302話 利用するモノされるモノ
強い光点が幾つも瞬いている。
あたかも夜空に輝く星々のように、それらは暗闇の背景に浮かび、その瞬きの強度は存在の強さを雄弁に物語っていた。
この頭の中に展開される光景は、エーデルガッシュの《ゴッドアイ》によってもたらされたものだった。
「ユーディ、ありがとう」
遥斗は静かに告げた。
彼の視線は虚空を貫き、誰にも見えない情報の海を泳ぐ。
エーデルガッシュにとって、その意図は不明瞭だった。
だが、今この時に信頼すべき相手は、疑いなく遥斗だった。
彼女は言われた通りに魔力を解き放ち、得られた情報を遥斗と共有したのだ。
遥斗は戦力を視覚的に把握し、分析する。
ここにいる全ての生命体の「強さ」が、光の明滅として表現されている。
その輝度と大きさが、存在の武力を示す物差しとなっていた。
己方の陣営で際立つ輝きを放っているのは、アリアとブリード。
この2つはまさに別格。
一等星のように眩いばかりの強度で燦然と輝いている。
しかし――
教団側から発せられる光の存在感は、それをも凌駕していた。
アマテラスとツクヨミ、二人から放たれる光芒は、正視できないほどの強度で空間に満ちていた。
遥斗の表情が曇る。
(職業やスキルの相性もあるから、絶対とは言えないけど……いくらなんでも……これは……)
力の差は歴然。
そして教団側には「理外の刃」という切り札もある。
アマテラスは、この現実を知った上であえて代表戦を選択したのではないか。
勝てる自信があるからこそ、無駄な犠牲を避けた――その可能性は低くない。
遥斗は深いため息をついた。
勝つ可能性があるとすれば……
(残るは運だな。この世界が皆に何を望んでいるのか……)
そして、ルシウスに向き直る。
「ルシウスさん、理外の刃のこと、知っていたら教えてください」
ルシウスは少し意外そうな顔をしたが、すぐに優しい微笑みを浮かべた。
「ああ、私に分かる範囲で良ければ」
「オカートとは何なのか。呪いがどうやって具現化するのか、知りたいんです」
遥斗の眼差しは真剣そのものだった。
瞳には、決して妥協のない意志の光が宿っている。
「呪いとは、魂が魂に働きかける力だよ。強い魂には力がある。例えば愛、例えば憎悪――」
ルシウスの声は穏やかだった。
「これらは単なる概念ではない。本当に存在する"何か"であり、相手に影響を与える力を持つ」
遥斗は無意識のうちに頷いていた。
(暗示に近いものかもしれない……)
さらに彼の脳裏には、別の連想が浮かんでいた。
(ハルカの力と、どこか似ている……)
「そしてオカートは、それだけでは存在できない。定着させる『媒介』が必要なんだ」
遥斗は何かを思い出したように顔を上げる。
「グランディスさん、デスペアを見せてもらえますか?」
グランディスは少し不思議そうな顔をしたが、黒い輝きを放つチャクラムを取り出した。
それは禍々しい光を放ち、手に触れているだけで冷たい感覚が全身を駆け抜ける不思議な武器だった。
遥斗はマジックバックを開け、その中から別の武器を取り出す。
「これは、エレナに錬金してもらったシャドウサイズ。デスペアと同じ素材で作ったけど、別の物になりました」
デスペアと同じ形状をしたそれは、似ているようで大きな違いがあった。
ルシウスは二つの武器を交互に見比べ、軽く首を振った。
「確かに形は同じだけど、シャドウサイズにはオカートが入っていないね」
「どうやってオカートを入れるのですか?」
遥斗の問いに、ルシウスは周囲を見回した。
イザベラやブリード、遥斗の周りに集まっている人々を見て、ルシウスは軽くため息をついた。
「こんなに沢山の人に知られたくなかったんだけど……非常時だしね」
彼は少し心配そうな表情を浮かべながら説明を始めた。
「オカートは、人やエルフの後悔や憎悪といった強い感情を取り出して作る。不安、恐怖を最大限まで煽り、専用の器具に入れて魂を剥離し、武器に定着させるんだ」
その言葉に、聞いている者たちの表情が凍りついた。
「長寿命のエルフは、何百年も続く後悔や憎悪を育む。だからオカート製造には、彼らが最も適している」
グランディスの顔が蒼白になった。
彼の瞳に、先ほど目にした父の姿が蘇る。
液体に浮かび、右半身が欠損した姿。
「オカートは永遠には続かない。人の感情が永遠ではないように、いずれは消滅してしまう。その時に……武器は壊れる」
ルシウスは続けた。
「だから定期的にオカートを補充する必要があるんだ」
グランディスの瞳が大きく見開かれた。
「つまり……デスペアが壊れたのは……父さんのせいじゃなかった……?」
そして、次の思考が彼を突き動かす。
「父さんの後悔を……利用されたのか?」
グランディスの拳が震え始めた。
「ゆるせねぇ……!」
彼の目に憎悪の炎が灯る。
「これはあくまで私の知る情報でしかない」
ルシウスが静かにグランディスを制した。
「なんだかバートラムのやろうに似てんな」
ゲイブの低い声が響いた。
「あのやろうは人族の魂を抜いて利用してやがったが、エルフを使っていたなら……その『理外の刃』を作ってたのかもしれねぇな」
「エルフを『使う』だと!?」
グランディスが声を荒げ、ゲイブに食ってかかった。
「止せ!」
エーデルガッシュが鋭く制止する。
「まぁ、この話を聞けば『エルフ狩り』をしてでも理外の刃製造を目指す。なんて者が出てきても、おかしくはないだろうね」
ルシウスが困ったように笑う。
「だから言いたくなかったんだ」
エーデルガッシュは真剣な表情で前に出た。
「余の名において誓う。ヴァルハラ帝国は決してそのようなことはしない!」
「ま~実は、人族を利用する方が、もっとヤバいらしいけどね」
ルシウスが思わせぶりに微笑んだ。
遥斗の表情が険しくなる。
「それはどういう意味ですか?」
「元々、私は《ゴッド・ノウズ》のスキルを持つ神子だった。錬金の神髄を求めて旅をしててね。理外の刃を生み出すという、この地にたどり着き研究を行っていたんだ」
彼は少し言葉を選ぶように間を置き、続けた。
「だから人族を使う技術は詳しくないけど……」
前置きとして告げた後、彼は語り始めた。
「それは神を越える禁忌だったらしい。ステータスを奪う実験、年齢を止める実験、そして最も恐ろしいものは――職業を書き換える実験」
職業を変更された者達を遥斗は知っていた。
彼らは精神の均衡を失い、正気を保てぬ者も多かった。
「あの研究所を見れば納得できる……な」
エーデルガッシュはダンジョン下層で見たものを思い返す。
その瞳の奥に暗い影が宿る。
遥斗の脳裏に、マーガスの姿が浮んだ。
彼は果たして無事なのか。
いずれにせよ、遥斗たちに残された時間は少なかった。
一時間後、彼らは運命の対決に臨まなければならない。
そして、その勝敗が世界の未来を決める。




