434話 竜騎士のポーション
黄金に輝くポーションが、エレナの手の中で静かに光を放っている。
「鑑定」
遥斗が呟くと、ポーションの詳細が脳裏に浮かび上がる。
『竜騎士のポーション』
『効果:使用者に竜騎士の職業を付与する。効果は1時間』
「上出来だよ」
遥斗が小さく呟く。
フェイトイーターとエレナの錬金術の組み合わせは、想像通りの成果を生み出した。
「遥斗、お前何やってんだよ……それを飲むつもりか?」
大輔が驚愕の表情を浮かべる。
「うん。大輔と対等に話すためには、これが必要だと思うんだ」
遥斗がエレナからポーションを受け取る。
そのまま、躊躇なく飲み干した。
瞬間——
ドクンッ!
遥斗の体内で、何かが爆発したような感覚。
全身の血管を、熱い何かが駆け巡る。
(これが……竜騎士の力……凄い、他の職業の比じゃない)
筋肉が膨れあがり、視界が冴えわたる。
今まで感じたことのない、圧倒的な力の奔流。
今の遥斗はレベル350を超えていた。
普通はレベルが高ければ高いほど、レベルアップは難しくなる。
しかし、レベルのポーションが生成出来る遥斗にとって、レベリングに時間など必要ない。
遥斗の基礎能力に、竜騎士の職業補正が加わった。
「信じられない……これが遥斗?アイテム士なの?」
さくらが震え声を上げる。
「うん。アイテム士だよ」
遥斗が静かに答える。
「最弱の、ね」
遥斗が構えを取る。
武器はない、素手だ。
しかし、その佇まいには確かな威圧感があった。
「アマテラスさん!」
遥斗が大輔を見据えたまま叫ぶ。
「エリアナ姫との対話を!僕が時間を稼ぎます!」
アマテラスが頷く。
「……分かった。頼んだぞ、遥斗」
風のような速度で飛び立つ。
一瞥すらせずに。
それは遥斗への絶対的な信頼の証。
その陰に追従する者がいた。
光翼騎士団副団長イザベラ。
彼女もエリアナ姫の横に控えるアレクサンダーの元へと駆けた。
「待て!行かすかよ!」
大輔がランスで打ち落とす構えを取る。
この距離でも攻撃は可能だ。
「ファイア!」
遥斗の魔力銃が火を吹いた。
カンッ!
大輔の盾が、渇いた音を立てて弾丸を弾き飛ばす。
このレベルになれば、もはや魔力銃は児戯に等しい。
子供の持つおもちゃの銃と大して差はない。
それでも、大輔の邪魔をした意味は大きい。
大輔は遥斗に向かって構え直す。
「本気でやるつもりか?」
「もちろん本気だよ」
「殺さないつもりだけどよ……ものには弾みってモンがある」
「そうだね」
「お前……大事なものが出来たって言ってたな」
「うん……」
「俺にも出来た。その為なら何だって犠牲に出来る!例え元クラスメートの命だろうがな!」
二人が対峙する。
かつての友が、今は敵として向かい合う。
「大輔……」
さくらが大輔の苦しみを感じ、泣きそうになった。
言葉ではああいっているが、心は悲鳴を上げているに違いない。
それでも覚悟は本物だ。
見守ることしか出来ない。
「スピアァァスラスト!」
大輔が先手を取る。
竜騎士の突進技が、遥斗の肩を貫こうとする。
しかし——
「それなら軌道は読めるよ」
遥斗が最小限の動きで回避する。
ランスが左肩を掠めるが、恐怖は感じない。
(威力を殺そうとしてる……軸足に重心を置きすぎだ)
竜騎士のスキル「竜眼」。
目が良くなる、というのは比喩表現。
実際には、思考が加速して視野が広がっている。
「加速のポーション」と似たような効果だが、実際の動きが加速する訳ではない。
このスキルに、数々の実戦で培った遥斗の観察眼が加わるとどうなるか。
「足元がお留守だよ?」
遥斗が、大輔の軸足の踵を軽く蹴る。
それだけで、大きくバランスを崩し転倒してしまった。
大輔は完全に油断していた。
この期に及んで出来るだけ傷つけないように、細心の注意を払っていたのだ。
一生の不覚。
うつ伏せに転倒してしまったために、背後ががら空きになっていた。
いかに防御が得意な職業といえど、背後からの攻撃は防ぎようがない。
慌てて振り返った視線の先には。
遥斗がいた。
何もせずに大輔が立ちあがるのを待っている。
「どうして何もしない……チャンスだっただろ?」
「さっきも言ったと思うけど、僕の役目は時間稼ぎだから。別に大輔を殺したいわけじゃないし……」
大輔はゆっくりと立ち上がり、鎧についた砂埃を払う。
「そっか、なるほど……手加減してくれたってわけね。なるほど、なるほど」
「じゃ、遠慮はいらねーってことだよな!」
大輔の目つきが変わる。
本気になったのだ。
その眼はまるでドラゴンそのもの。
遥斗は竜の逆鱗に触れてしまったのだ。
「スピアスラストォ!」
先ほどとはけた違いの速さ。
しかも心臓を狙っているので、回避が難しい。
「天竜脚!」
遥斗はランスの切っ先を蹴り上げた。
まるで武道家のような動き。
マーガスは自分のスキルで、槍術の技を模倣してみせた。
彼の戦闘センスは天才的。
それゆえになせる業だ。
しかし遥斗は「格闘家のポーション」を使った時の感覚をずっと分析していた。
別の職業でも応用が出来ないかと。
当然アイテム士のステータスでは不可能だし、出来たとしても威力はしれているだろう。
もしも、超レア職業なら?
一般職である格闘家の模倣程度なら?
その答えがこれだった。
蹴り上げられたランスは、軌道を変える。
だが、本気になった大輔はこの程度では驚かない。
数々の修羅場で鍛えられたのは大輔とて同じ。
大輔はスピアスラストを攻撃技としてではなく、移動技として使っているのだ。
当たっても当たらなくても関係ない。
間合いにさえ入れれば。
「シールドバッシュ!」
大輔が盾で遥斗を弾き飛ばす。
最初からこれが狙い。
しかもシールドバッシュは攻撃技にあらず。
相手の動きを封じる、拘束技。
「ドラゴンダイヴ!」
大輔が龍のオーラを纏って飛翔する。
遥斗に向かって蒼き竜が吼えた。




