328話 運命の再会
教団の陣形が左右に分かれ、重厚な鎧の音が戦場に響く中、兵士たちが畏敬の念を込めて道を作る。
その光景は、まるで神の降臨を目の当たりにしたかのような荘厳さに満ちていた。
現れたのは一人の少女。
盲目のハーフエルフ、ハルカ。
彼女の姿が戦場に現れた瞬間、教団側から波のように声が上がった。
「メシアだ」
「メシア様がいらしたぞ」
「ああ、メシアが……」
兵士たちが次々と跪き始める。
血の匂いに満ちた殺伐とした戦場が、突如として礼拝堂のような神聖さを帯びる。
ハルカがゆっくりと遥斗のいる中央に向かって歩き始めた。
その足取りは驚くほど確実で、盲目とは思えないほど迷いがない。
光を失っているにも関わらず、まるで全てを見通しているかのような振る舞いだ。
光が彼女の黒色の髪を照らし、まるで小さな女神が歩いているかのような幻想的な光景を作り出している。
教団員たちが道を作りながら、深い畏敬の念を込めてハルカを見つめ続けた。
「止まるんだ……ここは危ない」
マーガスが心配そうに語りかけるが、ハルカは一瞥もしない。
躊躇なく歩み続ける。
「ハルカ……」
マーガスが伸ばした手は虚しく空を切った。
一方、帝国側は突然の少女の出現に完全に混乱状態に陥った。
「あの子は誰なんだ?」
「子供がこんなところに?」
「……何が起きている?」
困惑が戦場に広がる。
ルシウスは彼女に面識があった。
しかし自分の知っているメシアとは全く違う雰囲気を察知し、警戒を強めていた。
「なんかあの子……不自然っす。年齢が分かんないっす」
シエルが不安そうにハルカを見る。
自分と同じような背格好なので、何か感じるものがあるようだ。
エーデルガッシュは皆の疑問に答える形で、重い口を開く。
「あの少女は……クロノス教団教祖、メシアと呼ばれる存在だ」
皇帝の説明に、帝国側に戦慄が走る。
「教祖?メシア?あんな小さな子供が?」
「信じられんが……」
戦場が戸惑いと不安に包まれる中、アマテラスが思わず呟いていた。
「ハルカ……」
その声は、これまで見せたことのない優しさに満ちている。
しかし、次の瞬間、我に返って大声で叫ぶ。
「来るんじゃない!」
その声は周囲に響き渡り、太陽神にあるまじき必死さが滲む。
血まみれで立っているのがやっとの状態でありながらも、少女を守ろうとする意志だけは揺るがない。
「ツクヨミ!ハルカを連れて行け!ここは危険すぎる!」
アマテラスの命を受け、ツクヨミが動揺しながらハルカに近づこうとする。
だが——
ハルカから放たれるオーラに気圧され、足が止まってしまった。
月の女神でさえ近づくことを躊躇わせる、圧倒的な存在感。
それは強さとは全く別の物。
「この子……何があったの?」
ツクヨミが戸惑いを隠せずに呟く。
やがて、ハルカが遥斗の前に立ち止まった。
見えない瞳で、遥斗を見据える少女。
その視線は、魂の奥底まで見透かしているかのような鋭さを持っていた。
盲目でありながら、言いようのない神秘的な輝きを纏っている。
戦場に流れる重い空気の中、遥斗が先に口を開いた。
「どうしたのかな。君の出番はここじゃないと思うんだけど?」
優しく声をかける。
しかし、その瞳は漆黒に染まっており、普段の温和さとは正反対の冷たさを湛えていた。
感情というフィルターを取り払った、純粋な理性だけの状態。
「それがあなたの奥底に眠っていたものですね」
ハルカが真っすぐその瞳を見据えながら言う。
目は見えていなくても、心の眼で遥斗を完全に捉えていた。
その瞬間、ハルカから憎悪と嫌悪が溢れ出した。
といっても、それは幼い少女が放つ程度の感情。
アマテラスのように他者に畏怖させる力などない。
しかし、その純粋さゆえに、かえって周囲を困惑させる。
皆が息を呑む。
「もしかして次は君がやるの?ちょっと無理だと思うけど」
遥斗が軽口をたたく。
それを聞いて、アマテラスが慌てて割って入る。
「この子は関係ない!私が相手だ!私と戦え!」
血まみれの身体を引きずりながらも少女を守ろうとする姿には、これまで見せたことのない人間らしさがあった。
しかし、ハルカが静かに、しかし明確に言い放った。
「いいえ、終わりです、”お父様”」
その一言で、戦場全体が静寂に包まれた。
まるで時間そのものが停止したかのような、絶対的な静寂。
ハルカがアマテラスの娘である——その衝撃的な事実が明らかになった。
クロノス教団側にも動揺が走る。
「メシアが……アマテラス様の……娘?そんな……」
信じがたい言葉に、教団員たちの間にざわめきが起こった。
しかし遥斗だけは、驚きを見せない。
その可能性も十分に考慮していたからだ。
「結局そのアマテラスさん……だっけ?その人が教団のトップって事だよね。じゃあ責任を取らないと終われないと思うけど」
冷静に判断する遥斗。
機械的な思考が、完全に感情を排除している。
「止めてください、お兄様……全てはあなたの為にこうなってしまったのですから」
遥斗に向かって放たれたその言葉に、空気が一層凍りついた。
お兄様——その単語が持つ意味が周囲の理解を超え始める。
「は?お兄様?僕のせい?」
遥斗の声に、初めて動揺が現れた。
深淵の冷徹さが音を立てて崩れ始める。
「何を言ってるの?」
遥斗の思考が激しく揺らぎ始めた。
これまで完璧に制御していた感情のバランスが、一瞬で崩壊していく。
脳が全力で回転し、絶対に認めたくない推論を構築してしまう。
頭痛、吐き気、眩暈。
あらゆる不快感が遥斗を襲う。
封じ込めていた感情の檻が、音を立てて軋み始めた。
(まさか……そんなはずは……でも……でも……いくら何でも……あり得るの?)
その言葉だけは聞きたくない、と心が拒絶する。
ハルカが静かに、しかし凛とした声で最後の告白を始める。
真相が彼女の顔を照らし、神々しくも悲しげな表情を浮かび上がらせていた。
「私の名は遥香。シューテュディ・ガリムデュスと佐倉加奈の娘です」
——佐倉加奈。
——その名前を聞いた瞬間。
——遥斗の意識は完全にブラックアウトした。




