39話 ストーンタートル
戦いが終わり、静寂が戻った森の中で、エレナの目に涙が光った。その様子を見た遥斗は、彼女の肩に優しく手を置いた。
「もう大丈夫だよ、エレナ」
エレナの涙の理由は遥斗の想像とは違っていた。
「違うの...」エレナは震える声で言った。
「私が怖かったのは...遥斗くんの身になにかあったらって思ったから...」
その言葉に、遥斗の胸に温かいものが広がった。彼は言葉を失い、ただエレナを見つめることしかできなかった。
しかし、その感動的な瞬間は長くは続かなかった。
「おい、おい!今はそんなことしてる場合じゃないよ!」トムが二人の間に割って入った。
エレナは一瞬いらだちの表情を見せた。
「もう、何なのよ!トム!」
「いや、それどころじゃないんだって」
トムは真剣な表情で周囲を指さした。
遥斗とエレナがトムの示す方向を見ると、背筋が凍るような光景が広がっていた。木々に擬態したサップサーペントたちが、彼らを取り囲んでいたのだ。その数は正確には分からないが、少なくとも数匹はいるように感じられた。
「逃げよう!」遥斗の声に、3人は一斉に走り出した。
しかし、逃げる途中、頭上から突如としてサップサーペントが襲いかかってきた。遥斗たちが身を守ろうとした瞬間、サップサーペントの体が砕け散った。
「え?」3人は驚きの声を上げた。
「誰か撃ったの?危うく僕たちにも当たるところだったけど」トムが周囲を見回す。
遥斗は慎重に辺りを確認した。そして、その光景に青ざめた。
「まずい...あれは...ストーンタートル」遥斗の声が震えた。
エレナとトムの視線の先に、巨大な岩のような生き物が立ちはだかっていた。それは全長4メートルほどもある、まさに石で出来たような亀だった。その甲羅は厚く、まるで城壁のように堅固に見える。口からは次々と石礫を吐き出し、大砲のように周囲を攻撃していた。
「あいつらの攻撃が、さっきのサップサーペントを倒したんだ」遥斗が説明する。
「命中精度は低いけど、威力はある。しかも、攻撃の間隔が短い」
さらに悪いことに、ストーンタートルは2匹いた。彼らの放つ石礫の雨で、周囲はまさに戦場と化していた。
「くそっ、こんなところじゃ長く耐えられない」遥斗は素早く魔力銃をリロードした。
遥斗は慎重に狙いを定め、引き金を引いた。30メートル先のストーンタートルは大きな的だったため、弾は見事に命中した。しかし、予想に反して、弾丸はストーンタートルの堅い甲羅にめり込むだけで、ほとんどダメージを与えていない。
「き、効かないのか...」遥斗は歯を食いしばった。
「私も試してみる!」
エレナの放った弾も、同じくストーンタートルの甲羅にめり込むだけだった。
「このままじゃまずいよ!どうする?」トムは周囲を見回し、逃げ道を探していた。
遥斗はストーンタートルを注意深く観察し始めた。巨大な亀は、まるで息をするかのように口から断続的に礫を吐き出している。その様子は、まるで生きた要塞のようだ。
(体内に石を蓄えているんだな...1回に打ち出す量からすると、簡単には弾切れしないだろうな。まるで無限の弾薬庫を持った戦車だ)
遥斗は素早く周囲を見回した。木々の陰に身を隠し、安全は確保してはいるものの、ストーンタートルが転移魔法陣の方向に陣取っているのが見えた。
逃げ道は、転移魔法陣の反対側にしか広がっていない。
(中級ポーションを生成出来れば勝算はあるんだけど...でも、10~20メートル以内に近づかないと確実じゃないと思う。この猛攻撃の中じゃ、自殺行為に等しい)
その時、遥斗の目に異様な光景が映った。エレナが何かを必死に集めている。よく見ると、それは先ほど倒したサップサーペントの素材、「樹木の擬皮」だった。
