手に負えんぞ!マーリン!何とかしろ!」
アレクサンダーが叫ぶ。
「で、あろうな」
マーリンが、静かに杖を構える。
その目が、アマテラスを見据える。
「その力、異質だな……あの女の物か」
低く、呟く。
「どこまでも邪魔をする。とっくに役目を終えているというに」
アマテラスは、マーリンの発する言葉の意味が分からなかった。
しかし全身が、総毛立つ。
何か……決定的な何かを感じ取る。
「あんな姿になっても。それでもなお、か。異世界人というのは、度し難い生き物だ」
マーリンが、嘲るように言う。
その言葉。
アマテラスの中で、何かが弾け飛んだ。
間違いない。
この男は、加奈を知っている。
知っていて、愚弄している。
「貴様ァァァァ!」
アマテラスが、マーリンに向かって突撃する。
その攻撃、音を置き去りにした。
しかし——
「ガイアピラー!」
マーリンが無詠唱で魔法を放つ。
ゴォォォォ!
岩の柱が、アマテラスを迎え撃つ。
「ウィンドカッター!」
アマテラスが風魔法で岩柱を切断する。
次の瞬間、マーリンは別の場所にいた。
「ダークバインドクロス!」
無数の闇の十字架が、アマテラスに降り注ぐ。
「サンダーボルトゲイザー!」
地面から雷が湧きだし、巨大な潮流となって全てを弾き飛ばした。
そして、雷はそのままマーリンを飲み込んだ。
「サンダーマジックアブソリュート!」
しかしマーリンを襲った魔法は全て、杖に吸収される。
「なっ!」
カウンターマジックは超高等技術。
それをアマテラス相手に行える者はいないはず。
人であれ、エルフであれ。
「そら!返してやるぞ!サンダーボルトゲイザー!」
巨大雷がアマテラスを襲う。
しかし、アマテラスは怯まない。
雷に貫かれながらもマーリンに迫る。
「サンドストーム」
砂嵐がアマテラスの視界を奪う。
「その魔力!見えている!」
アマテラスがマーリンの位置を感知し、斬りかかる。
いかに天才であろうと、接近戦ならば魔術師系統の職業など敵ではない。
カァアン!
マーリンが杖でクサナギの一撃を打ち払った。
「傲慢……だな……」
余裕の表情。
次の瞬間、アマテラスがマーリンの蹴りで吹き飛ばされていた。
「エクスプロージョン!」
追撃の爆裂魔法。
ドゴォォォン!
アマテラスが地面に叩きつけられる。
しかし、すぐに起き上がり反撃の態勢へ。
「フレイムトルネード」
「アイスブリザード」
「サンダーストーム」
マーリンが次々と魔法を放つ。
その全てが、最上位威力。
その全てが、無詠唱。
アマテラスが魔法障壁で必死に防ぐ。
しかし徐々に、だが確実に追い詰められていく。
(これが老人の力か……強い……!)
魔法の威力もさることながら、発射速度が異常だ。
まるで呼吸をするように、魔法を放っている。
アマテラスが、決断する。
あえて、ダメージを食らう。
そして渾身の一撃を見舞う。
例え相打ちになろうとも。
そうしなければ、この老人に勝てるビジョンが見えなかった。
「カタストロフ!」
闇魔法が、アマテラスを地面に押し付ける。
ギリギリと、身体が軋む。
これがチャンス。
アマテラスが全力で大地を蹴った。
「それも見えておる……愚かなり」
マーリンが杖を構える。
そして——
老人とは思えない身のこなしで、アマテラスを圧倒し始めた。
パリィ、カウンター、スティング。
全て接近戦用スキル。
それが流れるように繋がっている。
あまりにも、無駄なく洗練されていた。
剣術の達人のはずのアマテラスが、押されている。
「くっ……!」
クサナギが弾かれ、マーリンの杖が、アマテラスの腹を突く。
ゴフッ!
アマテラスの目が、鋭く光った。
「分かったぞ……貴様、幻術を使っているな」
その言葉に、マーリンの動きが止まる。
「ほう……」
「その力!その動き!骨格と筋肉が連動していない、技で出来る範囲を越えている!貴様は何者だ!」
エーデルガッシュが、その言葉に即座に反応した。
右手を、マーリンに向ける。
「聖なる力よ!真なる姿を暴きたまえ!」
エーデルガッシュから放たれた光が、マーリンを包み込んだ。
それは、あらゆるものに真実を強要する。
神の前では虚偽は許されない。
マーリンの姿が、揺らぎ始めた。
老人の姿が、消えていく。
光が過ぎ去った時——
そこには、壮年のエルフが立っていた。
長い金髪。
鋭い目。
整った顔立ち。
そして——尖った耳。
「エルフ……だと……?」
アマテラスが、愕然とする。
マーリンが——いや、偽りの賢者が、不敵に笑った。
その顔には、確かに見覚えがあった。
アマテラスに、どこか面影が重なる、その顔。
「ちっ、……父上?」
アマテラスは思わず呟いていた。




