396話 賢者の導き
「未来が……視える……そうか……」
遥斗の中で何かが繋がった。
バラバラだった欠片が、一つの絵を描き始める。
「マーリンとは何者なのだ?」
エーデルガッシュが鋭く問う。
その名は幾度も聞いた。
曰く、大賢者。
曰く、異世界召喚を操りし者
曰く、王の守護者
曰く、死を超越せし者
だが、詳細は誰も知らなかった。
「数百年前から王を助け、導いてきた賢者だ。しかしどこから来たのか、何者なのか、なぜアストラリア王国にいるのか……誰にも分からぬのだ」
エドガーが疲れた声で答える。
玉座に深く沈み込み、遠い目をしていた。
「代々の王家に仕え、この国の繁栄を支えてきた。それだけは事実だ」
「それにしてもマーリンが未来視できるなんて、知らなかったよ」
ルシウスが首を振りながら呟く。
王子として育った彼でさえ、その事を全く教えられていない。
「これは王だけに許される、最上級国家機密だったからな」
エドガーの説明は筋が通っている。
それならば王子であるルシウスは知らなくて当然。
しかし——
「ではなぜ、そのことを今話してくれたのですか?」
遥斗が尋ねる。
最高機密を、なぜこの場で明かす気になったのか。
その理由を。
エドガーが苦笑を浮かべる。
「マーリンはすでにエリアナを王として認識し、付き従っている。私ではなく……私は見限られたのだ」
その言葉に、全員が息を呑む。
王としての威厳も尊厳も奪われた、何もない疲れた老人がそこにいた。
「本来はマーリンがスタンピードの予期、異世界からの戦力補充、能力育成まで……全てを一手に担っていた」
つまり——
「王家は国の安全保障を、全てマーリンに頼っていたというのか」
エーデルガッシュが眉をひそめる。
一人の人物に権力が集中しすぎている。
これでは王よりも力が上になってしまうだろう。
「なるほどねー」
ルシウスが納得したように頷く。
「やっぱり彼の意向に逆らう私は邪魔だった、と」
そして、記憶を辿るように目を細める。
「そういえば……言葉巧みにエルフの国に誘導されていた気がするね、今考えれば」
思い返せば、不自然な流れだった。
まるで誘導されていたような。
「なるほど。そこでルシウス殿の神子の力をオカートで奪えば……」
エーデルガッシュが推理を続ける。
「僕に王位を譲らなくて済むって訳だ」
ルシウスが自嘲的に笑った。
「仕上げに父上に追放させたら計画完了、っと。でもさ、エドを王にして何させる気だったのかな?」
遥斗が考え込む。
「エリアナ姫、でしょうね」
皆が頷く。
確かにそれしか考えられない。
「神子であるエリアナ姫を生ませるために、エドガー様を王にした」
全ては計画通りだったのだ。
しかし、エーデルガッシュが首を傾げる。
「だが不思議だ。そのエリアナ姫は勇者に付き従っている」
「その勇者を召喚したのも、マーリンなんだよね?」
ルシウスが確認する。
その瞬間、遥斗の中で最後のピースがはまった。
「マーリンが本当に望んでいたのは……きっと涼介だ」
「そして涼介を世界の救世主に仕立て上げるための——」
「エリアナ姫なのか!」
衝撃的な真実。
ということは——
「遥斗達の異世界転移も、全てマーリンが仕組んだものかもしれん」
エーデルガッシュが青ざめる。
「偶然ではなく、高橋涼介を最初から狙っていた!」
「マーリンの未来視では、世界の滅亡が見えていないのか?」
ルシウスが疑問を口にする。
「不思議だ……このままでは世界が消えるのは必然なのに」
涼介にはそれを防ぐ力がある?
そのために召喚された?
