346話 実験(前)
ここはダンジョンの最下層。
危険な実験を考慮して、王宮と直接転移魔法陣で繋がっている特別な場所だった。
巨大な実験室には不気味な装置が設置されている。
中央に巨大なガラス容器があり、特殊な液体が満たされていた。
その液体の中にエルミュレイナス・ガリムデュスが浸かっている。
ルナーク王国の王が、まるで死んでいるかのように静かに浮かんでいた。
実験場にはオルミレイアス、シューデュディ、セレシュルムが緊張した面持ちで立っていた。
加奈は最終的な装置の調整を行っている。
重苦しい空気が実験場全体を包む。
セレシュルムは不安そうに兄の袖を握る。
オルミレイアスが重い口をいた。
「もし、この実験が成功すれば、エルミュレイナスは予知能力を失うのであろうか?あの力が失われるのは惜しい。我らは幾度も力を合わせ、危機を乗り切ってきたのだ」
加奈が少し考えてから答える。
「おそらく大丈夫でしょう。その可能性は低いと思います」
「なぜそう言える?」
「今から行うのは職業の上書。元来職業を持たないエルフ族は失うものはありません」
加奈が説明を続ける。
「ただし、職業は魂の一部、どんな影響が出るかは分かりません。性格の変容や、寿命が短くなる等の変化があるかも。良くて廃人……最悪……死に至ります」
加奈の表情に不安が滲む。
実験の成否が世界の命運を握っている。
しかも、失敗はルナークの王を失う事と同義。
重圧が、全員の肩にのしかかっていた。
実験用のガラス容器から管が3本伸びており、それが手足を縛られている人族の頭に繋がっている。
この3名は囚人だった。
意識はあるものの、目隠しにさるぐつわもされている。
身動きどころか、話す事も出来ない。
王が厳かに宣言する。
「この者たちは重罪を犯し、処刑を待つ者である!今ここで直ちに刑を執行する!」
加奈が複雑な表情で囚人たちを見つめる。
死刑囚とはいえ、実験に使用すれば命はない。
リスクが大きいのではない。
確実に死ぬ。
実験を行うのは加奈自身。
人を殺す重圧がのしかかる。
(怖い……でも!遥斗の命には代えられない!)
心の中で自分に言い聞かせた。
恐怖に足が竦む。
しかし、息子を救うためなら……。
加奈が装置を起動しようと手を伸ばした時、シューデュディが制止した。
「待ってくれ……私が代わろう」
シューデュディが申し出る。
加奈の精神的な負担を軽減するための気遣いだった。
「そんな……あなたは王子。そんな事をさせる訳にはいかないわ!」
「いや、私がやりたいのだ。君のために」
「シューテュディ……」
加奈が熱い眼差しでシューデュディを見つめた。
彼の優しさが沁みる。
しかし同時に、自分の罪を他人に押し付けるような気がして複雑だった。
シューデュディは加奈の為に、震える手で装置のスイッチに触れる。
唸りを上げてシステムが起動を始めた。
装置が動き始めると、3人の囚人が苦しみ出す。
身体を激しく痙攣させ、口から泡を吹いている。
見ているだけで胸が痛くなるような光景だった。
ゴッド・クリエイトで創った装置だが、完全には機能していないようだ。
魂の構造が完全には理解できないため、このような結果になるのは仕方ない。
この装置を創れただけでも奇跡的なことだった。
魂が体に残ろうとする力の方が強く、なかなか吸い出せない。
「失敗……なの?」
加奈が落胆の表情を見せる。
セレシュルムは怖がって兄の後ろに隠れた。
緊張が極限まで高まる実験場。
管の中をかすかに光る何かが流れているのが見える。
それが魂の一部なのだろうか。
しかし量が少なすぎる。
このままでは実験は失敗に終わってしまう。
「もう少し出力を上げてみましょう」
加奈が苦渋の決断を下す。
シューテュディが目いっぱい出力を上げる。
装置の音が大きくなり、囚人たちの苦悶がさらに激しくなった。
オルミレイアス王は黙って見守っている。
エルミュレイナスの身体に変化はない。
果たして成功するのだろうか。
それとも、すべてが無駄に終わってしまうのか。
実験場には機械音と苦悶の声が響き続ける。




