420話 頭脳戦(1)
大集会所の重厚な扉が開かれた。
中には、アマテラスと多数のエルフが円卓を囲んで座っている。
彼らの容姿は一様に美しい。
しかし瞳の奥には、深い知性と恐ろしいまでの冷徹さを宿している。
アマテラスの側近たち。
各都市の管理を任せられている、クロノス教団の中枢を担う重要人物。
立場的には、ヘスティアと同格の実力者だ。
遥斗たちが足を踏み入れた瞬間——
ピシッ
空気が張り詰めた。
側近たちの視線が、一斉に遥斗たちに向けられる。
それは好奇心などではない。
明確な敵意と警戒心。
殺気すら感じられる、鋭い視線。
「……よい、我が許可した」
アマテラスが静かに手を上げて、側近たちを制した。
しかし、彼らの警戒は解けない。
その中の一人、長身で白髪のエルフが立ち上がった。
彼の瞳は氷のように冷たく、声には一切の感情がこもっていない。
「アマテラス様。そういう訳にもまいりません」
その声に、会議室の空気がさらに緊張を増す。
「経緯は存じております。しかし、我らの顔を覚えられれば、教団は丸裸も同然」
冷静で、明晰。
何より、強い。
この男は、アマテラスにも堂々と意見が言える立場の人物なのだ。
「敵か味方か……はっきりしていただきましょう。味方でないなら、別室でお待ちいただくのがよろしいかと?」
その言葉に、他の側近たちも頷く。
当然だった。
この状況下で、アマテラスを下した実力者を無下に扱って敵に回すような愚行は犯したくない。
しかし、味方でないなら、せめて重要情報が漏れることだけは阻止したい。
そんな彼らの思惑が、透けて見えていた。
それに対し、イザベラが一歩前に出る。
皆の視線が一様に集まる。
イザベラは先ほどの書簡を高々と掲げた。
「アストラリア王国エドガー王陛下の勅命を読み上げる!」
その言葉に、側近たちの顔色が変わった。
「『アストラリア王国軍は、連合軍に協力してはならぬ。罪なき民を守り、争いを終結させ、即時王都に帰還せよ』」
書簡の内容が読み上げられると、会議室にどよめきが起こった。
「アストラリア王国は、ルシウス様が抑えてくださいました」
イザベラの報告に、アマテラスの表情が感慨深げに変わった。
「そうか……ルシウスが……」
その名を呟くアマテラスには、複雑な感情が込められていた。
誤解とはいえ、ルシウスには数々の非道を働いてしまった。
それでも彼は、エルフ国の為、世界の為に動いてくれたのだ。
さらに、エーデルガッシュが歩み出る。
「ヴァルハラ帝国は、世界の安寧のため、クロノス教団と友好関係を築きたいと思っている!」
「もちろん、人族の抹殺などに加わることはない。しかし神子として神の意思を体現してみせる!」
その声は幼いが、確固たる意志に満ちていた。
もちろん、少女の妄想だと思う者もいるだろう。
しかし、彼女から感じるこの神聖なオーラはどうだ?
どんなに長く紡がれる言葉より、遥かに説得力がある。
それは真実だと、心の奥底で確信させるような力。
側近たちの態度が、徐々に変化していく。
自分たちは神に見捨てられた存在だと思ってきた。
違う。
違うのだ。
今この時のために自分たちはここにいたのだ。
この終わり行く世界のために!
それを今、行使するのだ。
彼らは原点に立ち返る。
彼らは世界が欲しいわけではない。
人族が憎いわけでもない。
自滅願望があるわけでもない。
世界を救いたいのだ。
彼らの瞳に、希望の光が宿った。
もはや遥斗たちを疑う者はいない。
「わかった」
アマテラスが立ち上がる。
「今より作戦会議に入る!協力してくれ!」
円卓の周りに、全員が着席した。
ブリードも加わり、本格的な戦略会議が始まる。
「まず、現状を整理しましょう」
白髪の側近——エルウィラインが口を開いた。
「不思議ですが、現在侵攻が始まっていません。転移魔法陣は凍結されたまま。封印が破られる兆しは、今のところありません」
「侵攻してくるなら、ここから。それ以外は無理でしょう」
別の側近が地図を指差す。
「シルバーミストは霧の結界で守られており、外敵を寄せ付けません」
ブリードが分析を加える。
「転移魔法陣なら、一度に送り込める人数は限られている。最大でも100名程度だろう」
「しかも魔法陣が王城の中にある以上、軍の展開や大規模魔法も難しい。となると少数ずつ、永遠に戦闘を繰り返すのか?」
エルウィラインが冷静に続ける。
「それならば、来た者を順に倒していけば、こちらが負けることはありません」
「ただし。一度包囲網を破られれば、このダンジョンにも別の転移魔法陣が繋がっています。そしてダンジョンからはソラリオンにも」
「ルナークは、絶対に死守しなければなりません」
その言葉に、全員が頷く。
ブリードが一つ提案する。
「魔法陣の撤去は?どの程度時間を要しますかな?」
「一年……は必要でしょう」
エルウィラインが即答する。
それは既に検討されていたのだろう。
「魔法陣は、無理に破壊することができません。そこには時空に穴が開いているようなもの。扉だけ壊しても意味がない。すぐに再構築出来てしまう」
アマテラスが眉をひそめる。
相手の作戦も分からない。
こちらの手の打ちようも限られている。
「普通なら——」
別の側近が戦略論を展開し始めた。
「時間をかけて軍を動かし、シルバーミスト周辺に砦を作ります。そこで街を作り、軍を維持し、霧の結界を破り、王都を攻略する。何年もかかる作業です」
エルウィラインが頷く。
「だからこそ、今までエルフ国を攻める、という行為はどの国もしてきませんでした」
「ましてや、こちらの領土には森が多く、そこに棲息するモンスターの強さは人族領域とは桁が違います」
「あれだけ無理を押して攻める以上は……短期決戦でしょうな」
ブリードが結論づけた。
沈黙が会議室を支配した。
誰もが同じことを考えている。
敵の真の狙いは何なのか。
そして——自分たちに勝算は。
その時、エーデルガッシュが静かに口を開いた。
「遥斗……お前の意見が聞きたい」
全員の視線が、遥斗に集まった。
突然の言葉にエルフ族の誰もが困惑する。
こんな少年に何が出来るのか?
しかしこの男だけは違った。
アマテラス。
彼だけは嫌というほど遥斗を知っている。
遥斗の洞察力に、最後の希望を託していた。




