345話 禁忌
あれから1か月が経過した。
加奈を中心とした科学応用研究が本格的に開始されている。
魔法の使用を最小限に抑え、科学技術で生活できるよう都市の改造を進めてきた。
蒸気機関や水車を利用した動力システムを各所に設置。
電気を生み出すための発電機も科学的原理で建設されている。
下水道や上水道も、重力と圧力を利用したシステムに変更。
住民たちも最初は戸惑ったが、徐々に新しい生活様式に適応していった。
「魔法を使わずともこんなに便利になるとは」
感嘆する市民たちの声が聞こえてくる。
「これで世界消失を遅らせることができます」
加奈が説明する度に、希望の光が見える気がしていた。
ただ、どうしても難しい機械だけはゴッド・クリエイトで創造していく。
魔法と科学を融合した夢の機械。
リスクとリターンを秤にかけて、慎重に道具を生み出して行く。
これらを使って金属加工や部品製造が可能にもなった。
エルフの職人たちが新しい技術に興味を示し、積極的に学習していた。
「これを見ろ。手作業では不可能だった部品も作れるぞ!」
エルフの職人たちが驚嘆する。
製造業が急速に発展し、生活必需品の大量生産が可能になった。
魔法に頼らない文明の基盤が着実に構築されていく。
しかし、世界消失は衰える事はなかった。
むしろ、別の深刻な問題が発生していた。
***
「モンスターが異常に強くなっています!」
エルフの戦士が血相を変えて報告に来る。
都市周辺のモンスターが、太刀打ちできないほどの強さに急成長している。
その成長速度は異様で、数日で倍以上の強さになることもあった。
「まるで世界の理が変化しているかのようです!この様な事はここ数百年、いえ、千年以上起きてはいません!」
防衛が困難になり、市民に不安が広がっていた。
科学技術だけではモンスターに対抗できない現実に直面している。
「魔法を使わずに戦うには限界があります」
そんな声も上がってきた。
加奈も頭を抱える深刻な事態に発展していた。
この危機に対抗すべく、人族の冒険者の力を借りることを決定した。
冒険者をソラリオンに招致し、スキルと職業に関する共同研究プロジェクトが立ち上がった。
人族の多様な職業とスキルを詳細に研究していく。
戦士、武道家、魔法使い、僧侶、そして希少な職業まで。
それぞれの能力の発現原理と、スキルの獲得条件を調査した。
魔力の流れと職業特性の関係性についても深く分析する。
冒険者たちも研究に協力的で、貴重なデータが次々と蓄積されていく。
その研究から驚くべき副産物が次々と発表されることになった。
それはエルフ族の未来、ひいては世界の希望となる内容だった。
しかし研究は禁忌の領域にまで達する。
最も重要な発見は「魂の利用」。
職業やスキルの本質が魂に刻まれた情報であることが判明した。
この魂情報を操作することで、理論上はエルフにも職業付与が可能になる。
「果たして、そこまでしていいのでしょうか?」
加奈が危惧する。
「DNAを上書きのようなものです。精神や生命にまで、変化をもたらしても不思議ではありません」
しかし世界の状況を考えると、研究を止めるわけにはいかなかった。
***
ある日、加奈がオルミレイアス王から緊急に呼び出された。
謁見の間にはシューデュディとセレシュルムも既に待機している。
そして見慣れない壮年のエルフが一人。
その男性はどこか王の面影があり、威厳に満ちた雰囲気を持っている。
「紹介しよう。我が弟、ルナーク王国国王エルミュレイナス・ガリムデュスだ」
エルミュレイナスが深々と頭を下げる。
「お初にお目にかかります、サクラ殿」
加奈が驚いて問いかける。
「ルナークの王様ですか?私に何か御用でしょうか?」
兄弟王が揃って同席する異例の事態に、緊張が走った。
オルミレイアス王が重い表情で告白する。
「未来がさらに揺らいでいる。破滅と安寧が同じ道の上に存在しているのだ」
予言を語る王の声は沈んでいた。
「安寧を求めるならば、破滅の道を進まなければならない」
「申し訳ありません。意味が分からないのです。何か具体的な事は分からないのでしょうか?」
加奈が困惑を示す。
王が続ける。
「おぼろげな……霧の向こうに見える景色のようなものだ。はっきりとは分からぬ、世界は今、正しい方向に進んでいる。しかしその正しき道こそが終わりを意味している」
加奈が巨大スクリーンに、大穴の現在の映像を映し出した。
大穴はもはや大きすぎて穴には見えない。
光さえも分解し、まさに『闇』と呼ぶにふさわしい姿だった。
その闇が徐々に拡大し続けている恐怖の光景。
「データは送られて来ていましたが、これほどまで……」
加奈が言葉を失う。
セレシュルムが怯えて兄の袖を掴んだ。
「この闇がいずれ世界を呑み込んでいく」
絶望的な未来予想に一同が青ざめる。
エルミュレイナス王が説明を始めた。
「私にも兄と同じ力があります。兄程は力が強くはありませんが。それでも同じ物が見えます。このままでは……」
「未来を変えるための力が欲しいのです。その為の助力をいただきたい」
加奈に深々と頭を下げる。
加奈の研究内容は全て王に報告されており、その危険性も承知していた。
それを全て理解した上で、エルミュレイナスが発言する。
「職業の上書き技術。エルフでさえも職業を持つことができる可能性。この世界の神の理を超越する行為。これこそが未来を照らす鍵となるでしょう」
「理論上は可能でも、実験するわけにはいきません」
加奈が躊躇する。
「何が起きるか……命の保証もありません。しかも確実に犠牲者が出ます!」
オルミレイアス王が厳かに告げる。
「ここで、この運命を選ばなければ、この世界も、異世界も終焉を迎えるであろう。これはエルミュレイナスも同じ未来を視ている」
その言葉に加奈が激しいショックを受けた。
「は、遥斗の命が危険なんですか?」
震え声で確認する。
王が強く頷く。
「そうだ」
断言する王の言葉に、加奈の心に息子への愛が燃え上がった。
「それだけは……それだけは絶対に許せません」
拳を握り締める加奈。
遂に加奈が王の願いを了承し、禁忌の実験への道を歩み始めることとなった。
世界を救うため。
そして、愛する息子を守るため。
神の領域に足を踏み入れる。




