38話 森の中の危機
丘陵地帯の奥深くまで進んだ3人は、一旦立ち止まって状況を確認することにした。風が樹木を撫でる音が、彼らの緊張を和らげる。
遥斗は慎重に弾丸の数を確認した。
「まだまだ十分にあるね」
彼の声には安堵感が混じっていた。
「それじゃあ、そろそろ帰還する?魔力銃でのレベルアップも確認できたし」
エレナが尋ねた。彼女の表情には、少しの疲れが見えた。
「そうだね。僕としては帰還を提案したいな。十分なデータは得られたと思うし」
しかし、トムが急に身を乗り出した。
「いや、ちょっと待ってよ。もう少しテストを続けてみない?」
彼の目は興奮で輝いていた。
「僕、まだまだレベルアップできそうな気がするんだ」
エレナも少し迷った様子で言った。
「そうね...確かにもう少し経験を積みたい気もするわ」
遥斗は二人の顔を見比べた。彼らの目に宿る冒険心と成長への欲求を感じ取り、少し考え込んだ。
「そうだね。もう少しだけテストを続けよう。でも、危険を感じたらすぐに引き返すからね」
「了解!慎重に行動するよ」
トムは嬉しそうに頷いた。
3人はMP回復ポーションを飲んで体力を回復させ、魔力銃の状態も念入りに確認した。
彼らは再び草原を歩き始めた。グラスウルフを探して慎重に周囲を見回す。しかし、時間が経つにつれ、草原の景色は徐々に変わっていった。いつの間にか、彼らは小さな森の中に足を踏み入れていたのだ。
木々の間から漏れる陽光が、幻想的な雰囲気を作り出している。遥斗が警戒を呼びかけようとした瞬間、彼の目に3匹のグラスウルフの姿が映った。
「あそこだ」遥斗は小声で二人に伝えた。
「木に隠れて準備しよう」
3人は素早く身を隠し、魔力銃を構えた。遥斗がカウントダウンを始める。
「3...2...」
「きゃあっ!」
突如、エレナの悲鳴が静寂を破った。
遥斗とトムが振り向くと、エレナの体にサップサーペントが巻き付いていた。大きな蛇は、すでにエレナの腕に噛みついていた。
「エレナ!」遥斗の声が響く。
サップサーペントの姿は恐ろしく、その体長は優に3メートルを超えている。人間の子どものような太さの胴体は、木々の模様を模した鱗で覆われており、周囲の森に完璧に溶け込んでいた。その体表は常に樹液のような粘液で覆われ、光を受けて不気味に輝いている。大きく開かれた口からは、長さ10センチほどの毒牙が覗いていた。
エレナの顔は苦痛で歪み、彼女の肌は急速に蒼白になっていった。サーペントの毒が彼女の体内を駆け巡り、意識を奪おうとしているのが見て取れる。
エレナの腕から血が滴り落ち、その周りの肌は既に紫色に変色し始めていた。彼女の呼吸は浅く、不規則になり、目は焦点が合わなくなっていた。
「た...助けて...」エレナの声はかすれ、ほとんど聞き取れないほど弱々しかった。
サップサーペントの強靭な筋肉が彼女の体を締め付け、呼吸すら困難にさせていた。エレナの手足はだんだんと力を失い垂れ下がっていく。
遥斗とトムは、仲間の危機的状況に直面し、一瞬凍りついてしまった。エレナの命が刻一刻と危険に晒されていることを、彼らは痛感していた。
トムは慌てて魔力銃を向けたが、サーペントとエレナの体が絡み合っているため、撃つことができない。
「くそっ、撃てない!」
遥斗は低級ポーションを取り出し、エレナに向かって投げた。
ポーションがエレナの体にかかり、彼女のHPが回復する。
エレナの表情が少し和らいだ。
エレナに気を取られていた遥斗とトムは、周囲の警戒を怠っていた。
その隙を狙うかのように、グラスウルフの群れが静かに接近していた。彼らの草のような毛並みが、周囲の植生に完璧に溶け込み、その存在を巧妙に隠していた。
トムが気づいたのは、背後から熱い吐息を感じた瞬間だった。振り返る間もなく、鋭い牙が彼の肩に食い込もうとする。
「うわっ!」トムの悲鳴が森に響き渡る。
咄嗟の反応で体を捻り、何とか致命傷は避けたものの、鋭い爪が彼の背中を掠めた。
トムは素早く身を翻し、魔力銃を構えようとしたが、すでに3匹のグラスウルフが彼を取り囲んでいた。
彼らの目は獲物を捕らえた狩人のように冷酷に光る。
「くそっ...」トムは歯を食いしばりながら、何とか一匹目の攻撃を避けた。
しかし、次々と襲いかかる獣たちの動きは予想以上に素早く、3体同時の攻撃を避けるのは不可能だった。
(こんな状況...どうする!?)
