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【アニメーションMV有】最弱アイテム士は世界を科学する〜最弱の職業と呼ばれ誰にも期待されなかったけれど、気づけば現代知識で異世界の常識を変え無双していました〜  作者: 東雲 寛則
第5章 クロノス教団編

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323話 冷血な観測

 鮮血が弧を描いて宙を舞い、遥斗の右腕が重力に従って地面へと落下していく。

 肘から先を失った右腕からは、まるで噴水のように血が吹き出し、戦場の土を深紅に染め上げていった。


 漂う鉄の匂いと、観戦者たちの悲鳴。


 だが遥斗には、それらすべてが遠い世界の出来事のように感じられる。

 痛覚すら遮断されているのか。

 冷徹な瞳で、アマテラスの一挙手一投足を観察している。


 彼はクサナギを振り終わった後、その構えのまま微動だにしない。

 追撃の気配も、魔法の予兆も感じられない。

 時が止まったような、奇妙な静寂。


(へー、てっきり次があると思ったけど……ないんだ)

 血の匂いが鼻腔を刺激する中、遥斗の思考は機械のように正確に動き続けていた。


 アマテラスは斬撃を飛ばしたわけでも、瞬間移動したわけでもない。

 ただ、そこで剣を振るっただけ。


(僕も……攻撃を見て、避けたわけじゃないんだよね)

 

 遥斗が自分の行動を冷静に振り返る。


 嫌な予感——それは戦闘勘ではなく、推論の積み重ね。

 戦闘経験からくる危機察知能力。

 咄嗟にしゃがんだことで首が飛ぶ事は防げたが、掲げた右腕までは回避しきれなかった。


 もし、あの瞬間、しゃがんでいなければ——

 腕の代わりに首が宙を舞っていただろう。


(おそらく剣の特殊能力……空間を切り裂く絶対斬撃とでも言うべきかな)

(でも攻撃後に追撃はできない。相当な制約がある?)


 赤い血だまりが足元に広がっていくが、遥斗の分析は続く。


 アマテラスも遥斗の攻撃でダメージを負っているが、左肩の浅い切り傷程度。

 対して遥斗は右腕を完全に失った。


(腕がなくなったことよりも、シュトルムバッハーとデスイーターを失ったことの方が痛いなぁ)


 能力値の大幅な低下。

 理外の刃への対抗策の喪失。

 客観的に見れば絶望的な状況だが、遥斗の思考に乱れはない。


 チラリと視線を向けた先では、帝国陣営が青ざめた表情で戦況を見守っている。

 逆にクロノス陣営は、勝利を確信したような安堵の表情を浮かべていた。


(勝機はある……後はどうつなげるか……)


 ここまでの複雑な思考が、遥斗の右腕が地面に落ちるまでの僅か数秒で完了していた。

 感情という雑音を排除した、純粋な思考の塊。

 それは人の限界を超えた論理構築を可能にしていた。


 腕から血が滴り落ち、ピチャン、ピチャンと戦場に不気味な音を立てる。


 その光景を目の当たりにしたシエルが、顔の色を失い震えていた。

「師匠の腕が……師匠の腕がっ……」


 声にならない悲鳴を上げ、小さな体がふらりと傾く。

 そのまま糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


「シエルちゃん!しっかり!」

 グランディスが慌てて駆け寄り、失神した少女を支える。


「遥斗くん!!」

 エレナの絶叫が響く。

 必死に駆け出そうとする彼女を、アリアが懸命に押し留めていた。


「止めろ!お前が行っても邪魔になるだけだ!遥斗が不利になる!分かんねーのか!」

「そんな!」

「あいつはまだ負けてねーよ、こんなもんで負けるはずねー!!」

「アリアさん……」

 アリアの声は勇ましかったが、その表情にはエレナと同じ苦悶が浮かぶ。

 駆け出したいのは彼女も同じだった。


「……まずいな。ポーションで回復する隙が無い。そんな悠長な事をしていれば、瞬きする間に絶命してしまう」

 雷神と呼ばれるブリードでさえ、顔面が蒼白になっている。

 彼の目から見ても、この戦況を覆すのは絶望的としか言いようがなかった。


「遥斗……」

 エーデルガッシュが小さく名前を呟いた。

 拳を強く握り締め、爪が手のひらに食い込んでいる。


 観戦者全員が敗北の予感に支配される中、当の本人だけは淡々と次の手を模索していた。


 遥斗が左手でサンクチュアリを構え直す。

 気配を探るが、やはりアマテラスに動く様子はない。

 

 もしも先ほどの攻撃を続けてくれば、追い詰める手をいくつか用意していたのだが——


「……残念」

 遥斗が重く淀んだ空気の中、小さく呟いた。


「何がだ?」

 突然、背後から氷のように冷たい声が聞こえる。


 振り返ると、いつの間にかアマテラスが回り込んでいた。

 金色の瞳が暗い光を宿し、クサナギの刃がオーラを纏ってきらめいている。


 いつの間に後を取られたのか。

 遥斗が僅かに眉をひそめる。


(彼の速度に反応が追いつかない)


 装備を失ったことで、戦闘能力が大幅に低下していた。

 力量、速度、各種ステータス。

 すべてが削がれている。


「何か企んでいたようだが、甘い!」

 アマテラスが冷酷に言い放つ。


 クサナギが弧を描いて振り下ろされた。

 遥斗がその軌道を完全に読み切り、サンクチュアリで打ち払う。


 ガキィィィィン!!!


 計算され尽くした斬撃が放たれ、金属の激突音が戦場に響く。

 と同時に発生した衝撃が、遥斗の体を容赦なく弾き飛ばした。


 片腕での防御では、威力を受け流すことができない。

 遥斗の体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。


 それでも必死にサンクチュアリでガードの姿勢を維持し続ける遥斗。

 そこへ目掛け、正確に次の斬撃が飛んできた。


 ズガァァァァン!!!


 再び弾き飛ばされる。

 地面を転がりながらも、桁外れの予測能力で致命傷だけは回避していく。


 アマテラスの攻撃は圧倒的だった。

 一方的な攻勢に、遥斗はただ受けることしかできない。


 傷口からは止めどなく血が流れ続け、戦場が深紅に染まっていく。

 体力の限界が確実に近づいていた。


(やっぱり、息吹の回復じゃ追い付かないか)


 それでも遥斗の思考は止まらない。

 感情という制約から解放された脳は、絶望的状況でも冷静に分析を続けていた。


(もう一度、アレやってくれたら助かるんだけどなぁ)


 血まみれになりながらも、遥斗の漆黒の瞳に諦めはなかった。

 ただただ冷徹に、勝利への細い道筋を求め続けている。


 エーデルガッシュたちが悲痛な面持ちで見守る中、感情を捨てた少年はしぶとく戦い続けていた。

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