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366話 情報戦


「うーん?やっぱり、アレがまずかったのかなー?」


 ルシウスの何気ない呟きに、会議室がざわめいた。

 その軽い口調とは裏腹に、全員が重大な何かを感じ取っている。


 エーデルガッシュが身を乗り出す。

「何がまずかったのだ?詳しく聞かせてくれ」


「実は当時、賢者マーリンから共同研究の依頼を受けていたんだ」


 その告白に、イザベラが驚きの声を上げる。

「マーリン様が!共同研究!?初耳です。どのような内容でございましたか?」


 ルシウスが興味なさげに答える。

「異世界人転移拡大法についてだったねー」


 会議室の空気が凍りついた。

 誰もが息を呑み、アマテラスの表情が険しくなる。


「スタンピードへの備えを強化するつもりだったんだろうね、異世界人を取り込むことによって。異世界召喚の頻度、規模を強化できないか研究していたらしい。自分だけでは限界があったから、ゴッド・ノウズを使いたかったみたい」

 ルシウスが淡々と続ける。

 しかし、その意味理解する者たちの表情は青ざめていく。


「でも私は、彼とは違うことを考えていたんだ」

 ルシウスが当時を振り返り、語り始める。

「冒険者として世界中を回り、異世界召喚のせいで各国との軋轢が生じているのを目の当たりにしていた。また異世界人は文化の違いから問題行動も多く、国内での批判も少なからずあった」


 エーデルガッシュが深く頷く。

「そうだ、帝国でも疑惑を呼んでいた。王国だけが異世界人を独占しているのではないかと。そしてそれを悪用し侵略行為に及ぶ、というのが通説であった」


「だから異世界召喚に関しては規模を縮小、または廃止を検討していたんだ」


 ルシウスの言葉に、イザベラが震え声で問いかける。

「まさか……それをマーリン様に?」

「ああ、正直に話した。自分が王になった暁には方針を転換したいと」


 会議室に重い沈黙が流れる。

 第一王子が、王家の根幹政策に反対していたという衝撃的な事実。


「いや、でも代わりにアーティファクトを利用した、小魔力で今まで以上の効果を発揮するアイテム開発を提案したんだよ?スタンピードを軽んじていたわけじゃない」

 ルシウスが、わたわたと説明する。

「この開発はゴッド・ノウズが無くても可能で、世界各国で情報共有出来るはずだったんだ!そうすればモンスター退治も楽になるし!」


 エーデルガッシュの目が輝く。

「それは素晴らしい案ではないか……闇の拡大対策にもなりえる。ダンジョンに頼らない生活も可能。それが実現できれば夢のようだ!」


 ルシウスの理想に、エレナも声を上げた。

「それって、遥斗くんのお母様が目指していた方向と同じじゃない?」


「そうだね、考え方の元は同じだったのかも。ついでに、エルフの国には『カガク』というものもあると聞き及んでいて……」

 ルシウスが懐かしそうに微笑む。

「王になる前に『ソラリオン』に留学したいとマーリンに告げたんだ」


「それで賢者マーリンは何と?」

 エーデルガッシュは興味津々だ。


「マーリンはとても喜んでくれたよ。『あなたこそ新世界の王だ』と言ってくれて」


 ツクヨミが首をかしげる。

「それは良い反応だったのではなくて?諍いが起きたようには思えないわ」


 しかし、ルシウスが首を振る。

「でも、何だか不穏な空気を感じていた。彼の言葉は表面的なものだ……という直感があったんだ」


 少し間を置いて続ける。

「その予感は正しかったと今でも思うよ。結局は私の追放劇が始まったからね。まさかこんな大きな事件になるとは思わなかったけど」


 ルシウスが苦笑いを浮かべたその時——


 ドンッ!


 突然アマテラスが、壊れんばかりに机を叩いて立ち上がった。


「なんだそれは!聞いていた話と全く違うではないか!」


 怒号が会議室に響き渡る。

 一同がアマテラスの剣幕に驚き、身を竦める。


「兄さん、落ち着いて、ね?」

 ツクヨミが慌てて兄を宥めようとする。

 しかし、アマテラスの怒りは収まるどころかヒートアップしていく。


「調査員からの報告では、ルシウスは『カガク』を学び、自国を強化し、ダンジョン開発などを推し進める政策を執ると聞いていた!国力が付けば他国への侵攻が可能になるから、と」


 その言葉にルシウスが驚愕する。

「え?ちょ……それは……」


 イザベラも困惑を隠せない。

「ルシウス様の話とは真逆ですね……なぜそのような事に?」


 アマテラスが拳を握り締める。

「事実と虚構が……織り交ぜられている!」


「……『カガク』を学ぶという部分は真実だけど……目的がいつの間にか正反対に伝わっている。偶然にしては出来すぎだわ」

 ツクヨミが冷静に分析する。


 アマテラスは苦々しく告白する。

「我はオカート等の開発にルシウスを逆に利用しようと企んでいた。我らを利用しようとしていたからな」

「だが結局、ルシウスの力は危険すぎた。教団の真相が知られるのも時間の問題と感じ、闇討ちで能力を封印。幽閉しようとしたのだ……上手く逃げられてしまったが」

「もしかすると、情報が故意に捻じ曲げられていたのか?ルシウスを排除するために?……内通者か!」


 しかし、ハルカの存在に気づく。

「いや……ハルカがいる以上、内通者や嘘等あり得ない。心を覗けるのだからな……」


 そして恐ろしい結論に辿り着く。

「ということは、意図してこちらが勘違いするように仕向けたか!」


 ツクヨミが戦慄する。

「情報を巧妙に操作した黒幕がいると?」

「ああ!そうであれば、こちらの情報が漏れている!クロノス教団のこともルシウスが共同研究していたことも!」


 そして、さらに恐ろしい事実に気づく。

「まさか、今この瞬間も?」


 その言葉に、会議室全体の温度が下がった気がした。


「やられた……全ては何者かの掌の上だ」

 アマテラスは力なく呟く。


 エーデルガッシュが青ざめた顔で問う。

「我々の行動も、全て筒抜けという可能性があるというのか!」


「でも、誰が?どうやって?」

 エレナが不安そうに声を震わせる。


「少なくとも500年前から暗躍している存在だ!俺達は踊らされていたのか!」

 マーガスも怒りで震えていた。



 遥斗だけが、黙ったまま静かに考え込んでいる。

 全ての情報を整理し、見えない敵の目的を探ろうとしていた。


 戦いが始まる予感がした。

 見えない敵との、情報戦という名の戦いが。

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