382話 伝えたくない事、伝えなければならない事
アマテラスが大会議室を後にする。
「おい、どこ行くんだ?何を隠してやがる?」
アリアが不満そうに声を上げるが、アマテラスは振り返らない。
「重要な話があります……しかしここでは……」
ツクヨミが暗い表情で補足する。
「なんすかね、この意味深な雰囲気……」
シエルが魔術師の帽子を深くかぶり直し立ち上がる。
「ま、行くしかないっしょ!行けば分かるさ、行かなきゃ分からんってね」
グランディスがいつものように軽い調子で答え、シエルの後ろについて行く。
「遥斗くん、どうするの?」
エレナが遥斗に尋ねるが、最初から答えは決まっている。
「もちろん行くよ」
遥斗が小さく頷く。
一行は太陽神の後を追って廊下を進む。
クロノス教団の本部は、ダンジョンを改造した建造物。
迷路のように入り組んでおり、人を惑わせる構造だった。
「にしても、でけぇダンジョンだな……どこに何があるか全然覚えらんねぇぜ」
ガルスがため息交じりに呟く。
「長距離の移動は年寄りには堪えるのう」
マルガは杖を支えに歩いている。
「ご謙遜を。御高名なシルバーファングの懐刀、マルガ・フレイムともあれば年齢など関係ないのでは?」
「おぬしは確か……『アイアンシールド』のケヴィンじゃったか?」
「ええ、よくご存じで。マルガ殿に覚えて貰えているとは……非常に光栄ですね」
ケヴィンが爽やかな笑顔で返す。
「ふん、バロッグ流槍術を修めとる冒険者など、そうはおらんからのー。覚えておって当たり前。パーティランクに見合わぬ実力者であれば尚更よ」
マルガのケヴィンを見る眼が鋭い。
普段は飄々としたシルバーファングだが、大胆なだけではない。
これがS級冒険者。
どれだけの情報を網羅しているのか見当もつかない。
マルガの底の深さ、ケヴィンの背に冷たい汗が流れていた。
やがてアマテラスが立ち止まった。
「ここだ」
着いた先は治療室。
どことなく、消毒液のような匂いが漂ってくる。
アマテラスがゆっくりと扉を開けた。
そこには、思いもよらない人物がいた。
「えぇ……ヘスティアさん?」
エレナが思わず声を上げる。
マテリアルシーカーの面々も同様に、目を見開いて固まっていた。
ナチュラスの長、ヘスティア・ヴァーヴァー。
彼女とは面識があるが、まさかクロノス教団の本部にいるとは思わなかった。
つまり——
(やっぱり繋がってたのか……)
遥斗は得心する。
元々ツクヨミとの繋がりはほのめかしていたし、都市の長が国のトップと繋がるのは自然な事。
「理外の刃」の所持も許されていたのは、ツクヨミの信頼が厚い証拠だった。
それらは承知の上だったが、疑問が残る。
「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
遥斗は冷静に声をかけた。
探りを入れるためだ。
ここにいる理由。
怪我の可能性。
しかし、ヘスティア自身はどこも悪くなさそうに見える。
彼女がこのタイミングで現れた。
嫌な予感がした。
「ツクヨミ様……ご足労いただき申し訳ございません」
ヘスティアが深々と頭を下げる。
その表情には、深い悔恨と焦燥が刻まれていた。
「ここからは人数を絞らせてもらう。怪我人がいるのでな」
アマテラスの言葉に、遥斗の心臓がドクンと跳ねた。
選ばれたのはエーデルガッシュ、ルシウス、アリア、イザベラ。各団体のトップクラス。そして遥斗。
(怪我人って、まさか……そんなはずないよね)
遥斗の嫌な予感が止まらない。
「特に遥斗様には、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」
ヘスティアの声が震えている。
そして奥の部屋に進む。
「っ!」
一行の足が止まった。
ベッドに横たわる女性。
無数の管に繋がれ、息も絶え絶え。
包帯から染み出す血。
そして、右腕は……無かった。
「アイラさん!」
最悪の形で予感が的中した。
遥斗は慌てて駆け寄る。
「遥斗……様……」
かすれた声でアイラが微笑みかける。
