表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
382/514

382話 伝えたくない事、伝えなければならない事

 アマテラスが大会議室を後にする。


「おい、どこ行くんだ?何を隠してやがる?」

 アリアが不満そうに声を上げるが、アマテラスは振り返らない。


「重要な話があります……しかしここでは……」

 ツクヨミが暗い表情で補足する。


「なんすかね、この意味深な雰囲気……」

 シエルが魔術師の帽子を深くかぶり直し立ち上がる。


「ま、行くしかないっしょ!行けば分かるさ、行かなきゃ分からんってね」

 グランディスがいつものように軽い調子で答え、シエルの後ろについて行く。


「遥斗くん、どうするの?」

 エレナが遥斗に尋ねるが、最初から答えは決まっている。

「もちろん行くよ」

 遥斗が小さく頷く。


 一行は太陽神の後を追って廊下を進む。

 クロノス教団の本部は、ダンジョンを改造した建造物。

 迷路のように入り組んでおり、人を惑わせる構造だった。


「にしても、でけぇダンジョンだな……どこに何があるか全然覚えらんねぇぜ」

 ガルスがため息交じりに呟く。


「長距離の移動は年寄りには堪えるのう」

 マルガは杖を支えに歩いている。


「ご謙遜を。御高名なシルバーファングの懐刀、マルガ・フレイムともあれば年齢など関係ないのでは?」

「おぬしは確か……『アイアンシールド』のケヴィンじゃったか?」

「ええ、よくご存じで。マルガ殿に覚えて貰えているとは……非常に光栄ですね」

 ケヴィンが爽やかな笑顔で返す。


「ふん、バロッグ流槍術を修めとる冒険者など、そうはおらんからのー。覚えておって当たり前。パーティランクに見合わぬ実力者であれば尚更よ」

 マルガのケヴィンを見る眼が鋭い。

 普段は飄々としたシルバーファングだが、大胆なだけではない。


 これがS級冒険者。


 どれだけの情報を網羅しているのか見当もつかない。

 マルガの底の深さ、ケヴィンの背に冷たい汗が流れていた。



 やがてアマテラスが立ち止まった。

「ここだ」


 着いた先は治療室。

 どことなく、消毒液のような匂いが漂ってくる。


 アマテラスがゆっくりと扉を開けた。

 そこには、思いもよらない人物がいた。


「えぇ……ヘスティアさん?」

 エレナが思わず声を上げる。

 マテリアルシーカーの面々も同様に、目を見開いて固まっていた。


 ナチュラスの長、ヘスティア・ヴァーヴァー。


 彼女とは面識があるが、まさかクロノス教団の本部にいるとは思わなかった。

 つまり——


(やっぱり繋がってたのか……)

 遥斗は得心する。

 元々ツクヨミとの繋がりはほのめかしていたし、都市の長が国のトップと繋がるのは自然な事。

「理外の刃」の所持も許されていたのは、ツクヨミの信頼が厚い証拠だった。


 それらは承知の上だったが、疑問が残る。


「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」


 遥斗は冷静に声をかけた。

 探りを入れるためだ。


 ここにいる理由。


 怪我の可能性。


 しかし、ヘスティア自身はどこも悪くなさそうに見える。


 彼女がこのタイミングで現れた。

 嫌な予感がした。


「ツクヨミ様……ご足労いただき申し訳ございません」


 ヘスティアが深々と頭を下げる。

 その表情には、深い悔恨と焦燥が刻まれていた。


「ここからは人数を絞らせてもらう。怪我人がいるのでな」


 アマテラスの言葉に、遥斗の心臓がドクンと跳ねた。

 選ばれたのはエーデルガッシュ、ルシウス、アリア、イザベラ。各団体のトップクラス。そして遥斗。


(怪我人って、まさか……そんなはずないよね)

 遥斗の嫌な予感が止まらない。


「特に遥斗様には、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」


 ヘスティアの声が震えている。

 そして奥の部屋に進む。


「っ!」


 一行の足が止まった。


 ベッドに横たわる女性。

 無数の管に繋がれ、息も絶え絶え。

 包帯から染み出す血。


 そして、右腕は……無かった。


「アイラさん!」


 最悪の形で予感が的中した。

 遥斗は慌てて駆け寄る。


「遥斗……様……」


 かすれた声でアイラが微笑みかける。

 その顔は血の気が失せ、唇は青白く震えていた。


「待っていてください!すぐに治します!」


 遥斗は慌ててマジックバッグからHP回復ポーションを取り出そうとするが——


「お待ちください!」

 ヘスティアが必死に制止した。


「アイラは傷口から細菌感染を起こし、全身に毒が回っています。今傷口を治癒しても、体内の毒素で敗血症を起こして……結果は同じです。傷口から膿を出し続けなければ……」


