333話 約束の会談
一行がダンジョンの最下層に戻ってきた。
石造りの壁に刻まれた古代文字が、エーテルライトの淡い光に照らされて浮かび上がる。
この地下深くに築かれた巨大な要塞は、まさに異世界の技術力の結晶だった。
負傷した教団員たちは、慌ただしく治療室へと運ばれていく。
血に染まった彼らの姿を見て、遥斗は複雑な表情でその光景を見つめていた。
つい先ほどまで敵対していた相手。
しかし今は、同じ世界に生きるものとして、同族感情が沸き上がってしまう。
「こちらにどうぞ」
ツクヨミが優雅な仕草で一行を客間に案内し始める。
その美しい立ち振る舞いは、まさに女神そのものだ。
「やっぱり、ここは思った以上に広いな」
マーガスが呟く。
天然のダンジョンを改造したとは思えないほど、整然とした構造になっている。
最下層の奥へ向かう途中、遥斗たちは数々の実験室を通過してきた。
透明なガラスの器に浮かぶ人やエルフの姿。
機械的な魔道具が無数に取り付けられた不気味な装置。
アイテムと生物が明確に判別できない被験体たち。
その光景は、誰の心にも深い傷を残していた。
「さっきのは……酷すぎる」
エレナが顔を青くして呟く。
錬金術を学ぶ者として、あまりにも惨い実験の数々に嫌悪感を隠せずにいた。
「師匠……ごわ”い”っず」
シエルは遥斗の袖を掴んで放さない。
小さな体が小刻みに震えている。
「人体実験とは……許しがたい。ここに臣民が送り込まれていたというのか……」
ブリードが憤慨の声を上げる。
帝国武人としての誇りが、そのような行為を断じて許せなかった。
「あれでは拷問と変わらない。そこまでする必要はあるの?」
イザベラも嫌悪感を露わにする。
騎士として、弱者を守ることを誓った彼女には耐え難い光景だっただろう。
多くの者が精神的に疲弊し、足取りが重くなっていく。
ルシウスは複雑な表情で実験室を振り返る。
「かつて私も様々な研究に関わっていたが……こんなに非人道的な行いはしていなかったはずだが」
記憶を辿り、自分が行っていた研究の内容を思い返していた。
果たして、自分が何も知らなかっただけなのだろうか。
それとも、数十年の間に変わってしまったのだろうか。
前を歩くツクヨミは、以前のまま何も変わらないというのに。
ようやく通路を抜け、居住区域に到着する。
「どうぞ、こちらでお休みください。準備が整い次第案内の者が参ります」
ツクヨミが巨大な一室に案内してくれた。
まるで迎賓館のような豪華な内装に、一同は目を見張る。
教団員が恭しく飲み物や軽食を用意してくれる。
しかし、先ほど見た光景が頭に焼き付いて、誰も食欲を感じられずにいた。
皆が疲れた表情で椅子に腰を下ろす。
遥斗はフェイトイーターを眺めながら考え込んでいた。
フェイトシェイバーにも意思を感じる時があった。
もしかすると、誰かの魂が込められていたのかもしれない。
金色に輝くアーティファクトに思いを馳せる。
エレナが遥斗の隣に座る。
「あんな人達と会談を開くなんて大丈夫かしら?」
心配そうな声に、遥斗は振り返る。
「そうだね。理由があるんだとは思う。けど……」
「ま、あんな実験室見せられたら、どんな理由があるにせよ、まともには思えないっち」
グランディスが愚痴るように言う。
自分の父親が実験体にされていれば、誰だってそう思う。
グランディスも、彼なりに我慢を重ねていた。
エーデルガッシュが目を伏せながら答える。
「どの様な組織とて、他者には見せられぬ暗部はある。帝国や王国とて例外ではない。要はその目的なのだ」
その言葉に、遥斗は異世界の価値観を改めて実感した。
人権という概念の希薄さ。
この世界では、目的のためならある程度の犠牲は仕方ないと考えられているのかもしれない。
人の為に国があるのではなく、国の為に人があるのだ。
30分ほどの休憩後、遥斗たちは会議室のような場所に案内された。
大きな円形のテーブルが置かれた部屋で、壁には古代エルフ語が刻まれている。
帝国を代表してエーデルガッシュとブリードが着席する。
王国を代表してルシウスとイザベラが右に並び、冒険者を代表してマーガス、遥斗、エレナが左に座った。
クロノス教団代表として、アマテラス、ツクヨミ、ハルカが正面に座る。
他のメンバーは先ほどの部屋で待機することになった。
「面倒な話し合いはパス!寝る!」
アリアは部屋から出てこようともしない。
ガルスたちシルバーファングも「よろしくー」と手を振って、アリアと行動を共にする。
冒険者は政治的な話には興味がないのだ。
グランディスとシエルも「頑張ってー」と遥斗たちを励まして待機していた。
代表者のみが出席し、会議室には厳粛な雰囲気が漂う。
エレナがマーガスに意地悪く耳打ちする。
「あら?あなたは向こうの席じゃないの?」
嫌味に屈することなく、マーガスがふんぞり返って答える。
「マテリアルシーカーのリーダーである俺様がいなくては話にならんだろう!がはは!」
散々迷惑をかけたのに尊大な態度のマーガスに、エレナが呆れた表情を見せた。
「シルバーファングは参加しなくても良かったのかな?S級冒険者の意見は貴重だと思うんだけど」
遥斗が疑問を口にする。
「ふふっアリアは話し合いの場が苦手だからね。もう寝てるよ。寝る子は育つってね」
ルシウスが笑いしながら答えた。
一同が苦笑いし、少し緊張が緩む。
アマテラスが咳払いを一つし、表情を引き締める。
「それでは約束通り会談を始めさせてもらう」
その宣言と共に、室内に緊張感が戻った。
全員が背筋を伸ばし、これから始まる重要な話し合いに備える。
遥斗は母のことを思いながら、真剣な表情で前を見つめていた。
ここで明かされる真実が、自分の人生を大きく変えることになるかもしれない。
エーデルガッシュが先んじて発言する。
「我々は、教団と事を構えたいわけではない」
「この世界の未来について何とかできるならしたいと思っている」
少し間を置いて、語調を厳しくする。
「しかし人の臣民の命を踏みにじる行為は許しがたい」
その言葉には、帝国皇帝としての重責が込められていた。
「教団は何を考え、何をしているのか教えてくれ」
アマテラスが静かにエーデルガッシュを見つめ返す。
会議室に重い沈黙が流れる。
運命的な会談が、今まさに始まった。




