377話 魂を継ぐ者(前)
「ねぇねぇ、シエルちゃん。ちょっと一緒に来てくれな?」
グランディスが子犬みたいな目で、両手を合わせて頼み込む。
「……また面倒事に巻き込もうとしてるっすか?」
シエルは眉をひそめ、杖を地面でコツコツ鳴らす。
(いやな予感しかしないっす……)
「面倒じゃないよ~。本当、信じてほしいっち」
「『信じてほしいっち』って……前も言ってひどい目にあったっすよね?」
「今回はマジのマジ! シエルちゃんの力が必要なんだって!」
「……」
シエルはため息をついた。
(仕方ないっす……でも、まさか……あそこじゃないっすよね?)
「シエルちゃん、君が必要なんだ。お願い、一緒に来て~」
「……わかったっす。今回だけっすよ!」
「よっしゃあああああ!!」
グランディスがシエルの両手を掴み、勢いよくブンブン振る。
「ちょ、やめるっす! 目の前がガクガクするっす!!」
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「……やっぱり面倒事だったっす!騙されたっす!」
着いた場所を見た瞬間、シエルの表情が凍りついた。
ここはダンジョン最下層の一つ上の階。
広大な研究施設。
無数の巨大なガラス容器が廊下に並んでいる。
中には人族もエルフもモンスターも、時には武器までもが、管に繋がれたまま液体に沈んでいた。
生きているのか、死んでいるのかもわからない。
淡く光る魂のようなものが漂い、空気は不自然に冷たい。
「……やっぱり、ここだったっす……」
シエルは顔を引きつらせ、ずりずりと後ずさる。
(もう二度と来ないって決めた場所っす……!)
「ここ……知ってるっす……危ない場所っす……」
シエルはグランディスを睨みつけ、杖を突き出した。
「お前、騙したっすねーー!!」
「ち、違うんだ!違うんだよー シエルちゃん!」
グランディスが慌てて両手を振る。
「ここじゃないとダメなんだ! どうしても知りたいことがあるんだ!」
「知りたい事?知りたい事ってなんすか?死体の保管方法っすか……まさか自分を保管する気じゃないっすよね」
「シエルちゃんの保管?うーん……有りか?」
「有るわけ無いっす!お前事焼き払うっす!死ね!」
「冗談、冗談。ちょっと待つっす」
「五月蠅い!灰になれ!」
「なんだ、やかましいのう……」
カツ、カツ、と床を叩く杖の音が響く。
奥の暗がりから、白衣を着た老人が現れた。
「誰よ?」
「『誰よ?』はこちらの台詞ぢゃ!ここは神聖な場所。騒ぐでないクソエルフが!全くエルフは礼儀というものを知らん!」
「いきなり出てきて差別とは……なかなかやるっち」
「『やるっち』ではない。はよう出ていけ!」
その老人は人族で、70歳は優に超えているだろうか。
白い髪はボサボサで全く手入れがされておらず、腰も曲がり杖を愛用している。
しかし、その眼光は鋭く、ただ者では無い雰囲気を醸し出していた。
シエルはグランディスの後ろに隠れる。
人見知りは相変わらずのようだ。
その姿を見て、老人はさらに怒りを増した。
「ここは子供の遊び場ではないわ!進化に人生を捧げた、選ばれし者だけが入れる聖域ぞ!」
グランディスの顔つきが変わる。
今の言葉は聞き捨てならない。
「進化に人生を捧げたって言ったよな?じいさん、ここで何をしているのか知ってんのか?知ってんなら教えてもらうぜ」
グランディスが凄んでも老人とは年季が違いすぎる。
ふん、と鼻を鳴らして、ギラついた目で睨み返す。
「小僧が……知らんわけ無かろう?儂を誰だと思っとるんぢゃ!ここの統括主任『ザハルド・ベルトラム』ぢゃぞ!」
「ザハルド……ベルトラム……だと……」
グランディスが驚愕する。
「コイツ知ってるんすか?」
後ろで小さくなっていたシエルに振り返ったグランディスは、神妙な面持ちで答えた。
「全然しんねー」
『いい加減にしろ!』
思わずシエルとザハルドの声が重なる。
「まぁ気にすんなじいさん!それより俺っちの質問に答えるっち!」
「お主……ええ根性しとるのう」
「よく言われるっち!」
「別に褒めておらんぞ?」
いつの間にやらグランディスのペース。
意外にも馬が合っている。
「それでなんじゃ、質問とやらは……」
「ここの研究目的だっち」
「ふん、そんな事か。なら教えてやろう……」
老人はゆっくりと語り出す。
遠い記憶を懐かしむように。
「ここは世界を守る為の研究施設ぢゃ……遥か昔、異世界より伝わりし秘術『カガク』と『オカート』の神髄を解明し、新たなる御業を成すのぢゃ。神の与えた摂理を越え、神の定めを覆す研究。それは魂の共鳴。それは意思の力」
「なるほど!」
グランディスが強く相槌を打つ。
意外な反応にザハルドの声が弾む。
「おお!お主わかるのか!」
「全く!」
「……まぁそうじゃろうなぁ……」
しかし、シエルがグランディスの後ろからひょっこり顔を出して口を挟む。
「つまり、『理外の刃』や『職業の変更』の研究をしてるってことっすね?しかも魂が不可欠な要素……それも強靭な……」
ザハルドは驚く。
このような少女が本質にたどり着いた事に。
ここの研究は外の世界とは隔離された独自の物。
概念の理解すらも常人には困難なはずだった。
シエルの理解に、ザハルドは感動すら覚える。
「そんなつまらん事より、他に聞きたいっち」
「つまらんとはなんぢゃ!」
ザハルド怒る。
老人の怒声を他所に、グランディスは一つのガラス容器を指さす。
そこには、左半身だけのエルフが生命維持装置に繋がれ、液体に浸されていた。
それは――
「なんじゃ?デュランディスではないか。知り合いか?」
「俺っちの父親だ」
「な、なんぢゃと!お主デュランディスの息子か!」