「ちょ、ちょっと、エレナ!危ないよ!」トムの声が焦りを帯びて響く。
しかし、エレナはトムの警告を聞き入れない。彼女の眼には力があり、何かを考えて動いているのを遥斗は感じ取った。
「僕がエレナをカバーする」遥斗は即座に判断を下した。
「トムは見張りを頼む。何かあったらすぐに教えて」
トムは不満そうな顔をしたが、渋々頷いた。
エレナは集めた素材を前に、「アルケミック」の呪文を唱えた。
エレナの手元で、まるで生命が宿ったかのように素材が変形し始め、やがて、それは樹木そのものと見紛うマントへと姿を変えた。
「これ...何か使えないかと思って」エレナは少し照れくさそうに言った。
遥斗の目が、まるで新しい世界を発見したかのように輝いた。
「エレナ、君は天才だ!これで全てのパーツが揃った。よし、反撃開始だ!」
遥斗は素早く計画を説明した。それはとても危険を伴うものだったが、3人の行動には迷いがなかった。
エレナとトムが頷き、二人は攻撃を仕掛け始めた。
魔力銃から放たれる弾丸は、まるでストーンタートルに引き寄せられるかのように次々と命中する。しかし、巨大な亀は微動だにしない。まるで岩山に小石を投げつけているかのようだった。
「全然効かない!」トムの苛立ちの声が響く。
「攻撃しながら逃げましょう!」エレナが冷静に答える。
二人は森の中を縫うように逃げ始めた。ストーンタートルは、逃げ出す「ごちそう」を追って距離を縮め始める。その動きは遅いものの、放たれる石礫の雨は凄まじかった。まるで、天からの裁きのようだ。
エレナの長い髪が風に舞い、トムの額には汗が滲んでいる。彼らの足音が落ち葉を踏み砕く音と、荒い息遣いが森に響く。
「エレナ、左!」トムの声が鋭く響いた。
エレナは咄嗟に身を翻し、飛んでくる石礫をかわした。彼女の動きは舞うように優雅だが、その目には緊張の色が浮かんでいる。
「トム、援護を!」エレナが叫ぶ。
トムは立ち止まり、素早く振り返って魔力銃を構えた。
「ファイア!」
彼の放った弾丸がストーンタートルに命中するが、その堅牢な甲羅に跳ね返された。
「くそっ、効かない!」トムは歯ぎしりしながら、再び走り出す。
ストーンタートルは、まるで怒り狂った山のように、ゆっくりと、しかし確実に彼らに迫っていく。
しかし、その時、突如として2匹のストーンタートルの後ろに遥斗が姿を現した。
彼の姿は、まるで舞台の幕間に現れた主役のようだった。
「ポップ!」
遥斗の声が響き渡る。その瞬間、彼の手に中級ポーションが現れた。1匹のストーンタートルが光となって消滅した。その光景は、まるで魔法のショーのフィナーレのようだった。
残されたストーンタートルは、何が起きたのか理解できずにいた。
遥斗はエレナの作った樹木擬態のマントを身にまとっており、まるで森に溶け込むカメレオンのように気配ごと姿を消していたのだった。
(よし、計画通りだ!上手くいった!)遥斗は内心で喜んだ。
(奴らをこちらに引き寄せるのが目的だったんだ)
ストーンタートルが状況を把握しようと周囲を見回している間に、遥斗は再び「ポップ」を唱えた。2つ目の中級ポーションが現れ、残りのストーンタートルも光となって消えた。
戦いは、まるで夢のように、あっけなく終わった。
トムは遥斗の魔法での戦闘を初めて目撃し、唖然とした表情で立ち尽くしていた。
「お、おい...なんだよ、これ。あんなに苦戦してたのに、あっさり倒しちゃったよ」
「すごい...遥斗くん、あなたの能力って...こんなに...」
エレナは目を輝かせていた。




