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409話 面影

 マリエラは、押し寄せる銀の波を見つめながら、昔を思い出していた。


 彼女は生まれながらにして特別だった。

 非常に高い力量のステータスを持っていたからだ。


 それは天賦の才、というにはあまりにも異様だった。

 赤子にも関わらず、軽くじゃれたつもりで相手に大怪我を負わせることすらあった。


 その力は憧憬の対象でもあったが、同時に恐怖の対象でもあった。


 エルフ国の守護者として期待され、シュヴァリアの元で修業することになった時でさえ、マリエラは腫物扱いだった。

 誰かに心を開く事もなかった。

 心を開く意味さえ教えて貰えなかった。


 特別に生まれついた者の宿命。

 そう受け入れていた。


 しかし——


 そこでヘスティアとツクヨミに出会った。


 彼女たちには、強い意志があった。

 強くなりたい、という強い意志。


 最初はマリエラが圧倒的に強かったが、いつしか二人に及ばなくなった。

 特にツクヨミは、日を追うごとに強くなっていく。


 これがルナークの女王なのだと感心した。


 競い合う内に、色々と話すようになった。

 初めて友ができた。

 尊敬できる、自分の力が及ばない友。


 自分が特別では無かったことの失望と喜び。


 ツクヨミは心の奥底を話してくれなかったが、ヘスティアの願いは明確だった。


 誰もが自由である、という思想を守ること。

 異世界からもたらされたというその想いは、彼女を燃え上がらせていた。


 二人が羨ましかった。

 生き生きとして見えた。

 それに引き換え、何もない自分。

 強くなる理由さえ。


 同じ修行仲間に、デュランディスというエルフがいた。

 特に誰かの目を引く者ではなかった。


 シュヴァリアの下で修業を許される程には強いのだろうが、至って普通。

 いや、下から数えた方が早いかもしれない。

 特に記憶に残るでもない存在。


 でも、なぜか意気投合してしまった。


 彼は「自分の街を守る力が欲しい」という理由で修業していた。

 たったそれだけ。

 野心と呼ぶにはあまりに矮小。


 そこに惹かれてしまった。


 マリエラに夢ができた。

 好きな相手と一緒に暮らしたい。

 当たり前に持つ、当たり前の夢。


 多くの者が、その才を無駄にする行為に眉をしかめた。

 それは国にとって大きな損失に繋がるからだ。


 しかし——


「自分の生き方は自分で決めていいんだよ」


 ツクヨミとヘスティアが言ってくれた。

 彼女たちだけは祝福してくれた。


 デュランディスとマリエラは、ナチュラスに居を構えることにした。


 ツクヨミは祝いとして「理外の刃・デスペア」「カガクの武器・ディスチャージャー」を持たせてくれた。


「きっと、これらがあなた達を守るでしょう」


 嬉しかった。


 デュランディスとの生活は、夢のようだった。

 毎日花を育て、家事をしながら夫の帰りを待つ。

 たったこれだけの事が、マリエラの幸せの全てだった。


 そして、グランディスを産んだ。

 自分が子を授かるとは。

 愛する夫との子供が、こんなに愛おしいなんて。


 この生活が何よりも大切だった。

 この為に自分は生まれて来たのだと感じていた。


 あの時までは。


 夫であるデュランディスは出て行ってしまった。

 デスペアを壊したことに責任を感じて。


 多分帰ってこない。

 そんな予感がする。

 誰よりも誠実で、誰よりも優しく、誰よりも責任感があったから。


 心に穴が開いてしまった。

 あの日からぽっかりと開いてしまった。


 グランディスを守って死ねるなら、それも悪くない。

 孫の顔が見れないのは、ちょっと寂しいけれど。


 ヘスティアも一緒だというのだ。

 これ以上何が望めようか。


 二人でツクヨミの国を守って死ぬ。

 それが運命だというのなら、きっとそうなのだろう。



 バチッ!!



 その時、銀の群れに向かって電撃が走った。


 ディスチャージャーの光。


 一人のエルフが颯爽と舞い降りる。


 奇跡。


 その勇ましい姿は、デュランディスが戻ってきたのかと思った。


 思わず叫びそうになるが、その姿をよく見ると——


 グランディスだった。


「グラン……」


 マリエラの目に、涙が浮かぶ。


 息子の勇敢な姿に、夫の面影を重ねていた。



 ***



 ミスリルはディスチャージャーの雷撃を受けてもびくともしない。

 魔法耐性が非常に優れているからだ。


 しかし——


 中は話が別。


 魔力ではなく、カガクの力で撃ち出された電撃は、魔法防御力とは関係ない。


 バチッバチッバチッ!


 最前線の兵士たちの鎧から煙が立ち込める。

 中の兵士は黒焦げになっていた。

 全身痙攣しながら、前のめりに地面に突っ伏す。


「な、何だこれは!」


 兵士たちが困惑する。


 ミスリルの装甲は無傷なのに。

 たった一撃で。


「テメーら……」


 グランディスの声が、戦場に響いた。


 その声は、いつものチャラついたグランディスの物ではない。

 父親そっくりの、低くドスの効いた声だった。


「誰に手を出してんだ?死にたい奴だけかかって来い!」


 ディスチャージャーから、さらに強烈な電撃が放たれる。


 バリバリバリッ!


 数人の兵士が、同時に倒れた。

 電撃は連鎖的に近くの兵士を巻き込んでいく。


 ゴルビンが目を見開く。

「何だあのエルフ……あんな力を隠し持ってやがったのかよ?」


 エルフの国で熟成された異世界の技術が、この世界の常識を覆していく。


「母さん、ヘスティア様」

 グランディスが振り返る。


 その瞳には、今なお恐怖が宿っている。

 それでも。

 それでも大切な人の為に立ち向かう。

 それはきっとデュランディスの遺志。


「へへへっ、俺も戦うよ」


 マリエラとヘスティアが、微笑みを浮かべた。


「この子たら~、逃げなさいって言ってるのに~」

「シエルちゃんの前でかっこ悪い姿見せらんないでしょ!俺っちも男だからさ!」

「もう~どうなっても知らないわよ~」


 親と子。

 絆は分かち難く。

 その先が終わりだとしても。

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