326話 太陽神の黄昏
ヒイロガネのガントレットがシュトルムバッハーを握り締める音が、静寂に包まれた戦場に響いた。
アマテラスの金色の瞳が、憎悪と怒りで血走っている。
「どこから……貴様の思い通りだ……どこまでが貴様の……答えろぉ!」
震える声で遥斗を睨みつけるアマテラス。
その表情には、もはや冷静さの欠片も残っていない。
太陽神としての威厳は完全に失われ、そこにいるのは追い詰められた一匹の獣でしかなかった。
教団員たちがアマテラスから視線を逸らしている。
明らかに求心力を失っているのた。
マーガスの反逆により、教団の結束が音を立てて崩れ始める。
長年をかけて築き上げてきた組織が、一人の少年によって瓦解していく現実。
勝っても負けても教団は崩壊する運命にあることを、アマテラスも理解してしまった。
帝国側の意思を挫いて、教団側に取り込もうとした計画が水泡に帰した。
それどころか、自分たちの崩壊に繋がってしまった皮肉な結末に、彼の心は蝕まれていく。
(あんな異世界人に関わったばかりに……)
アマテラスの内心に、深い後悔が渦巻いていた。
「もはや取り返しはつかぬ!それでも……それでも貴様だけは……生かしては返さん!」
最後の死力を振り絞り、アマテラスがクサナギを振りかざして駆ける。
黄金の刃が光を反射し、一陣の風となって遥斗に迫った。
しかし——
ガキィィン!
遥斗が片手の剣で、その攻撃を難なく弾き返す。
まるで子供の遊戯を相手にするかのような、圧倒的な余裕。
あまりの力の差に、アマテラスが戦慄する。
「な、なんという……」
弾かれた勢いを利用して距離を取ろうとするが、それも一瞬で距離を詰められた。
速さも桁違い。
もはやアマテラスでも、遥斗の姿を追い切れない。
遥斗の片腕での斬撃が、アマテラスの両手の斬撃と完全に等しい威力を持っていた。
その事実が、彼のプライドを根底から打ち砕く。
エレナたちも固唾を飲んで見守る。
いや、もはや見る事すら叶わず、神に祈りを捧げるのみ。
「これが遥斗の本当の力……なのか」
エーデルガッシュが驚嘆の声を上げた。
「おいおい、マジもんの化け物じゃねーかよ!やっちまえー!」
アリアがはしゃぎながら、遥斗の活躍を讃える。
帝国側陣営に希望の光が満ちていく。
遥斗はマーガスも加えて、6つの職業を同時保有している状態だった。
さらにシュトルムバッハー、サンクチュアリ、ヒイロガネの3つの装備効果が重複し、相乗効果で能力が天井知らずに上昇していく。
マーガスを利用したつもりが、逆に遥斗に利用されている。
結果——全てが遥斗に有利に働く完璧な状況が出来上がっていた。
絶望の淵に立たされたアマテラスが、ついに最後の手段に出る。
「もういい!……全てを白紙に戻してくれるわ!」
激昂したアマテラスが、胸元の「アマテラスの護符」に手を当て、祈りを捧げ始めた。
最後の「スサノオ」を発動するために。
遥斗を目では追い切れないため、周囲にランダムで攻撃を加えるつもりだった。
敵も味方も関係ない、教団を立て直すためにリセットしようと考えていた。
狂気に取り憑かれたアマテラスの表情を見て、教団員たちが恐怖に震える。
「アマテラス様……何をなさるおつもりですか?」
「お止めください、アマテラス様」
不安の声が上がる。
「こんなの……もはやただの殺戮だ」
アマテラスの殺気が自分達にも向いているのを感じ、マーガスが呟いた。
クロノス教団の理念すら放棄した暴走状態。
それがアマテラスの現在の姿。
その時、ツクヨミが遥斗に叫ぶ。
「懐よ!アマテラスの懐に護符がある!それを奪わないと大変なことになるわ!」
「なっ……」
妹にすら裏切られたアマテラスは、もはや未練も何もない状態だった。
命尽きるまでスサノオの無限斬撃を放とうと決意を固める。
「もう誰も信じない……終わらせてやる……」
アマテラスが呟く声は、もはや正気のものではなかった。
「兄さん……あなたは間違ってる!」
ツクヨミが涙を流しながら非難する。
その瞬間、遥斗が行動を起こした。
「アルケミック!」
ヒイロガネのガントレットが瞬時に変形し、極細のワイヤーへと姿を変える。
その動きは流水のように滑らかで、アマテラスがそれに気づいた時には遅かった。
ワイヤーがアマテラスの懐に侵入し、「護符」を狙う。
慌ててワイヤーを切断しようとクサナギを振るうが、一瞬早く遥斗のヒイロガネが「アマテラスの護符」を奪い去った。
「うああああああ!きさまぁああああーーーー!!」
アマテラスの絶叫が戦場を震わせる。
裏切ったツクヨミに向かって走り出すアマテラス。
しかし、ルシウスが立ちはだかる。
だが、凶刃がルシウスに届くことはなかった。
遥斗がアマテラスの前に立ちはだかり、一瞬で無数の斬撃を叩きこむ。
シュトルムバッハーとサンクチュアリの二刀が描く軌跡は、神の息吹のようだった。
アマテラスの全身から血が噴き出し、黄金の髪が赤く染まっていく。
太陽神の体が崩れ落ち、地面に倒れた。
戦場に静寂が訪れる。
最強のエルフ、いや最強の戦士として君臨してきた太陽神アマテラス。
それがたった一人の少年の手によって、ついに大地に伏したのだった。




