347話 実験(後)
王が静かに剣を抜き放った。
迷いのない動作で、一人目の囚人の心臓を一突きにする。
「きゃーーーー!」
セレシュルムが悲鳴を上げ、目を覆った。
肉体の生命機能が無くなったため、魂は簡単に吸い上げられる。
管の中を光る何かが流れていく。
しかしオルミレイアスは納得していない。
「即死だったか。魂が大幅に欠損してしまっているな」
恐ろしいほど冷徹な声だった。
加奈も青ざめながら装置のデータを確認する。
確かに不完全な魂の抽出結果に終わっている。
これではエルミュレイナスに職業を付与することはできない。
王が次の囚人に向かい、今度は足を切り落とした。
さるぐつわの為、くぐもった悲鳴がダンジョン最下層に木霊する。
セレシュルムは耳を塞ぐ。
シューデュディは顔を背けながらも装置を監視している。
「ど、どうやら今度は上手くいった……ようです」
加奈が震え声で報告する。
しかし、この結果ですら王は不満を示した。
「まだだな。まだ足りぬ」
血まみれの光景に一同が戦慄する。
実験の過酷さが極限に達していた。
王が最後の囚人に向かう。
今度は体の部位を少しずつ切り落とし始めた。
「人は生命の危機に瀕した時、最も強く魂が輝く」
王が理論を語りながら、淡々と作業を続ける。
「そして還るべき肉体が無くなれば、完全なる魂が出現するはずだ」
苦痛、恐怖、憎悪、絶望……
その中で肉体が死んでゆく。
魂は生を求め、肉体が滅んでも形は綺麗に残る。
その光は全て装置に吸収された。
3つの魂が混ざり合い、必要な成分だけが抽出される。
魂が怨嗟の声を上げ、実験場に響いた。
王以外はもはや失神寸前の状態だった。
オルミレイアスの眼差しだけには、確固たる意志が宿っている。
未来を見据える覚悟が、恐ろしいほどに伝わってきた。
抽出された職魂がエルミュレイナスに注がれ始める。
途端に、液体の中でエルミュレイナスがもがき苦しみだした。
「……何の職業が得られるかは分かりません」
加奈が心配そうに呟く。
「これで、ただの一般職だったら……」
不安を口にする。
口元を吊り上げ、王が答える。
「抽出する魂が多ければ多いほど素材としては優秀だ。またレア職業持ちやレベルの高い者ほど良い」
「な、なぜそんなことをご存じなのですか?」
「神の声が聞こえるのだ!強く、はっきりとな!」
「強き意思こそが職業を導く!」
王が叫ぶ。
それに応えるようにエルミュレイナスが黄金の光を放った。
眩い光がダンジョン全体を包み込む。
光が収まると、自動的に液体が排出される。
ガラス容器の中からエルミュレイナスが立ち上がった。
「ご無事ですか?」
シューデュディが心配そうに確認する。
しかし、エルミュレイナスが突然大笑いし始めた。
「フハハハハハ!」
その笑い声に一同が困惑する。
今までの礼儀正しい王とは明らかに違う雰囲気だった。
オルミレイアスが少し動揺しながら問う。
「どうだ?結果はどうなったのだ?」
「全て上手くいきましたよ兄上。私は全てを理解しました。神の力をね」
エルミュレイナスが答える。
さらに加奈に向かって丁寧に礼を述べた。
「ありがとうございます、サクラ殿。素晴らしい実験でした。これでこの世界は救われることでしょう。全てあなたのおかげだ。フハハハハ!」
しかし加奈は違和感を感じた。
先ほどまでの礼儀正しい王ではなく、全てを飲み込む超越者のような雰囲気。
話し方も表情も以前とは明らかに異なっている。
(失敗だ……)
加奈が内心で悔やんだ。
得体の知れない存在に変貌したエルミュレイナス。
実験は成功したが、恐ろしい何かが生まれてしまったのかもしれない。
「疲れたので失礼します。それでは後程……ごきげんよう皆さん」
エルミュレイナスが堂々とした態度で告げる。
一人で転移魔法陣を使って王宮に帰ってしまった。
残された一同が重い沈黙に包まれる。
「私たちは……取り返しのつかないことをしたのかも」
加奈が呟く。
シューデュディが加奈を慰めようとするが、言葉が見つからない。
セレシュルムはまだ震えが止まらずにいる。
オルミレイアスも弟の変化を感じ取っている。
重大な問題が起きている予感があった。
実験から数時間後。
ルナーク王国から緊急の連絡が入る。
「王が失踪なされました!」
エルミュレイナスが忽然と姿を消し、行方が全く分からない。
世界を救うはずの実験が、新たな災いの種となってしまったのか。
王宮に重い沈黙が落ちた。
果たしてエルミュレイナスはどこに消えたのか。
そして、彼は何を企んでいるのか。
不安と後悔が、加奈の心を支配する。
禁忌の実験。
その代償はあまりにも大きすぎた。




