386話 VTOL
まず遥斗たちは治療室の外で待っていた仲間たちに、アイラの無事と今までの経緯を報告した。
シエルやアイアンシールド、そしてシルバーファングの面々が複雑な表情を浮かべる。
「よかったっち!アイラさん助かったっち!でかしたぞー遥斗!」
知り合いだったグランディスだけは能天気に喜ぶ。
アイラも思わず微笑みを返していた。
「さて、それでは王国行きメンバーを選別せねばならん。最大で7名。遥斗を除けば6名だ」
アマテラスが口火を切った。
どうやら移動方法は、メンバー選抜が終わってからの説明になるらしい。
やはり、遥斗が行く事だけは決定事項のようだ。
「エドガー王と会うメンバー以外は、エルフ国防衛を担当してもらう。どちらも命がけだ。さあ、誰が行くか決めるんだ」
「余は当然行かせてもらう」
エーデルガッシュが初めに名乗り出た。
発案者として当然だろう。
「アストラリア王国といえば、この俺だろ?ダスクブリッジ辺境伯の名は伊達じゃないぜ!」
マーガスが自信満々に胸を張る。
確かに、貴族の子息の地位は利用できるかもしれない。
そして彼は意外に交友関係が広い。
「エドガー王に真実を話させる。一筋縄じゃいかないよね?私が協力しよう」
ルシウスが苦笑しながら手を上げる。
「向こうで安全を確保するには、私の力が必要になるはずです。騎士団には顔が効きます!」
イザベラも名乗りを上げる。
「私も行きます!」
エレナが宣言した。
これ以上ないほどの決意を込めて。
「エレナ……君は王国から追われる身だ。危険すぎる。ここに残りたまえ」
ルシウスが心配そうにエレナを制止した。
「お父様に事情を話せばわかってもらえるはずです。邪魔にはなりません」
ファーンウッド家の格はダスクブリッジ家より遥かに上。
マーガスを連れていくなら、エレナの方が確実だろう。
「お前は残るっち~エレナ姫の方が優秀だっち~」
グランディスがマーガスをからかう。
「お、おい!ちょ、ちょっと待てって!」
マーガス大慌て。
その時、横からブリードが進み出た。
「陛下が同行されるのであれば、私めも行かねばなりますまい。是非ご命令を……」
深々と頭を下げる。
「いらん」
エーデルガッシュの返答は素っ気なかった。
「左様で……では、この首掻っ捌きまして——」
ブリードが剣を抜く。
「わわわ!待って待って!」
遥斗が慌てて止める。
「同行認めます!認めますから!」
これで賞金首が勢揃いとなった。
「あはははっ!一攫千金だな、おい!誰かこいつら捕まえろ!あははっ」
アリアが嬉しそうに笑う。
師匠の傍若無人っぷりにマーガスの顔が引きつった。
「それでは、私は竜の国へ参ります」
ツクヨミが静かに告げる。
その袖を誰かが引っ張った。
ハルカだ。
「私も……行きます」
いきなりの提案。
ツクヨミは困った顔をして、アマテラスに助けを求めた。
しかしアマテラスは考える。
その方が安全ではないかと。
ここはじきに戦場になる。
「すまぬが、連れて行ってやってほしい」
「良いのですか?」
アマテラスが無言で頷く。
ハルカはちらりと遥斗を見た。
やはり嫌悪感丸出しの視線。
遥斗もハルカには思うところがあったが、エレナを見ると彼女が優しく微笑んでくれた。
彼女がいれば、もう大丈夫。
ツクヨミはハルカを連れて立ち去った。
一方アマテラスが王国行きメンバーを連れて転移魔法陣へと移動した。
その上に乗ると、一瞬で景色が変わる。
そこはダンジョンの外、シルバーミスト周辺。
霧に覆われた重厚な建物が目の前にあった。
アマテラスが建物の前に立つと、両手を扉にかざした。
