411話 喧嘩屋
「ツインアクセル!」
アレクサンダーの全身が光の粒子に包まれる。
高速戦闘が始まった。
マリエラは先ほどのように、動きを読んで防御しようとする。
しかし、状況が決定的に違う。
それは、ヘスティアがいないことだった。
死角をカバーしてくれるパートナーがいない。
たったそれだけで、形勢は取り返しがつかない程アレクサンダーに傾いていた。
「うーん……全然見えない。一人じゃ厳しい~」
死角から死角への高速移動。
一瞬見失うでだけで致命的だった。
それでも諦めない。
竜薙ぎで反撃を試みる。
「はぁ!」
マリエラのロングソードが弧を描く。
それは光の軌道を先読した斬撃。
しかし、切り裂いたのは光の粒子の残像のみ。
本体は剣をすり抜けていく。
その次の瞬間だった。
「ライトニングチャージ!」
アレクサンダーの背に、光で形作られた巨大な翼が展開された。
そして彼の全身が、純粋な光の粒子そのものと化す。
これが、彼の2つ目の切り札。
ゴォォォォ!
翼から放たれる光の圧だけで、周囲の瓦礫が舞い上がる。
剣スキル×魔法×職業スキル。
それぞれは複数同時発動できないが、種類が違う能力は同時に発動できる。
純粋なレベルやステータスで劣る人族が編み出した、最大攻撃法だ。
これがエルフとの差を埋める手段。
エルフが神に見捨てられたと嘆く理由。
「ハァアアアア!」
アレクサンダーが宙に舞い上がり、光翼を大きく広げる。
翼から無数の光が剥離し、残像を作り出す。
光の残像はマリエラを完全包囲した。
「!」
マリエラが勝負に出た。
光と一体化したアレクサンダーを目で追う事は出来ないだろう。
回避も防御も意味をなさない。
ならば、攻撃あるのみ。
ロングソードを地面に突き刺すように縦に構え、精神を集中させる。
一意専心。
「竜裂き!」
必殺の一撃が聖騎士を捉えた。
かに見えた、が。
ズガガガガガ!
光の流星がロングソードを容赦なく削り取っていく。
鋼鉄で作られたロングソードが、まるで飴細工のようだ。
ガシャァァァン!
「そんな……」
ロングソードが粉々になる瞬間を見つめるマリエラ。
「そこだーーー!」
アレクサンダーの光翼が羽ばたき、一瞬でマリエラの眼前に迫る。
そのままの勢いで、空中に打ち上げる。
ギャンギャンギャンギャンギャンギャンギャン!
光速の連撃が炸裂した。
エクスカリバーンを振るう事はない。
斬撃を繰り出す動きがロスになる。
ここまでくれば、速度そのものが凶器なのだ。
光の翼がエネルギー体となり、敵を切り裂く。
マリエラの体が空中で弄ばれるように、四方八方から無限に切り刻まれていった。
「うああああ!」
悲鳴が響く中、血飛沫が舞い散る。
そして。
ドォォォン!
マリエラは地面に堕ちた。
血まみれになった妖精は、ピクリとも動かない。
***
一方、ヘスティアも死に物狂いで攻撃を仕掛けていた。
「はあぁぁぁ!」
魔力の刃が次々と生成され、ゴルビンの関節部を狙い撃つ。
ガキンガキンガキン!
しかし、迎撃の拳は全てを粉砕していく。
一度も攻撃が通らない。
もちろん、どこを切ってもいいのなら何発かは入れられただろう。
だがアダマンタイトの鎧のせいで、関節部分しか狙えないという制限がヘスティアを追い込む。
鉄程度ならともかく、アダマンタイトを真正面から切り裂く力はヘスティアにはない。
いや、そんなことが出来るのは、この世界においては数人。
残念ながら、ヘスティアはその数人では無かった。
「はぁ……はぁ……」
魔力の消耗が激しい。
刃が破壊されるたび魔力を使わなければならない。
このままでは先に力尽きてしまう。
(逆転を狙うなら……足!)
