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383話 エリクサー

「ファラウェイ・ブレイブ……」


 遥斗は思わず呟いた。

 その言葉を頭の中で反芻する。


 ファラウェイ——遥か。

 ブレイブ——勇気、勇者。


(遥、勇……まさか)


 自分の名前と、勇者である涼介たちを表す言葉のように感じた。

 偶然にしては出来すぎている。


 しかし、この場で聞きたくなかった名前。

 それは連合軍を率いる「カリスマ」なのだから。


 遥斗の表情の変化を見て、アイラは全てを察した。

 薄い唇を震わせながら、苦しげに言葉を紡ぐ。


「やはり……遥斗様の……ご友人……でしたか……」


 遥斗は小さく頷く。

 それ以上、彼女に何も言えなかった。


「カリスマとは……異世界から……転移してきた……勇者たちです……」

 アイラの言葉に、一同がざわめく。


「勇者殿たちがおられるのであれば、話は早い!」

 イザベラが場違いな程、明るい声を上げた。

 妙案が浮かんだようだ。


「彼らは遥斗殿のご友人。直接お話しいただくのはいかがでしょうか?誤解を解き、戦争を回避するなど容易でしょう!」

 もっともな意見だった。


 しかし、果たしてそうなのだろうか?

 ルシウスが首を傾げる。


「ちょっと待って。今誤解って言ったよね……。誤解、誤解?何が誤解なんだい?」


「もちろん、我々が人族に仇なす存在ということです」

 イザベラは当然の如く答える。


「我々、とは?」


 ルシウスの問いかけに、イザベラははっと気が付く。

 そして顔を青ざめさせた。


 今ここにいるアマテラスたち「クロノス教団」

 彼らは一旦休戦をしているだけで、本来の目的は——


 魔法、スキルを使う者を敵として抹殺すること。


 人類抹殺は彼らの教義。


 遥斗たちの誤解は解けても、戦争を止める理由にはならない。


 情報は恣意的に利用されているが、間違いではなかった。

 事実の一部を切り取って、都合よく解釈しているだけ。

 大勢に影響はない。


「だからってこのままぶつかりゃ、世界の消滅に繋がっちまうぞ?どうすんだよ?何とかしねーと!」

 アリアが苛立たしげに吐き捨てる。


 エーデルガッシュが慎重に口を開いた。

「帝国としては、これまでの情報を持ち帰り協議すべきだと考える。今までの確執は保留。世界安寧のため、各国に休戦を働きかけてみる。どうだろう?」


 それは建設的な意見の様に思えた。

 実現すれば一気に問題解決に至る。


「私も微力ながら、エリアナ姫に進言できる立場です。光翼騎士団長にも協力を願います!私には姫様が世界の破滅を望んでいるとは到底思えません!」

 イザベラも前向きな表情を見せる。


 二人の言葉に、室内に僅かな希望が灯った。


 しかし——


「駄目……なのです……」


 アイラの弱々しい声が、それを打ち砕いた。


「すでに……先手を……打たれて……います……」


 苦痛に顔を歪めながら、アイラは残酷な事実を告げる。


「エーデルガッシュ様……ブリード様は……ヴァルハラ帝国の……裏切り者として……追われる身と……なって……おります……」


 エーデルガッシュの表情が歪む。

 すでに皇帝の地位は剥奪されているのだろう。

 貴族も全て敵に回った。


 元々どれだけ見方がいたかは疑わしいが。

 それでも、表向きの権力は絶大だった。


「アストラリア王国からは……マーガス様……エレナ様……」


 一呼吸置いて、最も言いたくない名前を口にした。


「そして……遥斗様……」


 遥斗の体が震えた。

「役立たず」ではない。

 それどころ、ではない。


 人族全体の敵と見做されている。

 極悪人。


「アイラさん。このことは、涼介たちは知っているの?」


 遥斗の問いかけに、アイラは申し訳なさそうに答える。


