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428話 信念なき剣(後)

 薄汚れた街の片隅で、十歳のアリアは震えていた。

 ボロボロの服を着て、お腹を空かせて、それでも必死に生きようとしていた。


 親に捨てられ、行く当てもない。

 生きる術は、冒険者になることだけ。

 しかし、どのパーティも子供など入れてくれない。


「おい、ガキ。邪魔だ、どけ」

「すみません……」


 冒険者たちに蹴飛ばされ、罵られ、それでもギルドに通い続けた。

 いつか、誰かが拾ってくれることを信じて。


 アリアには才能もなかった。

 ソードマスターという職業を得ていたものの、それは呪いのようなものだった。

 全ての剣技を習得できる、ただそれだけ。


 固有のスキルは一つもない。

 何の特徴もない、半端な職業。


 生きるために、汚いこともした。

 盗賊の真似ごと。

 スリ。

 詐欺の手伝い。

 暗殺スキルなどないが、それしか生きる術がなかった。


 ある日、闇ギルドから依頼が入った。

『シルバーファングのルシウスを殺せ。報酬は金貨1枚』


 大金だった。

 それだけあれば、しばらく生きていける。


 調べてみると、ルシウスは落ちぶれた冒険者だった。

 昔は伝説と呼ばれたらしいが、今は見る影もない。

 常人と変わらないステータス。

 パーティメンバーも、マルガとガルスの二人だけ。


 チャンスだと思った。


 ルシウスは極稀にギルドに顔を出す程度。

 接近するためには、毎日ギルドに通うしか方法はない。


 ひたすらルシウスを待った。


 落ちぶれたとはいえ、元は伝説の冒険者。

 正面から挑んでも、勝ち目はないだろう。

 毒を盛るか、寝込みを襲うか——そんなことばかり考えていた。


 そんなある日、チャンスは突然訪れた。


「おーい、誰か薬草採取クエストに付き合ってくれる奴はいないか?」


 ルシウスが大声でギルド中に呼びかけていた。

 銀色の髪に人懐っこい笑顔。

 とても伝説の冒険者には見えない、普通の青年だった。


「報酬は銀貨5枚だ!簡単な仕事だぞー!」


 しかし、誰も振り向かない。

 落ちぶれたパーティになど、関わりたくないのだ。

 失敗すれば連帯責任。

 成功しても、得られるのは僅かなお金だけ。


「はあ……今日も中々人が来ないねぇ」

 ルシウスが肩を落とす。


 アリアにとって、これ以上ない機会だった。


「あ、あの!」

 震え声で、アリアが手を上げる。

「私でもいいですか?」


 ルシウスの顔が、パッと明るくなった。


「おお!君みたいな若い子が来てくれるなんて!」

 満面の笑みで駆け寄ってくる。

「名前は?」


「ア、アリアです」


「いい名前だ!私はルシウス。よろしく、アリア!」


 大きな手で、アリアの小さな手を握る。

 温かい手だった。

 殺そうとしている相手なのに、なぜか安心感を覚えた。


 翌朝、ギルドの前で待ち合わせた。

 マルガとガルスも一緒だった。


「この子がアリアか?小さいのう!」

 ガルスが豪快に笑う。


「ふむ、ソードマスターか。珍しい職業じゃな、役に立つのかえ?」

 マルガが杖でアリアを指す。


「まあまあ、優しくしてやってくれないか。折角協力してくれるんだから。ね?今日から仲間だ!」

 ルシウスがアリアの頭を撫でる。


 仲間。

 その言葉に、胸が痛んだ。


 森への道中、ルシウスは終始機嫌が良かった。

 昔の冒険譚を語り、ジョークを飛ばし、アリアを楽しませようとした。


「なあ、アリア。冒険者になった理由はなんだい?」

「……生きるため」

「そうか。冒険者はみんなそうだったね」


