363話 シューテュディの死
「許せん!許せるはずがない!!許していいわけがない!!!」
シューテュディの怒りが限界を超えた。
その咆哮は天を揺るがし、大気でさえも震わせた。
大地、いや、星そのものが彼の感情に共鳴し、嵐の前触れのように唸りを上げる。
「エルフを誑かして戦争を起こさせたのも人族!」
「父を殺したのも人族!」
「世界を消滅させる原因を作っているのも人族!」
「加奈がこうなったのも……それを無駄にしようとしているのも全て人族!!!」
最愛の女性の犠牲を踏みにじられた怒りが、心の奥底から湧き上がる。
父の死、同胞の死、世界の死——全ての元凶に向けられた純粋なる憎悪だった。
その怒りは凄まじく、ドラゴンたちですら身を竦ませる。
「もはや許すことは……できぬ!!!」
一片の慈悲もなし。
慈愛は完全に消失し、復讐の炎だけが燃え盛っている。
セレシュルムが「お兄様……」と心配そうに見つめる。
振り返ったシューデュディは、もはや彼女の知る優しい兄の面影はなかった。
「賢王オルミレイアスの一子、そしてルナークの王シューデュディ。愚かな俗物は今ここで死んだ」
その言葉と共に、何かが決定的に変わった。
懐の護符が、激情に共鳴するかのように光を放ち始めた。
光は次第に強くなり、太陽そのものを閉じ込めたかのような眩い輝きとなる。
その極光に照らされ、シューデュディの髪が黄金に、瞳が神々しい意思を宿した。
もともと金色だった髪と瞳が、文字通り太陽の化身として燃え上がっている。
「今から我はエルフではない。全てを灼き尽くす異世界の神『アマテラス』だ!」
今までのシューデュディの声ではない。
声色自体は一緒だ。
が、全くの別人のものである。
天から響く神託のように威厳に満ち、聞く者の魂を震わせる。
「誰かの幸せを願う者ではない……誰かを導く者でもない……」
「人族を滅ぼし、世界を救いし者だ!」
その変貌ぶりに、バハムスですら驚愕の表情を見せる。
「これは進化か……いや神化か。我らドラゴン族と同じく。進化の実を使わずに成し遂げるか」
神々しいオーラが螺旋状に立ち上り、日本神話の神アマテラスと見紛うばかりの存在へと昇華していた。
そしてアマテラスに感応するように、セレシュルムの護符も銀色に輝き始める。
月光のような冷たく美しい光が、彼女を包み込んでいく。
「お兄様……いえ、兄さん」
セレシュルムも口調が変わった。
彼女の声音にも、既に人ならざる響きが混じっている。
「兄さんがエルフを辞める覚悟を決めたのなら、私もツクヨミとなりましょう」
「あなただけを修羅の道を歩ませるわけにはいきません」
兄への想いが、彼女をも神格へと押し上げていく。
セレシュルムの髪が銀色に輝き、瞳が月光のような神秘的な光を放つ。
その美しさはエルフのそれを遥かに超越し、見る者の心を奪う幻想的な容姿となった。
「我らは加奈のため、救世のために生まれ変わった」
太陽と月、対照的でありながら調和する二柱の神が、ここに誕生した。
兄妹の覚悟と決意は、見事なまでに美しく、そして恐ろしい。
それは破滅への道であると同時に、世界を救う唯一の希望。
バハムスがその神聖なる覚悟に深い敬意を表し、巨大な翼を広げて頭を下げる。
「その覚悟、見事なり!生まれ変わると言うならば!我がドラゴン族の古き言葉で、真名を授けようぞ!」
「『ファシグデューン』……救世主という意味だ」
古代ドラゴン語で紡がれた神聖な称号。
その響きは、聞く者の魂を浄化する力を持っている。
「我の名はアマテラス・ファシグデューン」
太陽神が神器クサナギを天に掲げて名乗る。
その声は雷鳴のように響く、神々しい眩しさを湛えながら。
「私はアマテラスの妹神、ツクヨミ・ファシグデューン」
月の女神も続ける。
その声は静謐でありながら、確固たる意志を秘めている。
天地が震え、星々が瞬き、運命の歯車が大きく回り始める。
シューテュディ・ガリムデュスとセレシュルム・ガリムデュスは死んだ。
金色に輝く瞳で立ち尽くす「太陽神アマテラス」。
銀色の髪を風になびかせた神秘的な「月の女神ツクヨミ」。
二人の存在は、もはや人やエルフの領域を完全に超越している。
生まれ変わった彼らは、もう迷いも躊躇いもない。
「我らはもう元に戻れぬ」
「ええ、それで良いのです、兄さん」
感情を失った少女には、この神格化すら視えていたのだろうか。
ハルカだけは、二人の劇的な変化を当然のことのように受け入れていた。
「我はソラリオンを統べる。オルミレイアスの跡を継ぎ、国を再建する。軍備を増強せねばならんからな」
「なら私はルナークを治めましょう。二つの国を拠点として、我らの計画を着実に進めるのです」
「今は人族共にしてやられて、どうすることも出来ぬが……」
アマテラスが燃える拳を握り締める。
「いずれ奴らを……いや、魔力を濫用する者を全て……滅する」
ツクヨミも月光を纏いながら同調する。
「ええ、世界を救うため、そして異世界を守るため」
「そして最後には私たちも消えましょう。それが宿命」
その瞳には、母として全てを捧げた加奈への深い敬意が宿っている。
遥か彼方の闇の向こう。
今もなお巨樹が醜悪な実を落とし続けている。
加奈の犠牲を無駄にしないため、二柱の神は悪魔となるのだろう。
「お母様……きっとすごく喜ぶの……」
ハルカが機械的だが、しかしどこか嬉しそうに呟く。
「みんなで一緒に……悪い人たちを殺すの……お母様のために……世界のために……お兄様のために……」




