358話 ドラゴン降臨
「ここまでくれば、もう隠す必要もあるまい」
カゲロウが不敵に笑った。
仮面の下から覗く目が、邪悪な光を放っている。
「貴様!父上をどうした!」
シューデュディが怒りで震える。
「オルミレイアス王か?既にこの世にはいない」
「いない!どういう意味だ!」
「阿呆か……死んだに決まっているだろう?」
カゲロウが嘲笑う。
「そんな……父上が……」
セレシュルムが絶望の表情を浮かべる。
愛する父の死という現実が、心を深く抉った。
「ソラリオン兵も全て操り人形よ。もう元には戻らんぞ。最初から全てが計画通り、あっけない程にな」
マリオネイター・ルドルフが嘲笑う。
その手に握られた糸が、まるで死神の手綱のように見えた。
「大規模な魔法戦を行わせることができたわ。エルフ共の命と引き換えだがな、ガハハハ」
魔力共鳴士・レゾが狂ったように笑う。
浮遊する水晶具が禍々しく光る。
「これで世界の消滅は加速度的に進む。もはや取り返しはつかないわ。諦める事ね」
エンチャンター・ヴァイスが冷酷に告げる。
加奈が急いで白狼のシステムから、闇の現状データを確認する。
表示された数値を見た瞬間——
「こんな……闇が……大きくなってる!」
恐怖で叫ぶ加奈。
バイザーディスプレイに映し出された数値は、想像を絶する悲惨さだった。
穴が空いているのではない。
もはや星の一部が欠けている。
全体の20分の1は『闇』に飲み込まれていた。
「これじゃ……自重で崩壊する……」
加奈が戦慄する。
惑星として維持できる構造が既に限界に達していた。
「ククッ……目的は……達成された」
モンスターテイマー・ガルモが勝ち誇る。
隣のサイクロプスが、雄たけびをあげて勝利を謳う。
その時大地が小刻みに揺れ始めた。
それはほんの僅かな揺れ。
しかし惑星崩壊を告げる、最悪の知らせだった。
「これでこの世界も終わりだ」
カゲロウが満足そうに嗤う。
その瞳には、一片の慈悲もなかった。
「なぜ……なぜこんな酷い事をするの?!」
加奈が刺客たちに向かって叫んだ。
「このままでは連鎖的に異世界も消滅する!それを知っているの?あなた達も異世界人じゃないの?」
必死の呼びかけにカゲロウは呟く。
「良く分かったな、俺達が異世界人だと。特殊能力持ちがいるな?」
「関係ないでしょ!そんな事よりも質問に答えなさい!」
加奈と詰問にヴァイスが答える。
「この世界がどうなろうと私達には関係ないもの」
レゾが続ける。
「ま、こっちの奴らの消滅が先だわな。その後の事はお前らは知る必要はない。知る事も出来んが」
ルドルフとガルモはクスクス笑っている。
異世界人たちの不自然な統一行動に、加奈が疑問を抱く。
(おかしい……異世界人がこれだけいるのも変だけど、全員が同じ目的で動くなんて……)
何か大きな力が背後にあるような気がしてならない。
「もう……何もかも……手遅れだったというのか……」
シューデュディは膝をついた。
アマテラスの護符も、もはや光を失っている。
「父上も……ソラリオンも……ルナークも……全て……失った」
絶望に打ちひしがれるシューデュディ。
王として、息子として、何一つ成せなかった。
全てを失った絶望感が彼を支配していた。
「これで……もう終わりなの?」
セレシュルムも涙を流している。
しかし——
「私は諦めない!」
加奈が吼える。
「ハルカがいる!元の世界には遥斗だっている!」
愛する者たちの顔が、加奈の心に力を与えていた。
「絶対に守り抜くんだ!」
白狼のシステムを最大出力にする。
全兵装が一斉に展開され、戦闘準備が完了した。
「無駄な抵抗を……」
異世界人たちが一斉に攻撃を開始する。
カゲロウの忍術、ルドルフの操り糸、ヴァイスの魔法武器強化。
レゾの共鳴魔法、ガルモのサイクロプス——全てが同時に襲いかかった。
彼らには電磁フィールドなど、ないも同然。
その威力は群を抜いている。
加奈の白狼でも、多方向からの連携攻撃に対処しきれない。
一つ一つは防げても、五つ同時では限界があった。
「だめっ……このままじゃ……」
加奈が劣勢に追い込まれる。
頼みの電磁フィールドも、ソラリオン兵の物量攻撃で徐々に破られていく。
血を流しながらも戦い続ける加奈。
体力の限界が近づいていた。
「シューデュディーーーーー!!!」
加奈が必死に呼びかける。
「ハルカを……ハルカだけでも助けてーーーーー!!!」
涙ながらに頼む加奈の姿に、シューデュディの心が動いた。
最愛の女の叫び。
最愛の娘の名前。
それを聞いた瞬間、シューデュディの目に光が戻る。
ハーフエルフの少女の笑顔が脳裏に浮かんだ。
「ハルカ……」
呟く声に、力が戻ってくる。
「そうだ……私にはまだ守るべきものが……守らなければならないものがある」
絶望に支配されていた心に、再び炎が灯った。
同時に怒りが込み上げてくる。
「父を殺し……世界を破滅に導く貴様らを……」
「絶対に許さん!!!」
激怒の叫び声が戦場に響く。
アマテラスの護符が激しく光り始め、もはや限界を超えた怒りがシューデュディを覆った。
左腕につけた腕輪を天高く掲げる。
それはバハムスから贈られた特別なアイテム。
契約の証。
「竜王よ!盟約により我らに加護を!約束を果たしてくれーーー!!!」
絶叫と共に腕輪が眩い光を放つ。
天空に向かって光線が伸びた。
空に巨大な魔法陣が出現し始める。
古代竜族の文字で描かれた、神々しいまでに美しい魔法陣だった。
「おい!何だあれは!」
異世界人たちが困惑する。
これまでの余裕が失われた。
魔法陣が完成すると、そこから巨大な影が現れ始める。
ギャオォォォォォォォ!!!
竜の咆哮が戦場に響き渡った。
大地を震わせるほどの圧倒的な咆哮。
魔法陣から次々に現れるドラゴン。
バハムスを先頭とした総勢50体以上。
空を覆い尽くすほどの大群。
それぞれが家屋ほどもある巨体で、圧倒的な威圧感を放っている。
「よくぞ我らを呼んだ、シューデュディよ!」
バハムスの威厳ある声が戦場を支配する。
「ドラゴンだと?なぜここに?」
カゲロウたちは動揺を隠せない。
竜王の登場は全く計算にはなかった要素だった。
「約束通り力を貸してやろう!」
バハムスが吼える。
ドラゴンたちが戦場上空を舞い、エルフ兵たちを見下ろしていた。
天空の王者の降臨により新しい局面を迎える。




