421話 頭脳戦(2)
全員の視線が遥斗に集中した。
エルフたちは困惑している。
こんな人族の少年に何ができるというのか?
しかし、アマテラスだけは違った。
遥斗への絶対的な信頼がある。
あの加奈の息子であり、アマテラスに勝利した少年。
彼ならば……。
遥斗は頬を指で掻きながら、静かに口を開いた。
「前に似たような状況を経験したことがあります。こちらの世界に来る前なんですけどね」
「おおーーー!」
会議室が揺れる。
まさか突破口があるというのだろうか、この未曾有の事態に。
しかし、この若さで攻城戦の経験があるとは。
俄かには信じがたい。
皆、遥斗の次の言葉を待ち望んだ。
視線が痛い。
遥斗は嘘は言っていない。
嘘は。
だが語弊があった。
彼が経験したことがあるのはゲームだった。
最大300人対300人でプレイできるFPS。
説明したところで理解は得られないので、あえての割愛。
ゲームといえど、この規模になると最早戦争だ。
指揮官がいて、事前に作戦が伝えられる。
役割も与えられる。
近未来が舞台で、現実以上のトンデモ兵器がある。
これにどっぷりハマっていたのだ。
遥斗の射撃のテクニックも、このゲームで磨かれた。
「ある戦いで、相手は基地の前方に、バリアと地雷を山のように設置していました」
エルウィラインが興味深そうに身を乗り出す。
「相手の戦術は、こちらの戦力を削いでカウンターを狙うもの。相手の方が格上だったので、引き分けでも十分だと考えていたようです」
「こちらは何としてでも勝ちたかった。最初は地雷を撤去してルートを確保し、総攻撃をしかけようと考えました。……がやめました」
「なぜだ?」
ブリードが腕を組みながら遥斗に問う。
実際の光景をイメージしているのだろう。
ブリードの中では、他に選択肢はない。
「相手は長距離攻撃を適当にしているだけで勝利が確定するからです。時間が経てば経つほど、こちらが不利になる」
その分析に、側近たちが頷く。
「では、どうしたのか?」
エーデルガッシュが尋ねる。
「残る戦術は一つ。ワープポイントを相手の陣地の中に作ってしまうこと」
会議室がざわめく。
「敵を正面に引きつけている間に、後方から一部の部隊が強行突入。突入地点にゲートを作ります」
「ゲートから突入した部隊は少数。当然掃討されます。でも構わないんです。突入部隊の目的はゲート設置なので」
「今度は二つのゲートから侵入。またゲートを設置。こうやってゲートをどんどん増やして、乱戦に持ち込みました」
この戦術の意図を理解できた者は、表情が変わった。
「結局、相手は戦力が少なかったので籠城作戦を取っていたようでした。ならば後は物量で押して勝ち、というわけです」
遥斗がエルフたちを見回す。
「確か——兵士を呼べるアイテム、ありましたよね?」
ドンッ!
アマテラスが思わず机を叩いた。
「まさか……」
「突入部隊が簡易転送魔法陣を設置。そこから簡易転送魔法陣を持った部隊が突入。それを繰り返せば——」
エルウィラインが震え声で続ける。
「あっという間に大部隊がシルバーミスト内に溢れかえるぞ……」
しかし、ブリードが首を振る。
「それはなかろう。転移系のアイテムは高価だ。空間系魔法が使える者も限られている」
「空間系の技術は、ソフィア共和国がほぼ独占状態にある」
アマテラスが眉をひそめる。
「共和国兵は今回の戦闘で姿を見かけていないそうだ。この戦いに参戦していない可能性はあるか?」
「いや、それはない」
エーデルガッシュがきっぱりと答える。
「エドガー王から得た情報だ。ソフィアは連合軍に参加している。考えられるのは、部隊を温存していた、ということだろう」
「真の戦いの為にな!」
その言葉に、全員が息を呑む。
しかし、遥斗の表情は意外にも明るかった。
「なら、攻め込んでもらいましょう」
「何だと?」
エルウィラインが驚愕する。
こいつは何を言っているのだろう、という顔だ。
「実は、この作戦には大きな穴があったんです」
遥斗が苦い笑みを浮かべる。
「それを突かれて、僕たちのサーバも痛い目にあいました。それ以来、この作戦は半封印。使うにしても、かなりアレンジしないと使い物になりません」
アマテラスが身を乗り出す。
「大きな穴、とは?」
「ゲートの先が見えない事です。いつ敵が出てくるのか、どこから出てくるのか。全部分かっていたらどうするか?」
「答えは簡単。相手はゲートに無人ガーディアンとトラップを山のように設置しました。突入部隊は次々と頓死」
遥斗の目が鋭く光る。
「敵の本体は基地を守らず、総攻撃に転じていたんです。完敗でした」
衝撃が走った。
「つまり——」
エルウィラインの声が震える。
「基地を囮にした大胆な作戦、だったということですか?」
「そうです」
遥斗が頷く。
「シルバーミストを放棄して、敵を殲滅する罠とするのです」
あまりの戦術に、エルフたちは開いた口が塞がらない。
「しかし、シルバーミストを捨てる事など……」
「だまれ!」
アマテラスが立ち上がる。
「ここで勝たねば先などないのだ。いかなる犠牲を払おうともやるしかない!」
エーデルガッシュの瞳に、決意の炎が宿る。
「アマテラス殿の言う通りだ。相手が転送作戦実行するなら、逆にそれを利用する」
「住民は事前に避難させ、シルバーミストを巨大な罠に変えるのだ」
ブリードが興奮気味に続ける。
「敵が侵入してきたところを一網打尽。現実的ではないでしょうか」
「しかし、どうやって——」
エルウィラインが不安を口にする。
「そんな都合の良い罠がありますか!敵だってもぬけの殻、では罠にかからないでしょう!決死隊でも常駐させますか?自軍の罠で敵もろとも死ねと言って」
遥斗が笑う。
「別にトラップは即死でなくてもいいのでは?」
「は?」
「例えば睡眠ガスとか?数日間眠るようなものが望ましいですね。敵も味方も寝てもらう。その後……」
「敵だけを捉えればよい!」
その言葉に、会議室に静寂に包まれた。
誰もが同じことを考えていた。
この少年の戦略眼は、本物かもしれない、と。




