334話 鏡
エーデルガッシュの質問に対し、ハルカが静かに反応を示した。
見えない瞳を会議室の参加者たちに向け、ゆっくりと頷く。
「それでは、まずはこちらからお見せしましょう」
ハルカが懐から美しい鏡を取り出す。
その鏡は精巧な装飾が施された古代の遺物のような外観で、縁には見たことのない文字が刻まれていた。
鏡の表面に突然光が走る。
まるで水面に波紋が広がるように、光の輪が拡散していく。
そして映像が浮かび上がり始めた。
会議中の様子を上から見下ろした映像が、鏡の中に鮮明に映し出されている。
参加者たちが円形のテーブルを囲んで座る光景が、まるで鳥の視点から撮影されたかのように映っていた。
「これは……」
参加者たちが驚愕の表情を見せる。
皆がマジマジと鏡の中の自分たちの姿を見つめた。
しかし、遥斗とルシウスだけは天井を見上げる。
興味深いことに、鏡の中の遥斗とルシウスも、鏡の中からこちらを見上げていた。
まるで視線が交差しているかのように。
遥斗が直感的に理解する。
「これカメラ映像だ」
しかも、どうやらリアルタイムの映像らしい。
鏡の映像が滑らかに動き、視点がゆっくりと変化していく。
「自分が空を飛んでるみたい……」
エレナが呟く。
「遠見の魔法か!我々は見られていたというのか!」
ブリードが警戒心を露わにする。
武人として、全く気付かず監視されていたことに屈辱を感じていた。
「ああ、その通りだ」
アマテラスが薄笑いを浮かべる。
「どうやってこの魔法を……?」
イザベラが緊張した表情を見せた。
いついかなる場所をも映し出せるのであれば、機密も何もあったものではない。
ハルカが両手を前に差し出す。
鏡の映像がハルカの手の中にズームインしていく。
最初は何もないように見えるその手の上。
しかし、よく見ると、かすかに何かの存在を感じる。
空気が微かに歪んでいるような、そんな違和感。
だんだんとその姿が浮き出してきた。
それは手の平に乗るほどの虫のような小さな生物だった。
透明な羽を持ち、宙に浮いている。
「使い魔?しかも不可視化の魔法を使っているのか」
ルシウスが分析する。
「まるで生きている監視カメラだ。しかもドローンみたいに空中を移動できるなんて……」
遥斗が感心する。
自分の世界の科学技術に全く引けを取らない。
いや、それどころか遥かに高性能だ。
「これはヤタノカガミです」
ハルカが鏡の名前を明かす。
「そしてミズチ——空飛ぶ透明な虫で、この子たちが見た姿を映すことができます」
「これは私の精神とも繋がっています」
その言葉で全てが明らかになった。
目の見えないハルカが、ミズチを通して世界を見ていたのだ。
ヤタノカガミは、それを他の者にも見せるアイテムだった。
「なるほどな。それで全てが筒抜けだったのか」
マーガスが納得したように呟く。
「恐るべき能力だ」
エーデルガッシュが戦慄する。
遥斗がアイテム鑑定のスキルを使い、驚く。
「このミズチって、生物じゃなくてアイテムだ」
確かに、鑑定結果では人工的に作られたアーティファクトだと示されていた。
「これはお母様が創ってくださいました」
ハルカが静かに告白する。
「クサナギもそうだ」
アマテラスが付け加えた。
その言葉に反応し、ルシウスが疑問を投げかける。
「確か30年前にはその剣を持っていたはずだが?ハルカもいたよね?」
全員の視線が遥斗に集中する。
年齢の矛盾に気づいたのだ。
「えっ?僕16歳だけど……」
遥斗が困惑する。
ハルカが遥斗を「お兄様」と呼んでいるのに、年齢が合わない。
「遥斗の母親、いやハルカの母親は生きているのか?何処にいる?」
マーガスが核心的な質問をする。
参加者全員が、ハルカに話を逸らされているような感覚を共有していた。
重要な事実が曖昧にされている。
「どうぞ、こちらをご覧ください」
ハルカが鏡の映像を切り替える。
そこは真っ黒な映像で、何も映っていないように見えた。
「ここは『闇』の中か!」
エーデルガッシュがゴッドアイで状況を把握する。
よく見ると、無数の魔物が蠢いているのが分かる。
そして何もない空間に、足場のようなものが存在していた。
映像がその足場に近寄っていく。
足場は魔物の死骸が積み重なって出来たものだった。
おびただしい数の骨と腐肉が、山のように積まれ地面を形成している。
「これは……」
参加者たちが息を呑む。
足場の近くに、気味の悪い形の樹が立っていた。
映像が引いて全体を映すと、ヴォイドイーターと比較して、とんでもない大きさであることが分かる。
高さは優に1000メートルを超えているだろう。
その樹が醜悪な実をつけているのが見えた。
腐っているのか、実は地面に落ちると、中からドロリと黒い液体が流れ出す。
そして液体は形を成し、魔物へと変化していった。
これは闇の中で魔物を生み出す樹なのだ。
その吐き気を催すような映像に、エレナが真っ青になる。
「これが先ほどの質問に、どうつながるのか?」
ブリードが困惑しながら問う。
確かに恐ろしい光景だが、何を伝えたいのか分からない。
ハルカが静かに、しかし強い声で答える。
「お母様です」
その一言が会議室に重い沈黙をもたらした。
全員が言葉を失い、衝撃的な事実を呑み込もうと必死になる。
少女は、あの醜悪な樹を母だと答える。
その意図を誰も理解出来ずにいた。




