376話 白虎の目覚め
「レア・アルケミック!!」
マーガスの叫びと同時に、宝物庫が眩い光に包まれた。
オリハルコンの塊が脈打つように震え、その一部が滑らかに剥離し、形を変えていく。
大剣――バスターソード。
重厚な刃が現れ、柄が光を帯びてせり出した。
マーガスはそれを掴むと、全身の血が沸騰するような感覚に襲われる。
その瞬間、剣から意識が流れ込んだ。
――もっと……力を……
耳の奥に響く声。
それは神の囁きか、オリハルコンの意志か。
「……力だ……力があふれるぞ……!」
マーガスの声が震えた。
瞳が異様な光を帯び、呼吸が荒くなる。
全身から熱が噴き出し、剣を握る手が離せない。
「……止まらない……!止められない!」
マーガスの周囲の棚に収められた金属が、触れてもいないのに宙に浮く。
ミスリルもヒイロガネも、セレスタイトの欠片すら。
彼の思考だけで形を変え始めた。
「ははは……動く……思っただけで、全部!全部!全部!」
笑みとも呻きともつかない声が漏れた。
――もっと……もっと……壊せ……与えろ……
剣の声がさらに深く侵食し、マーガスの表情が歪む。
「もっと……もっとだーーー!!!」
暴力の奔流が解き放たれた。
浮かんだ刃や槍が、閃光のように撃ち出される。
ガキィィィン!
一閃。
アマテラスはクサナギを振るい、全て叩き落とした。
「やめろ!こんなところで!仲間を殺す気か!」
しかし、アマテラスの怒声も届かない。
狭い鉱物保管室で棚が切り裂かれ、火花が散る。
マーガスは次々と武器を創り出し、浮遊する刃の嵐を無差別に放つ。
「どうしたの、マーガス! しっかりして!」
遥斗が叫び駆け寄るが、その凶刃は止まらない。
「殺す……殺せ……破壊の先に……それは……」
何かが混ざる声。
もうマーガスだけのものではなかった。
「だめだ!意識がない!」
オリハルコンの大剣が閃き、遥斗を狙う。
必死に後方へ跳ぶが、狭い空間では避けきれない。
「うわっーーー!」
「遥斗くん、危ないーーー!!」
絶叫とともに、エレナが飛び出した。
遥斗の前に立ちふさがり、体を盾にする。
たとえ一刀両断にされても、遥斗の一瞬を稼ぐために。
「エレナーーーーー!!!」
その瞬間――
宝物庫の奥で静かだった装置が突如として振動した。
低い電子音が響き、壁面が左右に割れる。
白い装甲を収めた格納ユニットがせり出し、パーツが射出された。
それは一瞬でエレナの元へ。
彼女を守るように、電磁フィールドが形成される。
傍にいたマーガスの動きは一瞬封じられた。
《起動コード。認証。開発者:カナ・サクラ》
無機質な機械音声が流れる。
だが、別の声が重なった。
『……お願い……遥斗を守って……』
「えっ……いまの……誰……?」
エレナは驚き、周囲を見回した。
《パイロット適合率――97%。装着開始》
各種パーツが、火花を散らしながらエレナへと飛来。
「ちょっ、なにこれっ――!?」
胸部装甲、腕部パーツ、脚部フレームが次々と装着され、最後に白いヘルメットが頭部に収まる。
青い発光ラインが走り、バイザーが音を立てて下りた。
《Pilot Sync Complete》
白虎――加奈が自分の子供達と、その護衛のために作ったパワードスーツ。
今、ここに起動した。
女性にしか適合しない装備、加奈が遺した異世界の技術。
白虎がエレナを包み、背中のスラスターが低く唸る。
エレナは何が起きたか分からず、ただ息を呑んだ。
「……これって一体?」
マーガスは拘束を破り、セレスタイトの塊から弓を創り出す。
矢はエレナめがけて飛ぶ。
《フォトンシールド展開》
光の盾が前方に張られ、矢を弾いた。
《マルチビット展開》
肩部からビット兵器が射出される。
棚の間を縫って飛び、マーガスの腕を撃ち抜いた。
「ぐっ……!」
たまらず、マーガスがたたらを踏む。
だが暴走は止まらない。
血まみれの大剣を握り締め、白虎を纏ったエレナに突進する。
《ホログラム展開》
エレナの姿が三つに分裂し、幻影がマーガスを錯乱させる。
ビットが高速で回り込み、拘束フィールドを展開。
電撃がマーガスを包む。
「……っ、止まれ……止まれ……! 俺の……仲間を傷つけるな!」
マーガスは最後に苦しげな叫びをあげ、力尽きた。
体から光が抜け、意識が途切れる。
静寂が戻る。
白虎を纏ったエレナだけが、荒い呼吸で立っていた。
「加奈?加奈なのか?」
白い装甲姿を見たアマテラスの声が震える。
それは、かつての加奈の《白狼》を思い起こさせた。
500年の時を越え、幻が現実になったかのようだった。
遥斗はエレナを見上げ、一瞬、母の面影を見た。
(母さん……?)
胸が締め付けられる。
忘れようとした。
忘れたつもりだった。
もう見限ったはずだったのに。
結局まだ囚われている。
(なんて……情けないんだ、僕は……)
エレナが口を開く。
「……声が……聞こえたの。きっと加奈さんの声。“お願い、遥斗を守って”って」
「……信じられない。気のせいだよ、きっと」
遥斗は首を振る。
「それに、今さら守りたいなんて言われても……母さんがいなくなってから、僕はずっと……辛くて……誰も守ってくれなくて……」
エレナは装甲に覆われた手を、強く握りしめた。
「……じゃあ、私が守る」
遥斗は顔を上げた。
「誓うよ……絶対、守るから!」
無機質な機械音声に変換されても、その想いは揺るぎなく響き渡った。
それは、確かにエレナ自身の心だった。