遥斗が疑問に思う。
その時、エドガーがぽつりと言った。
「エリアナは……神子の中でも特別なのだ」
虚ろな目が、僅かに光を宿す。
「神の声が聞こえるらしい」
「!」
エーデルガッシュが驚愕する。
彼女も神の声が聞いたからだ。
「やはり姫も、世界を救うため、力を使う者を排除するように言われたのか!」
エーデルガッシュが前のめりになって問い詰める。
しかしエドガーが首を振る。
「違う」
「違う?」
「エリアナの信託は……」
衝撃的な内容を告げる。
「『勇者を助け、闇の中にいる邪神を倒せ。邪神を倒せるのは勇者しかいない』」
「は?」
エーデルガッシュが絶句する。
彼女が神より賜った使命とは全く違う。
いや、あまりにも違いすぎる。
魔法やスキルを使うなという神託と、邪神を倒せという神託。
どちらが正しいのか。
真実はもはや分からない。
「エド」
ルシウスが真剣な表情で、幼馴染に語りかける。
「戦争になれば、本当に世界は消えてしまうんだ。信じて欲しい」
必死の訴え。
「戦争を止めなければ」
しかし、エドガーは力なく首をふった。
「たとえそれが真実であれ、虚言であれ……」
「私の力ではどうしようもない」
既に兵力の大半はエリアナと共に去った。
残されたのは僅かな騎士団員と、王を信じる民だけ。
「今、私にできることは……」
エドガーが玉座から立ち上がる。
「スタンピードが起きた時、全軍を率いて玉砕すること。この国と運命を共にすることだけなのだ」
だから長年の秘密も話した。
もう失うものは何もない。
「後は本人と直接対決するしかないですね」
遥斗が決意を込めて呟く。
エーデルガッシュも覚悟を決める。
「目標はエリアナ姫、そして賢者マーリン」
深緑の瞳に、強い決意が宿る。
「何が何でも戦争を止めるしかない」
その時——
「ごめんね、二人とも。私はここに残るよ」
ルシウスの突然の宣言。
「え?」
全員が驚く。
「このままエドを放ってはおけない」
優しい笑みを浮かべながら、幼馴染を見つめる。
エドガーが一瞬嬉しそうな顔をした。
しかし、すぐにその表情が沈む。
「止めろ。お前まで死ぬことはない」
震え声で懇願する。
「頼む……逃げてくれ。お前は十分苦しんだはずだ」
しかし、ルシウスは首を振る。
そして——
全身から魔力を放出した。
ゴオオォォォォォ!
凄まじい魔力の奔流。
王城全体が揺れ始める。
石畳にヒビが入り、窓ガラスがビリビリと震える。
貴族や騎士団員たちが、恐怖に震え上がった。
目の前にいたのは紛れもない怪物。
「な、なんという魔力だーーー!」
ガルバンが鼻水でぐちゃぐやになりながら、這いずり後退る。
「もしや……」
エドガーが目を見開く。
「もしや!その力!神子の力が蘇ったのか!」
信じられないという表情で、ルシウスを見つめる。
かつて失われたはずの力。
今、確かにそこにあった。
「遥斗君のおかげでね」
ルシウスが遥斗に向かってウインクする。
エドガーの視線が遥斗に向けられた。
驚愕が更に深まる。
(一体この少年は何なのだ……)
ただのアイテム士が、神子の力を復活させた?
理解を超えている。
「もちろんゴッド・ノウズの力もあるよ」
ルシウスが自信に満ちた笑みを浮かべる。
「王都の民を守るくらいは、やってみせるさ」
そして、優しく微笑みかける。
「ルース……」
エドガーが呟く。
ルシウスの幼い頃のあだ名。
もう何十年も呼んでいなかった名前。
「エド」
ルシウスも応える。
二人の間に、かつての友情が蘇った。
権力や陰謀に引き裂かれる前の、純粋な絆が。
エドガーの目に、涙が浮かぶ。
「ありがとう……本当に……そしてすまなかった……」
「いいんだ」
ルシウスが軽くエドガーの肩をたたく。
「これからは一人じゃないさ」
謁見の間に、温かい空気が流れた。




