33話 金色の鷲魔宝具店
夕暮れ時の街並みを抜けると、突如として豪華絢爛な建物が目の前に現れた。白亜の外壁に金箔で装飾された窓枠、そして入り口には深紅のベルベットのカーテンが優雅に揺れている。看板には「金色の鷲魔宝具店」と金文字で刻まれていた。
遥斗は息を呑んだ。「すごい...これが本当にアイテム屋?」
「さすがね。エステリアさんの紹介だけあって」
「でも、どうしてこんな豪華な店を紹介してくれたんだろう?」
トムは首を傾げながら言った。
遥斗は思い出したように説明を始めた。
「図書館で王国のアイテム屋が載っているいる本を探していたら、エステリアさんが教えてくれたんだ」
彼は昨日の出来事を思い出しながら続けた。
「今アイテムが市場に出回っていなくて困っている。だから、王国のアイテム屋を順番にまわるつもりだって伝えたんだ。そしたらエステリアさんは最初、困ったような顔をしていて。でも、急に表情が明るくなって」
エレナが頷きながら付け加えた。「そうよ。『もしかしたら、兄の店なら見つかるかもしれません』ってね。でも、『普通のお客様には特別なアイテムは見せないと思いますが...』とも言っていたわね」
遥斗が思い出したように言った。
「ああ、そうだ。エステリアさんは『私の名前を出してください』って言ってたよね」
3人は深呼吸をして、重厚な扉に手をかけた。
店内に一歩踏み入れると、その豪華さに再び息を呑む。天井まで届く棚には美しく磨き上げられた魔法道具が並び、床には高級な絨毯が敷き詰められている。空中には小さな光の玉が浮かび、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
しかし、よく見ると陳列されているアイテムは一般に流通しているものばかりで、数も予想以上に少ない。
遥斗が首を傾げていると、優雅な身なりの女性店員が近づいてきた。彼女の長い金髪は美しく編み込まれ、深緑の制服はまるで貴族のドレスのように優雅だった。
「いらっしゃいませ。ご用件は何でしょうか?」彼女の声は柔らかく、しかし威厳に満ちていた。
エレナが前に出て、丁寧に答えた。
「エルトロス様にお会いしたいのですが」
女性店員の表情が僅かに曇る。
「申し訳ございませんが、エルトロス様は貴族の身分でいらっしゃいます。ご紹介のない方とのお取り次ぎは...」
遥斗が慌てて言った。
「あ、エステリアさんから紹介されたんです!」
「エステリア様からですか」
女性店員の眉が少し上がった。
「失礼ですが、お名前をお聞かせいただけますでしょうか?」
「はい、佐倉 遥斗といいます。こちらがエレナ・ファーンウッドさんとトム・スミスです」
遥斗が答える。
「ファーンウッド様...ですか?」
女性店員は一瞬考え込むような表情を見せた後、微笑んだ。
「分かりました。では、一度お繋ぎしてみましょう。少々お待ちください」
彼女が去った後、3人は小声で話し合った。
「やっぱりエレナの家はすごいんだね、店員さんも知っているみたいだった」遥斗がエレナを改めて見ながら感心する。
「別に私が偉いわけじゃないんだけど」エレナが小さく溜息をつく。
「そんな事ないよ。やっぱりエレナは凄いよ!こんなすごいお店にまで知られちゃってるんだから」トムが興奮しながら言った。
しばらくして、女性店員が戻ってきた。
「お待たせいたしました。エルトロス様がお会いくださるそうです。こちらへどうぞ」
3人は豪華な客間に案内された。壁には名だたる画家の絵画が飾られ、テーブルの上には美しい花瓶が置かれている。
程なくして、ドアが開き、威厳のある男性が入ってきた。銀色の長髪を後ろで束ね、白の上質な服を身にまとっている。
「やあ、君たちがエステリアの紹介を受けた方々かね」エルトロスの声は低く、落ち着いている。
遥斗たちは慌てて立ち上がり、お辞儀をした。
「は、はい!お会いできて光栄です」遥斗の声は少し震えている。
エルトロスは、優雅な立ち振る舞いと表情で3人を見つめた。
その深緑の瞳は知性に満ち、薄く微笑む唇からは洗練された雰囲気が漂う。銀色の長髪は、まるで月光を帯びたかのように輝いていた。
「ようこそいらっしゃいました、金色の鷲へ」
彼はエレナに視線を向けた。「そういえば、エレナ嬢。お父上は息災でしょうか?」
エレナは一瞬で貴族の令嬢としての立ち振る舞いに変わった。
背筋を伸ばし、優雅に微笑みながら答える。
「はい、父は元気にしております。ご配慮ありがとうございます、エルトロス様」
遥斗とトムは、突然の変貌を遂げたエレナに驚きの表情を浮かべた。
エレナは少し首を傾げ、「エルトロス様は父とご面識が?」と尋ねた。
エルトロスは軽く笑った。
「ああ、このような上級魔法道具店を営んでいれば、エレナ嬢のお父上を知らない者はいないよ」
エレナは納得した様子で頷いた。
エルトロスは再び3人全員に視線を向けた。
「さて、君たちのご用件は?」
遥斗が前に出て、少し緊張した様子で答えた。
「実は、僕達珍しいアイテムについて調べているんです」
エルトロスは少し言葉を濁すように「ああ...」と言いかけた後、
「残念ながら、今はほとんどすべてのレアアイテムが王国軍に買い上げられてしまったんだ」と続けた。
「え?」3人は驚いた様子で顔を見合わせた。
トムが「一体何が起きているんでしょうか?」と尋ねた。
エルトロスは驚いたような表情を浮かべた。
「おや?君たちは知らなかったのかい?買い占めを行っているのは、エレナ嬢のお父上なんだよ」
「え!?」今度はエレナが驚きの声を上げた。
「父が...?私には何も聞いていません...」
場の空気が少し重くなったのを感じ、遥斗は話題を変えようとする。
「あの、エステリアさんのことですが、いつも図書館でお世話になっています」と言った。
「おお!エステリアか!あの子のことか!」
エルトロスの表情が一変し、目を輝かせた。
「エステリアは幼い頃から本が大好きでね。司書になる夢を追いかけて家を出て行ってしまって...本当に心配だったんだ。でも、あの子は本当に優秀でね。小さい頃から...」と彼は急に饒舌になり、延々とエステリアの話を始めた。
3人は徐々に困惑の表情を浮かべ始めた。エルトロスの話は止まる気配がなく、明らかに異常な妹への執着を持っている様子が伝わってきた。
「あの、そろそろお暇させていただこうと思います」
エレナが辟易しながら伝えた。
エルトロスは我に返ったように咳払いをし、「ああ、そうだな。すまない、つい話が長くなってしまった」と謝罪した。
「君たち3人は今後、顔パスで構わない。エステリアの友人だからね」と約束してくれたのだった。