その顔は血の気が失せ、唇は青白く震えていた。
「待っていてください!すぐに治します!」
遥斗は慌ててマジックバッグからHP回復ポーションを取り出そうとするが——
「お待ちください!」
ヘスティアが必死に制止した。
「アイラは傷口から細菌感染を起こし、全身に毒が回っています。今傷口を治癒しても、体内の毒素で敗血症を起こして……結果は同じです。傷口から膿を出し続けなければ……」
「そんな……!」
遥斗が愕然とする。
回復ポーションが使えない事態があるとは。
「何か……何か方法は無いんですか!」
ヘスティアが縋るような視線をツクヨミに向けると、月の女神はゆっくりと小さな小瓶を取り出した。
小瓶の中で、虹色の液体が光っている。
「それはもしや……エリクサーかい?」
ルシウスが息を呑む。
「エリクサー!伝説にあるエルフの霊薬か!」
アリアも驚嘆し、思わず叫ぶ。
怪我はおろか、毒、呪い、HP、MPに至るまで極限まで回復する究極のアイテム。
伝説の中の伝説。
噂でしか存在しないと思われていた代物。
「……これはルナークに現存する最後のエリクサーです」
ツクヨミの声に、重い沈黙が落ちた。
使用が躊躇われる。
「そんな……貴重なものを……私なんかに……必要……ございません」
アイラが首を振ろうとするが、痛みで顔を歪める。
「それよりも……お聞き……ください……重要な……報告が……」
「アイラには、帝都への潜入調査をさせておりました」
ヘスティアがアイラを気遣い、横から補足する。
「1月程前にナチュラスを出立し、昨夜ようやく……この状態で戻ってきたのです。治療のためここまで連れてまいりました。しかし、どうしても伝えたい事があると……」
アイラは苦痛に顔を歪めながらも、必死に言葉を紡ぎ始めた。
「帝国は……もう……」
息を整え、震え声で続ける。
「……アストラリア国王に……乗っ取られてしまい……ました」
「なんと!どういう事だ!」
エーデルガッシュが思わず詰め寄る。
予想していた最悪の事態だった。
しかし、簡単に帝国が併吞されるなど信じがたい。
人族に中でもヴァルハラ帝国は軍事に秀でた国家。
ミズチで見た帝都の様子はお祭り騒ぎだった。
とても戦争をした様子はない。
「皇帝陛下と側近が……人族を裏切り……滅亡を企てる『クロノス教団』と繋がっていた……そして帝都とイーストヘイブンは……その第一歩として……虐殺の対象になったと……」
「その企てを……明るみにして……帝国を救ったのは……エリアナ姫ということに……なっています……」
「帝国は今……アストラリア国王の支援の下……エリアナ姫が仮統治を……」
「そいつは無茶苦茶だぜ!」
アリアが拳を握りしめる。
「無茶ではない……ほとんど事実に相違はない。真実とは程遠いが、筋は通っている。歪曲に歪曲を重ねて、都合の良い物語を作り上げているね」
ルシウスの分析に、一同が息を呑む。
「それでは……この件の黒幕はエリアナ姫なのか?」
エーデルガッシュが厳しい表情で尋ねる。
「確証は……ありませんが……状況から考えて……おそらく……」
「そして……エリアナ姫は……連合軍を結成……アストラリア王国、ヴァルハラ帝国、ノヴァテラ連邦、スフィア共和国の……全戦力を結集して……エルフの国に……攻め入る気です……」
「連合軍だと……」
エーデルガッシュの顔が、みるみる青ざめていく。
「冒険者共は何やってやがる!この非常事態に何もしてねぇのかよ!国が暴走した時にはギルドが介入するはずだぜ!」
アリアが怒りを露にするが、アイラは力なく首を振った。
「冒険者も……戦力に……加わっています……多額の褒賞と……強力な……カリスマによって……」
「カリスマ?」
遥斗が聞き返すと、治療室の空気が変わった。
アイラは遥斗を真っすぐに見つめ、最も伝えたくない事、そして最も伝えなければならない事を口にする。
「カリスマとは……『ファラウェイ・ブレイブ』……です……」
ファラウェイ・ブレイブ。
遥斗は初めて耳にする単語だった。
しかし、それはなぜか懐かしい響きを持っていた。




