378話 魂を継ぐ者(中)
「な、なんぢゃと!お主デュランディスの息子か!」
ザハルドが驚愕の声を上げる。
あまりのショックに杖を取り落としそうになり、慌てて握り直した。
「そうだ。で、なんで親父がこんなところにいるっち?説明を求む」
グランディスは、いつもの調子。
怒りや憎しみなどの感情は特には見えない。
これはエルフ族特有のものか、グランディスが特別なのか。
しかしガラス容器の中の父親を見つめる瞳には、どことなく複雑な感情が渦巻いているように見えた。
「デュランディスはの……」
ザハルドが重い口を開く。
「……あの男は、自分から志願してここに来たのぢゃ」
「志願って……何を言ってるっす?あんな姿になる為に来たって言いたいっすか?おかしいっす!」
シエルが眉をひそめる。
「それが事実ぢゃ……ツクヨミ様に『理外の刃』を壊した事を謝罪しに来たのが始まりぢゃった……」
ザハルドは遠い記憶を思い出し、ゆっくり語り出した。
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『申し訳ございませんでした!デスペアを……理外の刃を壊してしまいました!理外の刃はこの国の至宝だったのに!』
深々と頭を下げるデュランディス。
このまま自決してしまうのではないか。
そんな事を連想させるほどの勢いだった。
ツクヨミは困った表情を浮かべる。
『気にする必要はありません。理外の刃は使用制限のある武器。それに、そもそも、あれはあなたの妻マリエラに贈ったもの……どの様に使おうとも自由です』
『しかし! 命に代えても修復いたします! 何でもいたします!修復方法を教えていただきたい!』
デュランディスは引き下がらない。
その必死さに、ツクヨミは深いため息をついた。
『……わかりました。理外の刃の真実をお話しします』
ツクヨミの表情が厳しくなる。
『理外の刃の基礎は異世界人がもたらしたもの。それは魔力の代わりに魂に影響する「オカート」という力を使用するのです』
『オカート……確かに強力ではありますが、魔力の代わりにする必要はあるのでしょうか?』
『ええ……魔力を使用し続ければ、この世界は「闇」に呑まれます。魔力は使用してはならないのです。ですが、いずれは……だからマリエラを守りなさい。あなたの家族を』
デュランディスは驚愕した。
『ならばなおのこと! デスペアの一振りを壊した事を悔やんでも悔やみきれません! 何でもしますから力にならせてください!』
『お断りします。親友マリエラの夫を巻き込むわけにはいかないでしょう?』
『子供が……子供が生まれたんです!絶対にこの世界を終わらせるわけにはいきません!』
その時、ツクヨミは加奈とハルカの親子の絆を思い出していた。
愛する者を守りたいという想い。
それは理屈を超越している。
『これだけの強き想い、応えるべきぢゃな』
横に控えていたザハルドが口を挟んだ。
人族ながらたった数十年で研究主任になった異世界技術応用の天才。
彼のおかげで研究は大幅に進んでいた。
クロノス教団の礎。
『ザハルド……』
『彼であれば新しい力を生み出すはずぢゃ。これだけの気迫……そうそう有るものではない』
ツクヨミは悩んだ。
ザハルドは研究のためならいかなる犠牲も厭わぬ男。
デュランディスは悲惨な最期を迎えるだろう。
それでもデュランディスはザハルドに頼み込んだのだ。
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「そして始まったのが魂の移植実験ぢゃ……」
ザハルドが続ける。
「魂の……移植……?」
グランディスの顔が青ざめる。
「強靭な魂を他者に移植し、魂の共鳴により爆発的な力を得る実験ぢゃ。そもそもレベルアップとは何か。モンスターを倒して経験値を得るが、経験値とはモンスターの魂を取り込んで強化される事象。強化するだけならばモンスターを倒す必要はない。アマテラスの護符を研究して得た結論ぢゃ」
シエルが息を呑む。
彼女はすでに経験していた。
遥斗の「LVのポーション」。
それを使いシエルも強くなった。
しかしそれは世界の理を歪める行為。
その研究がどれほど危険なものか理解していた。
「儂はデュランディスの魂の一部を削り出して他者へ移植した。しかし……移植された者は魂が混じりあい発狂するか、最悪消滅。他人の魂を混ぜるのは不可能ぢゃった」
「そんな……」
「唯一可能だったのは魂の無くなった死体への移植。一応の成功は見たが死体は腐ってしまうし、能力も上がらない。共鳴すべき魂が、最初からないのぢゃから。アイテムに魂を入れてみたが、デュランディスの魂は入らなんだ。何かが足りない。……そうこうしているうちにデュランディスの魂は半分に。仕方なく実験は凍結したのぢゃ」
グランディスは震えていた。
「親父……俺……俺間違ってた……」
涙が頬を伝う。
「デスペアが壊れた時、親父は廃人のようになっちまった。母さんを置いて出て行って……俺達より『理外の刃』が大事なんだと思ってた。親父を探すのも母さんが帰りを待ってるからだった……」
「あんた……」
シエルが心配そうに見つめる。
「でも違った!親父は命を投げ出してた!俺のために!母さんのために!そんな事も知らずに……」
グランディスがザハルドに縋りつく。
「お願いだ!親父を元に戻してくれ!」
「それはできんのぢゃ……もう魂が半分しか残っておらん。このまま消滅を待つだけ……せめて一時的にでも他の場所へ魂を移せれば……」
その時、シエルが口を開いた。
「何に魂を移そうとしたっすか?」
「武器、防具を始め、色々なアイテムを試したのう」
シエルは少し考えて言った。
「魔力を乗せる時は自分の愛着のあるものや、納得したものの方が効果が大きいっす。弱い武器でも自分の使い慣れたものが効果が高い場合があるっす」
「魔力伝導率のことか?」
シエルは頷く。
「それは魔力の場合であって、魂の移植とは関係ないの」
「そうっすか?両方人の魂に係る物っす。例えばアンデッドは執着が大きいほど力を増すっす」
「確かに……すべて納得した訳ではないが、試してみる価値はあるかもしれんの」
ザハルドの目が怪しく光った。