「この発表を……したのが……涼介様たち……です……」


 遥斗の顔から血の気が引いた。

 親友だと思っていた彼らが、自分を敵として糾弾したのだ。


「もはや……エーデルガッシュ様や……遥斗様は……第一の標的に……されて……います……莫大な……懸賞金がかかっていて……」


 横からヘスティアが重い口を開いた。


「アイラがこうなったのは、勇者に捕まったからなのです」


 まさかの言葉に、思わず息を呑む。


「彼らの凶悪さは、遥斗様が知る彼らではないかもしれません」


 この世界に来て変わってしまった。

 あり得る話だった。


 遥斗の脳裏に、自分を置いて旅に出た彼らの後ろ姿が蘇る。

 あの時の彼らの表情を、今更ながら思い出す。


 でも——


(ファラウェイ・ブレイブ)


 その名前に、一縷の希望を見出そうとする。

 ファラウェイ——遥か。

 もしかしたら、自分のことを意味しているのではないか。

 忘れていないというメッセージなのではないか。


 縋るような思いだった。


「このままでは、アイラが……あまりに不憫です」

 ヘスティアがツクヨミに這いつくばって頼み込む。


「命令を忠実に遂行したアイラに、どうかご慈悲を!」


 ツクヨミとて助けたいのは山々だ。

 しかし、最後のエリクサーを使うことは……。


 これはオルミレイアスが遺した未来への備え。

 アイラを助けるために持ちだしたが、踏ん切りがつかない。



「すみません、失礼します」


 遥斗が前に出て、ツクヨミが持つエリクサーに手をかざした。


「アイテム鑑定」


 遥斗の瞳に情報が流れ込んでくる。


【エリクサー】

 バッドステータス全回復

 HP50000回復

 MP10000回復


 まさに至宝と呼ぶにふさわしい効果。


 そして同時に、アイテム登録も完了させていた。


(これで生成は可能になった……けど)


 遥斗は自分のステータスを確認する。

 エリクサーを生成するには、素材となるHPもMPも圧倒的に足りない。

 等価交換で使用すれば、その人の命はない。


(どうすれば……)


 遥斗が悩んでいると、肩に温かい手が置かれた。

 振り返ると、エーデルガッシュが優しく微笑んでいた。


「余は遥斗を信じておる。お主なら何でもできる。今まで見せてもらった奇跡は、些かも色あせておらぬ」


 その言葉に、遥斗は顔を上げる。

 室内を見回した。


 ここにいるのは遥斗を始め、エーデルガッシュ、アマテラス、ツクヨミ、ルシウス、アリア、イザベラ、ヘスティア。


 一騎当千の猛者揃い。

 それぞれが膨大なステータスを持つ者たち。


 遥斗の中で、可能性が煌めく。


「皆さんの命、貸してください!」


 遥斗は深々と頭を下げた。


 一瞬の沈黙の後、アリアが豪快に笑った。

「へっ、面白ぇじゃねぇか!やってみろよ!」


「私も協力します」

 イザベラが静かに頷く。


「余の力、全て託そう」

 エーデルガッシュが力強く宣言する。


 アマテラスとツクヨミも無言で頷き、ルシウスも微笑みを浮かべた。


 ヘスティアは涙を浮かべながら、感謝の言葉を述べる。


(僕の中のアイテム士の力……最弱かもしれないけど……僕も信じる!アイラさんを助けて!)


 遥斗は心の中で強く願った。

 そして、渾身の力を込めて呪文を唱える。


「ポップ!!!」


 遥斗のアイテム生成の呪文が炸裂した。

 これまでとは違う。

 一人ではなく、ここにいる全員のステータスを素材にする。


 室内が眩い光に包まれ、全員から力が流れ込んでくる。

 皆の力が、願いが、優しさが遥斗に集う。


 その光が収束すると……


 遥斗の手に、新たなエリクサーが握られていた。

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