385話 足りないピース
エーデルガッシュはアマテラスを真っ直ぐに見つめた。
そして、深々と頭を下げる。
「すまぬ……この国に危機が迫っていることは承知している。だがすぐには動けぬ」
皇帝が頭を下げる。
その光景に、皆が動揺を隠せない。
「しかし、余にはどうしても話をしてみたい——いや、しなければならない人物がいる」
エーデルガッシュの眼に力がこもる。
「この戦争の中心であるにも関わらず、存在も意図も見えない人物……『エドガー王』だ。彼が全ての鍵を握っているように思えてならぬ」
その名前に、一瞬ルシウスの表情が曇る。
「今にも戦争が始まりそうだ。本来ならすぐにでもエリアナ姫と対峙すべきだろう。しかし、どうしても一つピースが足りないのだ」
「ピース……とは?」
イザベラが首を傾げる。
「動機だ。ここまでする理由。それなくしては、エリアナ姫の真意に届かない気がする。彼女も神子。なぜ神の意思に背く?なぜ神の意思を捻じ曲げる?エドガー王は承知しているのか」
ルシウスがため息をつきながら口を開いた。
「確かに……彼は僕の従弟だけど、性格は良く言えば穏健、悪く言えば臆病。戦争などもってのほかだし、判断も遅い。人格者ではあるけどね」
「……『担ぎ上げられた王』という感は否めないかなー」
「じゃあ担いでんのは誰よ?エリアナ姫か?」
アリアが単刀直入に尋ねる。
「うーん……難しいね。彼が王になったのは、前王である僕の父が推挙したからだ。賢者マーリンの横車もあってね。父も異世界召喚には賛成派だったから、僕が邪魔だったんだろうね。彼なら反対意見は決して言わない。つまりエリアナが生まれる前から、彼は今のままなんだよ」
イザベラも腕を組みながら頷く。
「かつてヴァルハラ帝国に、姫様の代わりとして遥斗殿に同行した時もそうです。偽装工作は全てはエリアナ様の指示でした。エドガー様からは何も……」
アイラも命を懸けて得た情報を話す。
「帝都にはエリアナ姫は来られていました。が……エドガー王は不在でした。おそらく王都におられるのではと推測されます」
「おいおい。姫を最前線に送り出して、自分は留守番か?そりゃいくら何でもいかれてるだろ。王様としても父親としてもよー」
アリアが呆れたように吐き捨てる。
「だから行かねばならん。どうしても。彼は何かを知っている」
エーデルガッシュの決意は固い。
アマテラスが深く頷いた。
「わかった。それで我らはどうする?」
「できるだけ時間を稼いで欲しい。戦争を回避しながら……頼めるか?」
「難しい注文だな……」
アマテラスは苦笑する。
「だが承知した。やってみよう」
「申し訳ないが、頼む……」
エーデルガッシュが再び頭を下げる。
「これが分岐点となろう。この世界を救うための、な」
「うむ」
二人の指導者が、固い握手を交わす。
ヴァルハラ帝国皇帝とエルフ国の王、本来なら相容れない者同士の約束。
もっと早くに実現していれば、今とは違う未来を描いたはずの邂逅。
しかしまだ遅くない。
誰しもが希望を見出していた。
その時、ツクヨミが口を開いた。
「ねぇ兄さん……あの方の助力を仰げないかしら?」
「あの方?あの方って誰だい?」
ルシウスが振り返る。
「竜王バハムス様」
その名前が出た瞬間、室内が静まり返った。
「なっ……!」
皆が固まる。
ドラゴン族——それは神話の種族。
圧倒的な力を持ちながら、決して人の世に干渉しない誇り高き存在。
人族の争いに介入するとは思えない。
「無理かもしれない。でも、打てる手は全て打つべきでしょう。世界か無くなってしまってからでは遅いのだから」
ツクヨミの提案は理にかなっていた。
アマテラスが妹を見つめる。
「行ってくれるか?」
ツクヨミは力強く頷いた。
「もちろん。父の遺志を継ぐ者として、加奈の友として……できることはやります」
竜王の力が借りられれば、戦争は一時的にでも止まるはずだ。
時間を稼ぐには、これ以上ない援軍となるだろう。
しかし、遥斗だけは疑問を口にする。
「アストラリア王都までどうやって行きます?かなり遠いですよね」
確かにそれは大きな問題だった。
「シエルの魔法を使っても、簡単に行ける距離でもないし、何より僕達は追われる身です。簡単にアストラリア国王に行けるとは思えません」
追手を差し向けられている以上、表立って移動することは不可能。
転移魔法陣も配置はされていない。
あったとしても、王国側が放置しているはずがない。
単純に移動するなら4か月以上。
馬車を使用しても2か月。
往復するなら、更に倍以上の時間が必要となる。
それだけ時が経てば、戦争が始まっていない保証などない。
すべてが遅きに失する。
しかしアマテラスが不敵な笑みを浮かべた。
「方法ならあるぞ」
遥斗に向き直る。
「お前にしかできない方法がな!」
なぜか嫌な予感がした。




