375話 レア・アルケミック
アマテラス、ツクヨミ、遥斗、マーガス、エレナの5人が宝物庫の前に立っていた。
「宝物庫と言っているがな……実際は加奈が使っていた物の保管庫だ。全く使い方が分からない物もあるが、何より彼女の私物だからな」
アマテラスが寂しげに笑う。
「加奈がいつ戻ってきてもいいように……そうしておきたかった。魔法で部屋は封印してある。時間の流れをゆっくりにしていた。だから、全て当時のままだ。色々な物が遺されている」
厳重な扉の前にツクヨミが進み出た。
「ごめんなさい、みんな少し下がっていて」
両手を扉にかざすと、指先から淡い銀色の光が流れ出し、空中に複雑な幾何学模様を描き始める。
「月の加護を受けし古き契約よ、封印せし鎖を今解き放つ」
魔法陣が広がり、六芒星の中に細かな文字が浮かび上がる。
「時の流れを司りし力、静寂なる眠りより目覚めよ」
さらに幾重にも円環が重なり合い、まるで時計仕掛けの歯車のように回転を始めた。
「セレシュルムの名において命ず——『テンポラル・アンシール』!」
完成した魔法陣が強烈に光を放つ。
「封印が解けるわ。直視しないで」
閃光が弾け、眩い光が収まると、重厚な扉がゆっくりと音を立てて開いた。
――その奥は、まさに異世界の光景だった。
中に足を踏み入れたマーガスたちは、思わず息を呑んだ。
錬金術の実験器具、魔法の触媒、古代の書物、現代風の機械——それらが秩序を保ちながらも所狭しと並んでいる。
特に目を引いたのは、ゴッド・クリエイトで創られたであろう見慣れない機器たち。
あちらこちらに散見される。
パソコンのような物体、冷蔵庫らしき箱型の装置、用途不明の精密機械。
「こりゃあすごいな……」
マーガスが圧倒されて呟く。
エレナも目を丸くした。
「これだけのものが……! 使い方は想像できないけど、ルシウス叔父様のアーティファクトに少し似てる……もしかして逆?きっと叔父様が異世界の知識に影響されてるんだ!凄い!」
遥斗は母の遺留品を見回しながら、胸の奥に複雑な感情を抱く。
(これが……母さんの……遺した物、か。生活用品が多いな。まるでリサイクルショップだ。これだけあれば、不自由はしてなかったのかな?)
胸の奥がかすかに痛む。
(……やっぱり母さんは、本気で帰ってくる気はなかったのか)
そんな思いが、静かに心の中に生まれていた。
「こちらだ。加奈が生成した金属はこちらで保管している」
アマテラスが奥の部屋へ案内する。
一歩踏み入れると、空気が変わった。
そこは金属保管庫。
アダマンタイト、ミスリル、ヒイロガネ、セレスタイト——様々な希少金属が整然と並び、それぞれ輝きを放っている。
だが、その中でひときわ強烈な存在感を放つものがあった。
部屋の中央に鎮座する、虹色に輝く巨大な金属塊。
「……あれは……」
マーガスが言葉を失う。
それは、神話級の金属——
「オリハルコン」 だった。
「まさか……伝説の……」
マーガスが息を呑む。
国ひとつ買える価値があると言われ、所有する者は世界を治める力を得るとされる幻の金属。
塊で存在するなど、誰も想像すらしない。
マーガスは、その存在感に吸い寄せられるように歩み出ていた。
気づけば目が離せなくなり、胸が激しく鼓動を打つ。
「こ、これ……触っても?」
アマテラスが静かに頷く。
マーガスは喉を鳴らし、震える指先をオリハルコンへ伸ばした。
手が触れた瞬間、恐ろしいほどの力が奔流のように身体へ流れ込んだ。
全身を駆け巡る熱。
頭の奥に響く、言葉にならない声。
まるでこの金属そのものが生きていて、彼に呼びかけているかのようだった。
「……あっ……これ……は……」
息が詰まる。
そして無意識のうちに、呪文を口にしていた。
「アルケミック!」
しかし、何も起きない。
オリハルコンは錬金呪文では変化しない。
並みのスキルでは傷一つ付けることすら出来ないのだ。
「くそっ!……だめなのか……」
マーガスが肩を落とす。
エレナが慰めようと声をかける。
「残念だったね、いくら何でもオリハルコンは無理よ……でも、ほら、他の金属もいっぱいあるし……」
だが、マーガスは動かなかった。
――オリハルコンが、自分を呼んでいる。
そんな感覚が、胸の奥で強烈に響いていた。
理由などない。
ただ、確かに聞こえる。
直後、彼の全身から魔力が立ち上る。
その力は、もはやマーガス本人のものではないかのようだった。
オリハルコンと共鳴するかのような光景に、一同が息を呑む。
「……この魔力……マーガスじゃない!こんなの知らない!」
エレナが驚きの声を上げる。
膨大な魔力の奔流に、完全に圧倒される。
マーガスは静かに目を瞑り、深く息を吸い込んだ。
そして叫ぶ。
「レア・アルケミック!!」
ルシウスが使った禁術級の上級錬金呪文。
マーガスはその力を、今ここで解き放った。




