407話 堅牢要塞
「うわあぁぁぁ!双竜穿槍ぅぅぅ!」
ケヴィンの槍から、赤き双竜が舞い踊った。
バロック流槍術の大技だ。
空気を切り裂き、二重螺旋を穿つ必殺の一撃。
ケヴィンは、一体何度この技を繰り出したのだろう。
ギャキィィィン!
全て跳ね返される。
胸部装甲に直撃したはずなのに、傷一つつかない。
フルプレートの鎧は、依然として、悠然として、そこに立っていた。
「ふぅ……」
その隙に、片膝をついていたゲイブが深呼吸する。
「息吹!」
武道家の回復スキルが発動。
傷が瞬時に癒えていく。
ゲイブがケヴィンに代わって前に出る。
ケヴィンの腕は、既に限界に達していた。
動かない岩を突き続けていたも同然。
当たり前だった。
「喰らえっ!連環轟掌!」
渾身の連撃が、フルプレートを襲った。
拳、脚、肘、膝、全てが嵐のように打ち込まれる。
しかし——
男はビクともしない。
それどころか、反撃すらしてこない。
ただ立っているだけ。
それだけでゲイブの全身はボロボロになっていた。
「はぁー無駄だぜ、全くよ」
男が低い声で呟く。
その後ろには、色こそ違うが数千というフルプレートアーマーの軍団が控えていた。
銀色の鎧。
鉄やシルバーではない。
独特の光沢はミスリル製を意味している。
防御能力も高いが、費用も高い。
レア鉱石を惜しまず使った逸品が、これだけの数揃っている。
この部隊の費用だけで、国が傾いてしまう。
その中でも、この男だけはさらに別格。
漆黒のフルプレート。
アダマンタイト製の鎧「絶」。
価格もミスリルと比較にならないが、能力も比較にならない。
いかなる攻撃もはじき返す、絶対防御。
そして使用者の力を、限界を越えて引き出す特殊能力を持っている。
常人が着用すれば、鎧の力に負けて内部で絶命してしまうほどの代物だ。
しかし——
この男は違った。
その鎧を、当たり前のように扱っている。
ゴルビン・ラスコーリ。
ノヴァテラ連邦の筆頭代表。
デミットの父。
商業国家を束ねるだけあり、豪快で、計算高く、人心掌握術に長けている。
ノヴァテラは自分の財産は自分で守る、という思想が根底にある。
つまり、誰よりも富を持つ者は誰よりも強いのだ。
「堅牢要塞」の二つ名を持つ、生ける伝説。
彼は特殊な魔法を使えない。
彼は多彩なスキルを使えない。
あるのは身体強化のスキルのみ。
その身体強化がとんでもなかった。
一度スキルを発動すると、時間と共に際限なく強化され続ける。
「絶」の防御力と相まって、彼を傷つけられる者は存在しない。
攻撃方法は、パワーを活かした殴りつけのみ。
ほとんどの場合は、立っているだけで攻撃を跳ね返し、相手を消耗させる。
それでも倒れない相手は、このパンチで粉砕する。
「そろそろ飽きてきたぜ!」
ゴルビンが身体をグッと捻る。
そこから繰り出される、テレフォンパンチ。
攻撃の来るタイミング、狙い、全て教えてくれている。
だが、その速度、威力は常識を逸脱していた。
拳圧は衝撃波を発生させ、直線上にあるものは全てを粉砕する。
「剛腕の一撃」。
ゲイブが必死に「柳の型」で回避を試みる。
柳の葉が風に吹かれるがごとく。
耐えるのではなく、力に逆らわずに受け流す。
はずだった。
柳に風、ではなくハリケーン。
根こそぎ持って行かれる。
「ぐわあああぁぁ!」
ゲイブが衝撃波で吹き飛ばされ、紙屑のように宙を舞う。
「もいっちょだ!」
ゴルビンは再び「剛腕の一撃」の態勢。
溜め、は必要だが、それ以外は必要としないチート攻撃。
おかわりはいくらでも出来る。
「俺が……みんな守る!」
アレクスが巨大なラージシールドを構えて駆けつけてきた。
避難民の誘導が終わり、二人のピンチに間に合ったのだ。
「シールドウォール!」
魔力が続く限り発動し続ける、絶対防御スキル。
青の障壁が、仲間たちを包み込む。
「邪魔すんなよ」
ゴルビンがお構いなしに剛腕の一撃を繰り出す。
ドガァァァァン!
アレクスのスキルは、盾ごと砕け散った。
「うぎゃああああ!」
アレクスもろともケヴィンが吹き飛ばされる。
三人とも、地面に倒れ伏した。
「は~もう諦めろや。素直に捕まっとけ、な?」
ゴルビンがため息まじりに言い放つ。
彼の使命は、転移魔法陣の奪取。
小物の粛清ではない。
こんなところで煩わされたくはない。
だが、ケヴィン達は引けない。
シエルたちが戻っていないのだ。
遥斗の友のため、ここを死守しなければならない。
「まだ……まだ……余裕だね……」
ケヴィンが血を吐きながら立ち上がる。
槍を支えにしながらも、闘志は全く衰えていなかった。
「やれやれ……」
ゴルビンは思う。
自分の能力は、時間と共に上がっていく性質上、剣などとは違い即死させにくい。
そのつもりは無くとも、相手を嬲る形になってしまうのが欠点だった。
が、そろそろ能力が上がってきた。
相手を殺せそうだ。
「そんじゃあー痛てーかもしんねーが、死ねたらラッキーだと思え!」
ゴルビンが攻撃の構えを取る。
今度こそ、必殺の一撃。
身構える三人。
絶望的な状況。
「おいーなんじゃこりゃー!」
間の抜けた声が響いた。
振り返ると、グランディスが立っていた。
呆然とした表情で、戦場を見つめている。
横にはアイラとシエルもいる。
「グランディス!」
ケヴィンが叫ぶ。
「逃げろ!魔法陣に早く!こいつは危険なんだ!」
しかし、グランディスは首を振る。
その時、ゴルビンの目がグランディスを捉えた。
「ほぅ……エルフか?その雰囲気……ただ者じゃねーな?」
ゴルビンがグランディスに向き直る。
「仲間を助けに来た勇気は褒めてやるよ……だがな、人族をなめんじゃねーぞ!ガキが!」
ゴルビンが吼えた。
この男が、仲間を、ドワーフ族を傷つけようとした。
許せない。
絶対に許せない。
「クロノスだかウスノロだか知らねーが……」
「絶」の装甲から、オーラが立ち上る。
「てめーらの様な小悪党は俺がぶっ飛ばす!」




