42話 シルバーファング
王城の玉座の間は、重苦しい空気に包まれていた。高い天井から吊るされた巨大なシャンデリアの光が、部屋全体を柔らかく照らしている。しかし、その温かな光も、今この瞬間の緊張感を和らげることはできなかった。
エドガー王は、その威厳ある表情の下に、深い懸念の色を隠しきれずにいた。彼の隣には、若きエリアナ姫が立ち、その大きな瞳に不安の色を宿している。そして、少し離れた場所には、長い白髪と髭をたくわえた賢者マーリンが、静かに状況を見守っていた。
そんな中、アレクサンダー・ブレイブハートが入室してきた。彼の鎧には、つい先ほどまでの激戦の痕跡が残っている。
「陛下、報告に参りました」
アレクサンダーの声が、静かに玉座の間に響く。
「話せ、アレクサンダー卿」
エドガー王はゆっくりと頷いた。
アレクサンダーは深く息を吸い、そして銀月の谷での戦いの詳細を語り始めた。シャドウストーカーとの激闘、そして彼らの異常な行動パターン。話が進むにつれ、エドガー王の表情はますます厳しいものとなっていく。
「やはり...」エドガー王の声は、かすかに震えていた。
アレクサンダーは更に続けた。
「光翼騎士団は現在、シルティーブルックの住民を避難させております。そして...」彼は一瞬言葉を詰まらせた。
「スタンピードが近いと予測されます」
この言葉に、部屋中が凍りついたかのような沈黙が訪れた。
エリアナ姫が、小さな声で言った。
「スタンピード...それは、前回のような...」
「はい。しかも、今回はさらに大規模になる可能性があります。そして谷からシルバーブルックを直線で結び、そのまま延長すれば...」
アレクサンダーは姫の言葉を受けて答えた。
「王都に繋がる」
マーリンが、静かにその言葉を補完した。
エドガー王は、拳を強く握りしめた。
「果たしてどれほどの時間があるのか?」
その瞬間、扉が勢いよく開かれ、一人の兵士が慌てた様子で飛び込んできた。
「陛下!大変です!大量の魔物が溢れ出しました!シルティーブルックは...壊滅しました」
兵士の声は、パニックに陥っていた。
全員の目が、一斉に兵士に向けられる。
アレクサンダーが素早く尋ねる。
「住民は?」
「無事です。避難が完了していました」
この報告に、わずかな安堵の息が漏れた。しかし、それも束の間のことだった。
「魔物どもは、この王都に向かっています」兵士は続けた。
エドガー王は、決断を下した。
「アレクサンダー、全軍の指揮を執れ」
「御意」アレクサンダーは深く頭を下げた。
「王よ、ミストヴェール湖周辺で迎え撃つことを提案いたします」
王は即座に承諾し、迎撃の命令を下した。
そして、マーリンに向かって言った。
「マーリン、住民の避難と、各都市からの援護要請、そして冒険者ギルドへの依頼を頼む」
「承知いたしました」
マーリンは、その老いた体に似合わぬ素早さで動き出した。
エリアナ姫は思い出したかのように尋ねた。
「父上、勇者たちは?彼らはどうなっているのでしょうか」
「まだダンジョンから帰還していない」
エドガー王の表情が、一瞬曇った。
「間に合わないのですね...」
姫の声には、深い失望が滲んでいた。
しかし、エドガー王は静かに言った。
「いや、これで良かったのかもしれぬ。まだ成長しきっていない彼らがスタンピードに巻き込まれれば、命の保証はない。彼らには...闇を消してもらわねばならないのだから」
エリアナ姫は、その言葉の意味を理解し、静かに頷いた。
「では、参ります」
アレクサンダーは、再び深々と頭を下げ、玉座の間を後にした。
彼の足音が遠ざかっていく中、エドガー王とエリアナ姫、そしてマーリンは、迫り来る脅威に対する準備に取り掛かった。王国の運命を左右する戦いが、今まさに始まろうとしていた。
