395話 デジャヴ
「アマテラス!?」
遥斗達が驚愕の声を上げる。
エーデルガッシュも目を見開いた。
アマテラスからは、その様な話は全く聞いていない。
それに彼が最前線に出てくるなど信じられない。
ソラリオンは表面上、クロノス教団とは無関係という立場を貫いていたからだ。
「勇者が『何者だ』と問うと……その男は高らかに宣言した」
エドガーが深呼吸をして、その時の言葉を再現する。
「『我が名はアマテラス……闇の神を崇めるクロノス教団の祖にして、闇神の忠実なる僕。この世を魔物の世界に変えるため、人族は全て抹殺する!』」
謁見の間が静まり返る。
ルシウスが首を振った。
「いやいやいやいや、誰それ?明らかに偽物なんだけど!?」
断言する。
それはそうだ。
昨日まで話していたアマテラスとは似ても似つかない。
「僕たちの知っている本物のアマテラスさんは、そんなこと絶対言わないですよ。僕も偽物だと思います」
遥斗も全く同意見だ。
「偽物……?」
エドガーが困惑する。
「だが、その男は多彩な攻撃を仕掛けてきたそうだ。かなりの実力者で、炎を操り、氷を飛ばし、雷を放つ……」
「それでも勇者の敵ではなかった。あっという間に追い詰められたと」
やはり偽物だ、と遥斗は確信する。
本物のアマテラスなら、涼介でも簡単には勝てないはずだ。
「追い詰められた男は叫んだ」
「『使徒ルドルフよ!ドワーフどもの命を使い、この者を滅するのだ!』と」
「ルドルフ?」
聞き覚えのない名前だった。
「ルドルフという異世界人は、生きたまま相手を意のままに操るスキルを持っていた。それを利用し、罪のないドワーフを再び洗脳した」
「何だか最近聞いたような話だが気のせいだろうか?」
エーデルガッシュが首を捻る。
「確かに凄いデジャヴだよね……」
ルシウスも気が付いたようだ。
500年前に行われた「ウィロウの森」での決戦。
5人の異世界人がエルフを操って、エルフ同士の戦争を画策した。
その状況と酷似している。
ご丁寧に指導者が偽物な点まで一緒。
ただ、500年の時を経て、なぜ今なのか。
あまりにも不可解。
不可解だが、効果は抜群。
卑劣とはいえ、人質作戦は効果的だ。
「しかしマーリンは全てを看破していた。そのルドルフという者もアマテラスに操られていたのだ」
「な、なんと!」
意外な展開にエーデルガッシュも驚愕する。
「そうと分かればエリアナにとっては容易い相手。『ゴッド・ヴォイス』で今度はルドルフを正気に戻した」
「エリアナの力……か……」
ルシウスが感嘆の声を漏らす。
「形勢不利と見たアマテラスと名乗る男は、転移魔法陣を封じ込めたアイテムで逃走してしまった」
「かくして、ルドルフ以下数名の異世界人が、クロノス教団の洗脳から解放された」
エドガーが続ける。
「エリアナは彼らを保護し、詳しく事情を聞いたのだ」
「その中に驚くべきクロノス教団の目的と、現状、今までの悪逆非道な行為の数々……」
エドガーの声が重くなる。
「ヴァルハラ帝国も、既にその手中に収められていることも、な」
エーデルガッシュが眉をひそめる。
「それは違う。帝国は——」
「皆そう信じた、いや今でも信じている」
エドガーが遮る。
「そして被害を出さずにこの事態を収め、敵を退けたエリアナとファラウェイ・ブレイブは一躍英雄となった」
「アストラリア王国、ノヴァテラ連邦、ソフィア共和国、ドワーフ国……」
「各国代表の話し合いを経て、クロノス教団、そしてエルフの国を壊滅させるための連合軍が結成された」
「連合軍ですか……」
遥斗が呟く。
最悪、としか言いようのない展開だ。
「その代表に選ばれたのが、エリアナだった」
エドガーが深いため息をつく。
「その功績と、神子としての力を認められ、満場一致で選出された。そして王都へと戻って来た」
「エリアナは議会に進言した。直ちに全ての戦力を教団壊滅に使用すべきだと」
エドガーの拳が震える。
「しかし……私は反対した……」
「なぜだい?」
ルシウスが尋ねる。
「スタンピードが迫っているのだ!アストラリアの防衛はどうする!国民の生活は!」
エドガーが苦渋の表情を浮かべる。
「国を空にして戦争などできない。民を守るのが王の務めだ」
確かに一理ある。
しかし——
「エリアナは違った……違ったのだ」
エドガーの声が震える。
「『国民は他国へ一時避難させます。たとえ国が壊滅したとしても、世界の敵と戦う事が先決です』と」
極論だが、彼女なりの正義だったのだろう。
「意見は真っ二つに割れた」
エドガーが疲れたように続ける。
「議会での決議の結果、大多数はエリアナに賛成した」
民主的な決定。
しかし——
「私は王の権限をもって反対した。国を失う訳にはいかない。ましてや、相手はエルフ国そのものだ。一体どれだけの被害が出るか……最悪アストラリアは終わりだ」
エドガーが項垂れる。
「するとエリアナは言ったのだ。『では、私は独断で動かせていただきます。我が意は勇者と共に。ごきげんようお父様』と」
そして——
「光翼騎士団を始め、賢者マーリン、多くの貴族もエリアナに賛同し帝国へ向かった。王である私の意見など聞こえなかったようにな」
エドガーの声が消え入りそうになる。
「王都には、僅かな兵と国民だけが残された……」
なるほど、だから人が少なかったのか。
遥斗が納得する。
「これだけの戦力では、スタンピードが来れば死を待つばかり。私は全てに裏切られたのだ」
エドガーが力なく笑う。
「そんな時、エリアナから連絡が来た」
エドガーが顔を上げる。
「『クロノス教団の使徒となったイザベラが、仲間を率いて王都を落としに来る』と」
「私は私を信じ、命を捧げてくれた者達に報いる決断をした。まだ私を王だと言ってくれる者達に報いるために!」
「!」
イザベラが息を呑む。
「いつ来るか、誰が来るかも詳細に記されていた」
エドガーが震える手で懐から羊皮紙を取り出す。
「対抗策も書いてあった。全て、その通りにした」
つまり——
「今日の罠は、全てエリアナ様の指示だったと?」
イザベラが信じられないという表情で呟く。
「これが……」
エドガーが深く息を吐く。
「私の知る全てだ」
重い沈黙が謁見の間を支配する。
遥斗が口を開いた。
「でも、変ですよね。おかしいです」
全員の視線が遥斗に集まる。
「僕たちがここに訪れることを決めたのは昨日ですよ?情報が回るのが早すぎませんか?」
核心を突く質問。
「まるで予知能力でもあるような……」
「それは賢者マーリンの力だろう。彼には未来が視えている……」
エドガーの答えが遥斗達に衝撃を与える。




