370話 視線
翌日の朝、アイラは情報収集のためギルドに向かった。
だが、異様な光景が眼前に広がっている。
ギルドの前に信じられないほどの人だかりができていたのだ。
建物の中に入ることすら困難なほどの混雑ぶり。
冒険者、軍人、一般市民まで様々な人々が集まっている。
冒険者ギルドにこれだけの人が集まる所など見たことがない。
アイラが困惑しながらも人込みに近づく。
「皆様!ギルド正面の広場にお回りください!建物の中には入らないで!」
職員が誘導の声を張り上げていた。
群衆が辛うじて広場に向かって歩く。
アイラも流れに従ってついていく。
広場には簡易ステージが設営されている。
その周りを取り囲むように、大勢の人々が集まっていた。
「すみません、何が始まるのでしょうか?」
アイラが隣にいる冒険者に話しかける。
戦士風の若き冒険者が、そわそわしながら答えた。
「今から大規模討伐クエストの申込が始まるんだ!こんなチャンス二度とない。絶対に受かって一山当ててやる」
目を輝かせながら続ける。
「あんたも冒険者なら稼ぎたいだろ?」
「そうですね、でもどのような依頼なんですか?」
「そりゃあもちろん……」
アイラが詳しく聞こうとした時、ステージにギルドマスターが登場した。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます」
「我々冒険者ギルドが設立されてから、これほど多くの方々にご参集いただいたことはございません。心より感謝申し上げます」
観衆がざわめき、期待に満ちた表情を見せている。
「今回は前例のない大規模討伐クエストについてご説明いたします」
「これは世界を脅かす『闇の拡大』を阻止するための作戦。我々人族の未来、子どもたちの明日を守るための戦いなのです」
「最初は『闇の拡大』の裏で暗躍するクロノス教団の殲滅が目的です。もはや彼らを放置することは、世界の終焉を意味します。今こそ反攻の時なのです!」
ギルドマスターの言葉に、拍手と歓声が上がる。
アイラだけは、内心で事態の深刻さを理解していた。
「それではこの度、最前線で指揮を任せます特別ゲストをご紹介いたします」
ギルドマスターがスターを招き入れるように両腕を広げる。
「異世界より召喚され、我々を救うために戦い続ける英雄たち。勇者パーティ『ファラウェイ・ブレイブ』の皆様です!」
その直後、ステージに涼介を始めとする勇者パーティが颯爽と登場した。
僅かな間があり、
うわあああああぁぁぁぁーーーーー
大歓声が起こる。
皆が待ち望んだ英雄の登場。
しかしアイラの全身に総毛立つような感覚が走る。
勇者パーティ「ファラウェイ・ブレイブ」の5人を感じた瞬間、彼女の体温が一気に冷たくなった。
彼らから放たれるオーラは、人の域を完全に超えている。
かなりの実力者であるはずのアイラの膝が震え始める。
アイラより遥かに実力が上のヘスティアでさえ、一人一人に遠く及ばないと直感する。
目を合わせてはいけない。
直視することすらできず、目線を下に逸らし続けた。
「みんなー!!今日は集まってくれてありがとー!!」
千夏が前に出て、元気よく叫ぶ。
屈託のない笑顔で手を振る千夏。
「みんなで力を合わせて、闇を消滅させるぞー!!!」
観衆から「おおー!」という大きな歓声が上がった。
「いいねー!その為にはクロノス教団っていう悪いやつらを倒すぞー!!みんなー、やる気あるかー!!」
さらに大きな歓声と拍手が巻き起こる。
「頑張ったら報奨金はたんまりだー!!お金持ちになれちゃうぞー!!」
一段と声が高まり、冒険者たちの興奮が最高潮に達した。
群衆は千夏に煽られ、完全に熱に浮かされている。
横にいる美咲が慌てて千夏の服を引っ張る。
「ちょっと、ちょっと!千夏!もう少し抑えて!」
千夏があっけらかんと答える。
「これくらいでいーのいーの!みんな喜んでるじゃん!」
さくらが深いため息をつき、大輔がほほをポリポリと掻いて困った顔を見せている。
涼介は無表情で群衆を見下ろしていた。
千夏以外のメンバーはあまり楽しそうではない。
何か複雑な事情があるようだが、群衆は千夏の勢いに完全に飲まれている。
それに気づく者はいない。
「そんでもって……今回の標的はこいつらだー!似顔絵カモーーーン!」
千夏が大声で宣言すると、ステージ脇に大きな掲示板が設置された。
「クロノス教団中枢と繋がっている疑惑の人物たち!」
そして続ける。
「殺してもいいけど、出来ればこいつらを生け捕りにしてー!情報を聞き出したいからねー!」
一人目の絵が掲示される。
「軍務尚書ブリード・フォン・リッター!軍人の風上にも置けない不届き者だー」
千夏が指差すと、観衆から「おおー!」と声が上がった。
帝国軍人が「ブリード将軍か……」と衝撃を受けている。
二人目の似顔絵が掲示された。
「ヴァルハラ帝国皇帝エーデルガッシュ・ユーディ・ヴァルハラ!子どもだからって何をやっても許されると思うなー」
エーデルガッシュの存在はあまり表に出されていなかったため困惑する者もいるが、冒険者たちのボルテージは確実に上がっている。
「そんで次はぁ……アストラリア王国の裏切り者!マーガス・ダスクブリッジ!」
「同じく公爵家令嬢エレナ・ファーンウッド!」
千夏が続けざまに発表する。
「貴族の子息でありながら人族を裏切ったやつらだー!許せないよねー!」
群衆が怒りの声を上げ、討伐への意気込みを示した。
そして最後の一人の説明が始まる。
「闇と戦う為に召喚されたにも関わらず、闇に堕ちた異世界人」
千夏が劇的に一呼吸置いた。
「佐倉遥斗ーーー!」
その名を聞いたアイラが思わず反応してしまった。
顔を上げて似顔絵を見てしまう。
(しまった……)
アイラが内心で後悔したが、時すでに遅し。
その「視線」を涼介が敏感に察知していた。
涼介の鋭い目がアイラを捉える。
「……お前……何だ?」
涼介がアイラを睨みつけた瞬間、アイラの全身に死の予感が走る。
その眼光には殺意にも似た何かが宿っている。
周囲の観衆は気づいていないが、確実にバレた。
絶対に殺される。
経験豊富な暗殺者としての本能が、そう告げていた。
アイラが弾かれたように人込みの中を走り出す。
群衆をかき分けながら必死に距離を取ろうとした。
背後から涼介の視線を感じ続ける。
このままでは確実に捕まる。
暗殺者としてのあらゆる技術を駆使して逃走を図るアイラ。
群衆の狂乱を利用しながら姿を眩ませていく。
しかし勇者パーティの実力を考えると——
逃げ切れる保証は、どこにもなかった。
アイラの心臓が激しく鼓動し、冷や汗が止まらない。