「そんな……!」


 遥斗が愕然とする。

 回復ポーションが使えない事態があるとは。


「何か……何か方法は無いんですか!」


 ヘスティアが縋るような視線をツクヨミに向けると、月の女神はゆっくりと小さな小瓶を取り出した。


 小瓶の中で、虹色の液体が光っている。


「それはもしや……エリクサーかい?」

 ルシウスが息を呑む。


「エリクサー!伝説にあるエルフの霊薬か!」

 アリアも驚嘆し、思わず叫ぶ。


 怪我はおろか、毒、呪い、HP、MPに至るまで極限まで回復する究極のアイテム。

 伝説の中の伝説。


 噂でしか存在しないと思われていた代物。


「……これはルナークに現存する最後のエリクサーです」

 ツクヨミの声に、重い沈黙が落ちた。

 使用が躊躇われる。


「そんな……貴重なものを……私なんかに……必要……ございません」

 アイラが首を振ろうとするが、痛みで顔を歪める。


「それよりも……お聞き……ください……重要な……報告が……」


「アイラには、帝都への潜入調査をさせておりました」

 ヘスティアがアイラを気遣い、横から補足する。

「1月程前にナチュラスを出立し、昨夜ようやく……この状態で戻ってきたのです。治療のためここまで連れてまいりました。しかし、どうしても伝えたい事があると……」


 アイラは苦痛に顔を歪めながらも、必死に言葉を紡ぎ始めた。


「帝国は……もう……」

 息を整え、震え声で続ける。


「……アストラリア国王に……乗っ取られてしまい……ました」


「なんと!どういう事だ!」


 エーデルガッシュが思わず詰め寄る。

 予想していた最悪の事態だった。


 しかし、簡単に帝国が併吞されるなど信じがたい。

 人族に中でもヴァルハラ帝国は軍事に秀でた国家。


 ミズチで見た帝都の様子はお祭り騒ぎだった。

 とても戦争をした様子はない。


「皇帝陛下と側近が……人族を裏切り……滅亡を企てる『クロノス教団』と繋がっていた……そして帝都とイーストヘイブンは……その第一歩として……虐殺の対象になったと……」

「その企てを……明るみにして……帝国を救ったのは……エリアナ姫ということに……なっています……」

「帝国は今……アストラリア国王の支援の下……エリアナ姫が仮統治を……」


「そいつは無茶苦茶だぜ!」

 アリアが拳を握りしめる。


「無茶ではない……ほとんど事実に相違はない。真実とは程遠いが、筋は通っている。歪曲に歪曲を重ねて、都合の良い物語を作り上げているね」

 ルシウスの分析に、一同が息を呑む。


「それでは……この件の黒幕はエリアナ姫なのか?」

 エーデルガッシュが厳しい表情で尋ねる。


「確証は……ありませんが……状況から考えて……おそらく……」

「そして……エリアナ姫は……連合軍を結成……アストラリア王国、ヴァルハラ帝国、ノヴァテラ連邦、スフィア共和国の……全戦力を結集して……エルフの国に……攻め入る気です……」


「連合軍だと……」

 エーデルガッシュの顔が、みるみる青ざめていく。


「冒険者共は何やってやがる!この非常事態に何もしてねぇのかよ!国が暴走した時にはギルドが介入するはずだぜ!」


 アリアが怒りを露にするが、アイラは力なく首を振った。


「冒険者も……戦力に……加わっています……多額の褒賞と……強力な……カリスマによって……」


「カリスマ?」

 遥斗が聞き返すと、治療室の空気が変わった。


 アイラは遥斗を真っすぐに見つめ、最も伝えたくない事、そして最も伝えなければならない事を口にする。


「カリスマとは……『ファラウェイ・ブレイブ』……です……」


 ファラウェイ・ブレイブ。

 遥斗は初めて耳にする単語だった。


 しかし、それはなぜか懐かしい響きを持っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