ヘスティアの目が光る。
今の所、ゴルビンの防御は全て拳。
もし足に刃を作って、下半身を狙えば——
「へへっ、それを許すと思ってるのかい?嬢ちゃん」
ゴルビンの薄ら笑いが響いた。
まるで心を読まれたような的確なタイミング。
「!」
思考を読まれたことに、ヘスティアは戦慄する。
ゴルビンは軍族でもなければ、正式な冒険者でもない。
その戦闘スタイルは、完全に喧嘩屋のそれだった。
卑怯、卑劣、闇討ち、不意討ち——何でもありの戦い方。
「俺みてーな奴と戦うときゃ、そんな綺麗綺麗じゃ勝てねーよ」
ゴルビンにとって、足を狙われるのは当然の如く嫌だった。
特に対策があるわけでもない。
しかし余裕を見せることで、完璧に牽制したのだ。
言葉だけの牽制。
だが、その効果は絶大だった。
「くっ……」
ヘスティアに迷いが生じる。
攻撃の手が鈍った。
それこそがゴルビンの狙い。
「おら!どうした!拳の届かない下を攻めんじゃねーのか!」
時間はゴルビンを有利にする。
身体能力がどんどん上がり、手数でヘスティアを上回り始めた。
素早い左フックが、ヘスティアの脇腹を捉える。
ドスッ!
「がっ……はっ……」
軽い一撃。
それだけで、ヘスティアの体がくの字に曲がる。
胃の中身が逆流しそうになった。
その一瞬の隙を見逃さず、ゴルビンが大きくためを作る。
身体を渦のように捻じった。
凄まじいエネルギーが拳に集約されていく。
「うらぁ!剛腕の一撃!」
ドゴォォォォォン!
防御の甲斐もなく、ヘスティアは遥か後方まで吹き飛ばされた。
「あああぁぁぁぁぁ!」
地面を何度もバウンドしながら、建物の壁に激突して止まる。
ゴルビンが勝ち誇ったように拳を見つめる。
「やっぱ俺には、こういう単純な戦い方が一番だな」
***
グランディスの元に駆けつけたシエルが、最上級HP回復ポーションを取りだした。
「これが最後のポーションっす!」
緑の光がグランディスを包み込む。
致命傷を負っていたグランディスの傷が、見る見るうちに回復していく。
「かはっ……はぁはぁ……」
グランディスがぎりぎり息を吹き返した。
しかし、シエルが遥斗からもらっていたHP回復ポーションは、これで使い切ってしまった。
「戦況がオワってやがるぜ……」
ゲイブが苦悶の表情を浮かべる。
「どうする?戦うか、逃げるか……どっちにしても今しかチャンスはないぞ」
「……逃げましょう」
意外にも、アイラがそう提案した。
その言葉にシエルが驚く。
アイラがヘスティアを見捨てるなんて、とても信じられない。
「ヘスティア様に命じられていたのです」
「住民を一人でも多く助けなさい、と。ご自分よりも優先して」
アイラにとっては、断腸の思いだった。
しかし、一刻も早く転移魔法陣を閉じなければならない。
そのためには、ここにいる者が避難せねば。
「転移魔法陣が開いたままでは、今度はシルバーミストに攻め込まれます」
「そうなれば……ここと同じ地獄に……」
感情が溢れ出しそうになるのを必死にこらえ、アイラは地下への階段に向かう。
「分かった……」
ケヴィン、アレクス、ゲイブも、重い足取りで続いた。
しかし——
グランディスは動かない。
血まみれで地面に倒れるマリエラから、顔を背けることができないでいた。
「グランディス様、急いで!」
アイラが呼びかける。
しかし、グランディスは首を振った。
「ごめん、俺っち……残るわ」
母親を置いて逃げることなど出来ない、出来るはずがない。
「皆さんは早く行ってくださいっす!」
シエルが叫んだ。
「後は自分が何とかするっす!だから!」
その必死さに、アイラたちは言葉を失う。
「シエル様……」
「みんなを頼むっす!」
その言葉を信じてアイラたちは、地下の転移魔法陣に駆け込んだ。
残されたのは、グランディスとシエルのみ。
退路も断たれ、眼前には数千の軍隊。
時間経過と共に援軍は増えるだろう。
バチバチバチッ!
ディスチャージャーは、より一層激しく火花を散らしていた。
デュランディスの魂は、この状況下でも敗北を認めていないのだろうか?