頭では混乱していた。しかし、遥斗の体には幾多の経験が沁み込んでおり、自然に取るべき行動に移る。
遥斗はすぐさま、トムを襲っているグラスウルフの1匹を狙った。
「ファイア!」
魔力銃の音が鳴り、1匹のグラスウルフが光となって消えた。
残りの2匹は一瞬ひるんだが、すぐに態勢を立て直した。
彼らの鋭い目が、新たな標的を捉える。グラスウルフたちは、より大きな脅威である遥斗へと注意を向けた。
低く唸り声を上げながら、2匹のグラスウルフが遥斗に向かって疾走を始めた。彼らの動きは風のように速く、草を踏む音さえほとんど聞こえない。
遥斗は魔力銃を構え直し、グラスウルフの攻撃に備える。しかし、2匹のモンスターを同時に相手にすることの難しさを、彼は痛感していた。
「ファイア!」
1匹のグラスウルフは仕留めることが出来た。しかし、残りの1匹が遥斗に襲いかかる。
残った1匹が遥斗の腕に噛みついた。
「ぐっ!」激痛が走り、思わず魔力銃を落としてしまう。
(くそっ...でも、ここまでは想定内だ)
遥斗は歯を食いしばった。
(トムを信じよう。俺がおとりになれば...)
「遥斗、動くな!ファイア!」トムは遥斗の期待に応えた。
魔力銃の音が鋭く響き渡り、遥斗を襲っていたグラスウルフが光となって消滅した。
その瞬間を逃さず、遥斗は素早く落とした魔力銃を拾い上げ、エレナに向かって走り出した。
「エレナ!しっかりして!」遥斗の声には必死さが滲んでいた。
「ポップ!」
彼は走りながら、呪文を唱えた。
遥斗の手の中に小さな瓶が現れる。薄緑色の液体が入った毒消しのポーションだ。
しかし、その瞬間、サップサーペントの動きが変わる。
何かの攻撃を受けたと勘違いしたのか、巨大な蛇はエレナから素早く離れ、瞬時に近くの木に巻き付いた。その動きは信じられないほど俊敏で、木の幹や葉の模様と完璧に同化していく。
「くっ、どこだ...」遥斗は周囲を必死に見回すが、サップサーペントの姿を捉えることができない。
突然、木の葉の間から毒々しい緑色の液体が飛び出してきた。
遥斗は咄嗟に身を捻り、何とか毒液を避ける。
「ファイア!」遥斗は魔力銃を構え、毒液の飛んできた方向を狙って発砲した。
しかし、弾丸は空を切るだけだった。
次の瞬間、遥斗の背後から風を切る音が聞こえた。振り返ると、サップサーペントが口を大きく開け、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかってきていた。
(まずい、避けられない...!)
遥斗の頭の中が真っ白になる。
その時、「ファイア!」という声が響いた。遥斗の体が無意識に反応し、咄嗟に身を屈める。
彼の頭上を弾丸が通過し、サップサーペントの体を貫いた。巨大な蛇の体が光に包まれ、消滅していく。
息を切らしながら振り返ると、そこにはエレナが立っていた。彼女の手には魔力銃が握られ、まだ煙を上げていた。
「エレナ...!」
遥斗の声には驚きと安堵が混ざっていた。
「遥斗くん...なんとか間に合ったみたい」
エレナは弱々しく微笑んだ。
トムも駆け寄ってきた。
「すごいよ、エレナ!危機一髪だったね」
3人は互いの顔を見合わせ、安堵の息をついた。彼らは危機的状況を、見事なチームワークで乗り切ったのだ。
遥斗はエレナに毒消しのポーションを手渡した。
「これを飲んで。毒の効果を消してくれるはずだよ」
エレナは感謝の笑顔を浮かべながらポーションを飲み干した。彼女の顔色が少しずつ良くなっていく。
「みんな...ありがとう」エレナの声には、仲間への深い信頼が滲んでいた。
森に再び静けさが戻る中、3人は互いの無事を確認し合った。この予想外の危機を乗り越えたことで、彼らの絆はさらに深まったように感じられた。