 ルシウスが遠い目をする。

「最初は生きるため。でも、いつの間にか大切な物の為に戦うようになる」 

「大切……なもの?」

「そう。人が生きていくには理由がいるんだ。誰にも譲れない理由……」

「理由……」


 幼いアリアには分からなかった。



 薬草の群生地に着くと、作業が始まった。

 アリアは隙を窺っていた。


 崖の近くで、突き落とすか。

 モンスターが現れたら、その混乱に乗じて——


 しかし、機会は訪れなかった。

 ルシウスは常にアリアを気にかけ、危険から守ってくれた。


「アリア、そっちは崖だから気をつけて」

「この誘集香でモンスターを引き付けるんだ。その間に突破しよう」

「疲れたろ?食事にしよう。料理には自信があるんだ」


 なぜ、こんなに優しいのか。

 初めて会った子供に、なぜここまでするのか。


 夜、キャンプで焚き火を囲んだ。


「アリア、剣術の心得はあるのかい?」

 ルシウスが突然聞いてきた。


「少しだけ……」

「ちょっと見せてもらえる?」


 アリアが剣を抜き、素振りをする。

 我流の、めちゃくちゃな剣術。

 しかし、ルシウスの目が光った。


「……やるね」

「え?」

「君には才能がある。いや、才能というより可能性か」


 ルシウスが立ち上がる。

「ちょっと来て」


 森の開けた場所に連れて行かれた。


「これから、これを投げる」

 ルシウスが適当な枝を拾う。

「それを剣で切ってみて」


「え?」

 意味が分からなかった。


「いくぞ!」


 ヒュッ!


 棒切れが飛んでくる。

 アリアは慌てて剣を振るうが、まったく当たらない。


 ゴツン!


 棒切れが額に直撃した。


「いたっ!」

「はい、もう一回」


 ヒュッ! ゴツン!

 ヒュッ! ゴツン!


 何度やっても同じ結果。

 棒切れは容赦なくアリアの頭や体に当たる。


「なんなんですか、これ!」

 アリアが怒りを露わにする。


「うーん……修行かな?」

 ルシウスは涼しい顔。


 暗殺がバレたのか?

 それとも単なる意地悪?


 アリアは、ルシウスのストレス発散に付き合わされているのか思った。

 しかし、ルシウスの目は真剣だった。


 それから毎日、時間があれば同じ修行が続いた。

 朝も、昼も、夜も。

 棒切れを投げられ、切ろうとして失敗し、体中あざだらけになった。


 ポーションで治療されては、また繰り返す。

 うんざりするような日々。


 アリアはルシウスが嫌いになっていった。

 この意味不明な修行が嫌いになった。

 何より、こんな簡単な事ができない自分が嫌いだった。


「なんでこんなことするんですか!こんなことしても意味ないです!」

 ある日、とうとう爆発した。

「どうせ私なんて……」


「意味はある。君は気づいていないだけなんだ」

 ルシウスが静かに答える。


「何に!?」

「本当の自分に」


 その日も、また失敗した。

 次の日も、その次の日も。


 しかし——


 二週間が過ぎた頃。


 ヒュッ!


 投げられた棒切れを見て、体が勝手に動いた。

 今までとは違う感覚。

 棒切れの軌道が、はっきりと見える。


 シュッ!


 剣が一閃。

 棒切れが、真っ二つに切断された。


 静寂。


 切断された棒切れが、地面に落ちる音だけが響く。


「……できた」

 アリアが呆然と呟く。


「やったじゃないか!」

 ルシウスが駆け寄り、アリアを抱きしめた。

「すごいぞ、アリア!」


 なぜか、涙が溢れた。

 生まれて初めて、褒められた。

 認められた。


「もう一回やってみよう」


 ヒュッ!

 シュッ!


