403話 友のために
マリエラは相変わらず緊張感のカケラもない。
状況が分からないのか、豪胆なのか。
母ののんびりした様子に比べ、グランディスは必死だった。
「母さん!急いで!ここは本当に危ないんだ!」
グランディスが慌てて母の腕を掴む。
「今この街は人族の冒険者に攻め入られてる!みんな殺されてるんだ!早く避難しないと!」
しかし、マリエラは首を傾げる。
「そうなの~、それは大変ね~」
まるで他人事のように呟く。
「食材を持って行った方がいいかしら~?お腹が空いたら困るものね~」
「そんなものは放っておいていいから!早く!」
グランディスが母の背中を押す。
シエルはマリエラの無事を確認できて、安堵の表情を浮かべた。
「無事で良かったっすよ……心配したっす……」
ヒュン!
その時、シエルの足元に矢が突き刺さった。
「!」
三人が矢の飛んできた方向を見る。
大量の人族が迫っていた。
しかし、明らかに冒険者ではない。
同じ鎧に身を包み、重装備で武装している。
一糸乱れぬ隊列。
掲げられる戦旗。
「あれ冒険者じゃないっす……軍隊っす!しかもあの旗印……『ノヴァテラ連邦』!」
シエルが青ざめる。
冒険者と軍隊の波状攻撃。
なぜ今このタイミングで?
シエルの頭に、嫌な考えが浮かんだ。
「もしかして……」
これは冒険者がよく使う手段だ。
狙ったモンスターを嬲ることで、巣穴にわざと逃げ込ませて一網打尽にする手法。
ゴブリン駆逐などで使われる定石。
巣穴を見つけるまでは手加減をする。
強者は後続に配置し、動員するのは巣穴を見つけた時だけ。
最初から強者が出ていれば、ゴブリンたちも仲間を見捨てて自分達を守ろうとするからだ。
つまり、シエルたちはゴブリン……敵の罠に嵌っていたのだ。
「転移魔法陣の位置がバレたっす!」
シルバーミストは霧の結界のおかげで、難攻不落の自然要塞だ。
しかし、転移魔法陣からなら攻略は容易。
おそらく本命はシルバーミスト、いや更にその先か。
「急いで魔法陣に向かうっす!」
シエルが叫ぶ。
軍隊は装備も強く、平均レベルも高い。
数も圧倒的だが、何より組織化されている強みがある。
だが欠点もある。
とにかく移動が遅いのだ。
進軍速度は、最も遅い兵に合わせなければならない。
シエルの足でも逃げ切れる自信はある。
しかし、逃げてどうにかなるのだろうか?
転移魔法陣の使用には、結界師により使用制限がかけられる。
相手に利用させないために。
だが開封師により簡単に解除される。
開封師はレア職業だが、この規模の軍隊にいないはずがない。
ならば転移魔法陣によって、敵軍が続々と押し寄せてくるだろう。
そうなれば首都での決戦になる。
奇襲を受ければ、不利な戦いは避けられない。
つまり、逃げた先も地獄の戦場に。
それでも——
ここに取り残されたら確実に死ぬ。
方法は一つだけ。
「逃げるっす!」
三人が駆け出す。
考えるのは生き延びてからだ。
冒険者たちは軍隊と入れ替わりで、撤退を始めているようだった。
逃げやすくはなっているが、四方から軍隊に包囲されているのが分かる。
しばらく走ると、容易に軍隊を引き離せた。
だがその時、前方で激しい戦闘音が響く。
「あれ見るっち!」
グランディスが指さした先には、白い鎧に身を包んだ騎士たちが戦っている。
アストラリア王国の切り札「光翼騎士団」だ。
戦っているのは、ヘスティアとクロノス教団の精鋭たち。
両者、互角の死闘が繰り広げられていた。
今までの戦闘とは格が違う。
双方ともに強者。
特に、光翼騎士団団長アレクサンダーとヘスティアの戦いは凄まじかった。
周囲の建物を巻き込み、まさに災害レベルと言って過言ではない。
ズガァァァン!
アレクサンダーの聖剣が、建物を真っ二つに切り裂く。
ズパァアァァン!
ヘスティアの魔刃術が、石柱を粉砕していく。
アレクサンダーの方がレベルがかなり低い。
しかし、聖騎士の職業によるパラメータ補正値は最高クラス。
全身の装備も国宝級の一品。
スキルも職業潜在スキル以外に、アストラリア王国に伝わる特殊スキルを習得済みだった。
それらを駆使すれば、ヘスティアと互角、いや、それ以上の戦いを繰り広げることが可能。
そしてその周囲では、2000人の光翼騎士団と500人のクロノス教団精鋭の激突が繰り広げられている。
「オーラブレード!」
「シールドバッシュ!」
「スピアスラスト!」
光翼騎士団の騎士たちが、スキル攻撃を次々と放つ。
対するクロノス教団も負けてはいない。
黒いローブの戦士たちが様々な職業、様々なスキルで応戦する。
闇と光のぶつかり合い。
数では4倍の差があるにも関わらず、戦況はかなりの接戦。
クロノス教団の精鋭たちは、一人ひとりが高レベルの戦士だった。
それでも、いずれは押し切られるだろう。
時間の問題でしかない。
光翼騎士団は、全員が戦っている訳ではなかった。
戦闘する者、回復する者、待機する者、で役割を明確に分けている。
それに対し、クロノス教団は全員が全力で戦い続けていた。
戦力の差、よりも戦術の差が遥かに大きい。
しかし、今なら。
「早く通り抜けるっす!今なら自分らに割く戦力は無いっす!」
戦況を見て、シエルが提案する。
彼女の言う通り、チャンスは今しかないだろう。
しかし——
「ごめんね~、シエルちゃん」
マリエラが突然立ち止まった。
「ちょっと友達がピンチ?助けてあげないと~」
そう言うと、死んだ冒険者が握っていたロングソードを、躊躇なく拾い上げる。
「え?え?ちょっと、マリエラさ——」
シエルの制止も聞かず、マリエラが宙に舞った。
まるで風魔法を操るかのように、軽やかに空を駆ける。
「母さん!」
グランディスが叫ぶ。
マリエラは戦場の真っ只中に飛び込んでいった。
その優雅な姿は、舞い踊る妖精。
違うのは、その手に握られた剣が身体の一部になっている点だった。
熟練の剣士でもこうはならない。
「ちょ、あの人……マジで一体何者っす?」
シエルが呟く。
ただの主婦が、あんな動きをするはずがない。
拾った剣と、一体化するわけがない。
「さぁ?何者なんでしょうね?」
グランディスが真顔で答える。
彼も生まれてこの方、あんな母を見たことはなかった。
記憶の中の母は、いつでも花を愛でている。
戦場に向かうマリエラの背中を、二人は茫然と見つめる事しか出来なかった。