すでに人気のない酒場の一角で、シルバーファングのメンバーたちが集まっていた。彼らの周りには、緊張感漂う空気が渦巻いている。
アリア・ブレイディア、ソードマスター。その長い赤髪と鋭い翡翠色の瞳は、普段であれば存在するだけで周囲の注目を集める。レベル236という驚異的な強さを持つリーダーだ。
「みんな、聞いてくれ」アリアの冷静な声が響く。
「冒険者ギルドから緊急クエストが発令された。前例のない規模の依頼だ」
ガルス・フィス、38歳。職業重戦士・レベル198。その禿げ頭を掻きながら尋ねた。
「どんな内容だ?俺様の力を存分に発揮できるクエストなんだろうな!」
レイン・ステップ、27歳。職業ハンター・レベル185。鋭い灰色の目で状況を観察しながら口を開いた。
「ガルス、落ち着け。状況は深刻と見た。王都に魔物が侵入したってことか」
「半分正解だ、レイン」アリアが頷く。
「我々S級冒険者には、参加が義務付けられている」
マルガ・フレイム、65歳。職業魔術師・レベル210。その長い白い髭をなでながら言った。
「ふむ、これは実に興味深い事態じゃな。こんな時に、ルシウスがおってくれたらのう...」
場の空気が一瞬変わる。アリアとガルスも、懐かしさと悲しみの入り混じった表情を浮かべた。
リリー・ブロッサム、22歳。職業クレリック・レベル: 172。好奇心に満ちた目で尋ねる。
「ルシウス?それって、あの有名な錬金術師の方ですか?」
アリアがゆっくりと頷く。
「ああ、そうだ。かつて私たちとパーティを組んでいた仲間だ」
ガルスが拳を握りしめる。
「あいつがいれば...魔物どもを一掃出来るだろうよ」
レインが静かに尋ねる。
「なぜ引退したんだ?」
マルガが深いため息をつく。
「ちっとな...ルシウスは戦う能力を失っちまったんだ」
アリアが続ける。
「奴の錬金術と魔法の才能は、私たちの中で群を抜いていた。今でも研究は続けているが...」
一瞬の沈黙が流れる。
リリーが小さな声で言う。「もう協力はしてもらえないですか?」
「そうだな。まぁアイツの事だ、この事態を聞きつけて何か策でも練っているかもな」
アリアが微笑む。
「うっしゃ!いっちょルシウスの分までやったろうか」
ガルスが大きな声で言う。
全員が頷き、再び話し合いに戻る。
アリアが続ける。
「では依頼内容だ。スタンピードが発生したらしい。王国軍はミストヴェール湖周辺で迎撃。万一突破されて王都に魔物が侵入した場合、討伐と逃げ遅れた住民の保護。主に討伐に力を入れることになるだろう」
「スタンピード...」
全員の顔が青ざめた。まさか伝説の厄災が今この瞬間におこっていおるとは思わなかった。
住人に避難命令が出ているのも納得出来た。
レインが冷静に指摘する。
「どこで待機する?効率的に動くには、戦略的な位置取りが必要だろう」
「城門付近が最適だろうな」
マルガが提案する。
「同感だ。城門に近い建物で待機しよう」
アリアが同意する。
「王立学院はどうです?」とリリーが提案する。
「そうか...王立学院か。確かにあそこなら理想的だ」
「決まり、だな」
アリアはその提案に頷いた。
そしてアリアは一瞬、遠い目をした。
「王立学院か...遥斗、エレナ、トムまだ学園にいるのか」
「ほう?どなたかな?」マルガが興味深そうに尋ねる。
アリアは少し微笑んだ。
「最近知り合った子どもたちだ。特に遥斗という少年は...アイテムを生成する面白い能力を持っていた。大きな可能性を秘めていたよ」
「よし!じゃあ俺様たちがそいつらも守ってやろうじゃないか!がはははは」
ガルスが大きな声で笑った。
全員が頷き、決意を新たにする。
アリアは立ち上がり、「では、王立学院へ向かおう」と言った。
シルバーファングの戦いが、今まさに始まろうとしていた。