指先から淡い銀色の光が流れ出し、空中に複雑な幾何学模様を描き始める。
「太陽の加護を受けし古き契約よ、封印せし鎖を今解き放つ」
魔法陣が広がり、六芒星の中に細かな文字が浮かび上がる。
「時の流れを司りし力、静寂なる眠りより目覚めよ」
「シューテュディの名において命ず——『テンポラル・アンシール』!」
完成した魔法陣が強烈に光を放ち、扉の封印が解かれていく。
重厚な扉がゆっくりと開いた。
中に入ると遥斗が息を呑んだ。
そこは工場のようだった。
しかも現代風の設備が並んでいる。
ここも時間の流れを操作して、劣化を防いでいたようだ。
そして、その中央に——
銀色の機体が天井から差し込む光を反射し、まるで巨大な猛禽のようにそこに鎮座していた。
「こ、これ戦闘機……!」
遥斗だけはすぐに分かった。
しかし、他の者たちは首を傾げるばかり。
「……なんだよこれ、乗り物か?鳥っぽいけど」
マーガスが半歩後ずさる。
ルシウスは目を細め、低く唸った。
「飛行機……なのかな?私が見た文献のものとはかなり違うね。プロペラないし。うーん、分解してもいい?」
「もしかして、これって……」
「やはり分かるか?そう、加奈が遺したものだ」
アマテラスが遥斗に答える。
遥斗は早速機体を調べ始めた。
戦闘機の外観だが、中は操縦席と数人が乗れるスペースがある。
かなりカスタマイズされたもののようだ。
常識的に考えて、7人も乗れるはずがない。
本物の戦闘機なら高速移動が可能だろう。
これで時間の問題は解決できる。
ただし——
遥斗に戦闘機の操縦などできるはずもない。
猫に小判。豚に真珠。無用の長物。
だが待て。
加奈だって操縦できたとは思えない。
ただの主婦だったのだから。
疑問に思いながらも操縦席に座ってみる。
「あ……」
理由がすぐに分かった。
これは本物の戦闘機ではない。
操縦席はシミュレーションゲーム「トップファイア」のままだった。
母が結構やり込んだと聞くレトロゲーム。
遥斗も母の面影を求めて、随分遊んだものだ。
ご丁寧に操縦桿はゲームパッドになっている。
(これなら僕でも飛ばせるかも!)
動力だってジェットエンジンのはずがない。
そんなものを再現しても不便なだけだ。
電源ボタンを押すと、パネルにデータが表示される。
システムは生きている!
〇ボタンを押してエンジンを始動すると、機体が振動する。
その瞬間、遥斗の力が抜けるのが分かった。
(なるほど、搭乗員の魔力を吸収してエネルギーにするのか)
だから複数人乗れるようになっているのだ。
燃料タンクは「人」というわけだ。
データを表示すると、世界地図が現れた。
ミズチネットワークを利用して収集された情報がリンクされている。
「これなら、わずか半日でアストラリア王国に入れる」
アマテラスが感慨深げに言う。
「これは加奈以外、誰も使えなかった代物だ。おそらく異世界人しか使いこなせまい!お前ならやれると思っていた」
遥斗が頷く。
「皆、早く乗って!」
遥斗の呼びかけに、エレナ、マーガス、エーデルガッシュ、ブリード、ルシウス、イザベラが乗り込んだ。
「アマテラスさん、出口開けてください!」
アマテラスが装置を動かすと、天井がゆっくりと開いていく。
遥斗がゆっくりとボタンを押し込むと、戦闘機が垂直に離陸した。
VTOL機。
滑走路の無いこの世界では殊更に有用。
そして空中で静止すると、エンジンの噴射方向が変わる。
「飛ぶよ!捕まって!」
その言葉と共に、戦闘機は空の彼方へと飛び去っていった。
アマテラスは、かつての加奈を見る思いで、その姿を見送った。
「頼んだぞ……加奈の子よ。きっとお前ならば……」