 また成功。

 一度コツを掴むと、百発百中。

 しかも、同じ動作で剣を振れば、離れた物も切断できることに気づいた。


「これが『烈風剣・空破』だ」

 ルシウスが説明する。

「剣圧で物体を切り裂く技。普通の剣士程度では一生かけても習得できない代物だよ!」

「私が……そんな技を……」

「そう。それがソードマスターの真価だ」


 ルシウスがアリアの肩に手を置く。

「知識と努力さえあれば、全ての剣技を習得できる。固有スキルがない代わりに、無限の可能性がある」


 アリアは初めて知った。

 自分は無価値じゃない。

 可能性を秘めた、特別な存在なのだと。


「君のような逸材が埋もれなくて、本当に良かった」

 ルシウスが優しく微笑む。

「これからも困難は立ちはだかるだろう。でも、それは君を強くするための糧なんだ。全てに立ち向かいなさい。それが君を無限の高みへと導くはずだ」


 その瞬間、アリアの中で何かが壊れた。

 暗殺の決意が、音を立てて崩れていく。


 この人を殺すことなんて、できない。

 この人の期待を裏切ることなんて、できない。


 その後シルバーファングに正式に加入した。


 そしてルシウスの目的を知った。


 失われた力を戻す方法を探している。

 力もスキルも職業も、全ての栄誉と地位を失ってもルシウスは前を向いていた。


 この人の力になりたい。

 この人の力を取り戻したい。


 その為に強くなる。

 失った力の代わりに、この人の剣になろう。


 そう誓った。


 ルシウスがシルバーファングを抜けても、彼の力を取り戻す方法を探す。

 それがアリアの生きる理由。


 譲れない理由だった。


 それも今は過去の話。

 ルシウスは力を取り戻せた、遥斗のおかげで。


 もう戦う理由はない。

 そう思っていた。



 ***



 遥斗とエレナは、黙っていた。

 シルバーファングのメンバーも、改めてアリアの気持ちを感じていた。


 アリアが自嘲的に笑う。

「お前のおかげで、ルシウスは力を取り戻した。もう私たちの付き合いも終わったんだ」


「それは——」

 エレナが何か言いかけた時、遥斗が懐から一通の封書を取り出した。


「実は、ルシウスさんから預かり物があります」


 アリアの動きが止まる。

 その封書には、見慣れた筆跡で『アリアへ』と書かれていた。


「……なんだこれ」

「手紙です。アリアさんに渡してくれと預かってきてます」


 震える手で、アリアは封を切る。

 そこには、ルシウスの丁寧な文字が並んでいた。


『親愛なるアリアへ


 相変わらず酒ばかり飲んでいるんじゃないだろうね。

 酒は飲んでも飲まれるな。


 まぁそんな事よりも。


 まず、重大な報告がある。

 遥斗君のおかげで、エドガー王と和解することができた。

 王国の摂政となる予定だ。

 これからはアストラリア王国のために、この力を使っていく。


 ここまでこれたのは、君たちおかげだ。

 本当に感謝している。ありがとう』


 アリアの表情が複雑になる。

 嬉しさと、寂しさが入り混じった感情。


(良かった……ルシウス……)


 でも、それは同時に——

 もう本当に自分は必要ないということ。


 しかし、手紙には続きがあった。


『だが、困ったことがあるんだ。


 世界が滅亡してしまったら、研究が出来なくなってしまう。

 力を取り戻してから、探求したいことが山のように出てきてしまった。

 新しい錬金術の可能性、失われた古代技術の復元、そしてアーティファクトの更なる開発。


 やりたいことが多すぎて、人生がいくつあっても足りない。


 そこで、正式に依頼したい。


 この戦争を終結させてほしい。

 できるだけ犠牲者を抑えて、ね。


 報酬は——そうだな、シルバーファングが一生遊んで暮らせるだけの金貨はどうかな。

 随分出世したんだ、そのくらいは何とかなるさ。


 戦いが終わったら、また一緒に冒険の旅に出よう。

 探索したい場所が沢山あるんだ。

 君たちの力を貸してくれ。



 ルシウス・ファーンウッド』


 ポタリ。


 手紙に、涙が一滴落ちた。


「……くそ」


 アリアが目を擦る。

 嬉し泣き、いつぶりだろう。


「アリアさん……」

 遥斗が心配そうに声をかける。


「うるせぇ!」

 アリアが勢いよく立ち上がる。

 その顔には、もう迷いはなかった。


「おい、てめぇら!」

 シルバーファングのメンバーが、ビクッと背筋を伸ばす。


「依頼が来たぞ!」

 アリアが手紙を高く掲げる。

「ルシウスからの正式な依頼だ!報酬は俺たちが一生遊んで暮らせる金貨だとよ!」


「おお!」

 ガルスが立ち上がる。

「それは受けねばならん!」


「ふむ、世界を救う、か」

 マルガが杖を握りしめる。

「儂向きじゃな」


「……了解した」

 レインが静かに頷く。


「みんなで頑張るのです!お金を稼ぐのです!」

 リリーが元気よく手を上げる。


 アリアが遥斗とエレナを見る。

「悪かったな、さっきは。でも、もう迷いはねぇ」


 そして、獰猛な笑みを浮かべる。


「シルバーファング、出陣だ!仕事の時間だぜ!」

「連合軍だろうが何だろうが、関係ねぇ!私らの仕事は『犠牲を最小限に戦争を終わらせること』だ」


「つまり、出来るだけ殺さずに全員ぶっ倒せばいいんだろ?」

 剣を肩に担ぐ。


 遥斗とエレナの顔に、安堵の笑みが広がる。


「ありがとうございます!」

 エレナが深々と頭を下げる。

 遥斗も頭を下げる。


「へっ、礼なんていらねぇよ」

 アリアが照れくさそうに顔を背ける。

「これは仕事だ。プロとして、完璧にこなしてやるさ」


 そして振り返り、叫ぶ。


「行くぞ、お前ら!世界を救いになぁ!」


「「「おおおお!」」」


 彼らの戦いの理由。

 それは今、確かなものとなった。


 アリア達には信念なんかない。

 信念なき剣。

 あるのはプライドだけ。


 もう迷わない。

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