300話 集う者
アリアとブリードの背筋が凍りついた。
声をかけられるまで、アマテラスの気配を全く感じられなかったのだ。
軍務尚書であり雷神の異名を持つブリードでさえ、必殺の間合いにまで接近されていた。
アリアにとっても同様だった。
常人離れした感覚を持つソードマスターも、彼の存在には気づけなかった。
これは相当の手練れだ。
二人の戦士は瞬時にそう悟った。
アリア、ブリード、エーデルガッシュの手が同時に剣に伸びる。
静寂の中で、僅かに鞘と剣のこすれる音が聞こえた。
アマテラスの後から、武装したエルフたちが歩いて現れた。
その数ざっと三十。
全員が高品質の魔法鎧を身につけ、禍々しい輝きを放つ武器を手にしている。
ツクヨミも彼らの中におり、相変わらず蒼く煌めくドレスに身を包んでいた。
そして、その後ろには——
「マーガス……お前……」
アリアが呟いた。
マーガスが驚愕した顔で、目を見開く。
「師匠!師匠が何故こんなところに!?」
「意識はちゃんとあるみてーだな」
彼女の鋭い眼光がマーガスを隅々まで観察し、何か異常がないかを探っている。
ブリードは静かに敵を見据えながら、体中から脂汗を流していた。
アマテラスから放たれる圧倒的な存在感が、凄まじい重圧となって彼に迫ってくる。
(……格が違うとはまさにこの事か)
彼は心の中で呟いた。
相手は恐らく、剣聖などという称号とは比較にならぬ次元の存在。
その後ろに控える銀髪のエルフも、同等の威圧感を放っている。
通常、エルフには人間のような職業やスキルがない。
身体能力の高さが彼らの唯一の武器であり、それ以外に特筆すべきものはないはずだ。
しかし、目の前の者たちはどれも並の能力ではない。
しかも、身に着けている武器からは禍々しい気が立ち上り、見ただけで肌が粟立つような不気味さがある。
マーガスの様子に、アリアの表情が徐々に厳しさを増していった。
「おい!マーガス!」
彼女の声は荒々しく、苛立ちを隠しきれない。
「操られてねーんならどういうつもりだ?人殺しに加担して、お前の親父に顔向けできんのか?」
その言葉はマーガスの痛い所を直撃した。
彼は思わず目を背ける。
しかし、すぐにハルカの言葉を思い出し、拳を強く握りしめた。
彼の心にはハルカの想いが深く浸透していた。
意を決してマーガスはアリアを見据える。
「人を殺すかは関係ない!この世界を救うかどうかです!」
その瞳には迷いはなく、強い決意だけがあった。
「はっ、いっぱしの教団員になったじゃねーの?ご立派だぜ!」
アリアの唇が冷ややかに歪む。
「覚悟はあるんだな……だったら斬る」
彼女の手が剣を握りしめる。
「愚かな……数が勘定できんようだな」
アマテラスが皮肉めいた声で言った。
彼の背後には選りすぐりの教団員たちが、目算で三十人はいる。
対して遥斗たちは七人。
四対一以上の数的不利。
それでも、遥斗達全員が武器を構えた。
アリアの表情は、むしろ嬉々としていた。
逆境になればなるほど彼女は燃え上がる。
「そう、それならば絶望を与えた方が良さそうね」
ツクヨミが静かに言った。
彼女はポケットから何かを取り出した。
それは正四面体の形をした小さなアイテム。
表面が七色に変化する宝石のような輝きを放っている。
「転送」
彼女が静かに唱えると、アイテムから光が漏れ出し、地面に魔法陣を描き始めた。
淡い光が広がり、次第に複雑な紋様を浮かび上がらせる。
次の瞬間、魔法陣の上に三百人以上の兵士が転送されてきた。
全員が重装備の戦士たち。
光の中から現れた彼らは、整然と隊列を組み、武器を手に持ち立っていた。
ツクヨミは満足げに微笑む。
「すごいでしょ?このアイテム。魔力充填が必要とはいえ、これだけの人数を転移させられるアイテムはこれしかないのよ」
しかし、アリアの表情は変わらなかった。
それどころか、彼女はニヤリと笑い、腰から下げたアイテム入れから何かを取り出した。
「ジャーン!これなーんだ?」
彼女が手のひらに載せたのは——正四面体のアイテム。
ツクヨミが持っていたものと全く同じもので、七色に変化している。
「まさか……」
ツクヨミの顔から血の気が引いた。
「転送!」
アリアが唱えると、同じように光が漏れ出し、地面に紋様を描く。
魔法陣の上に、次々と人影が現れていった。
マルガ、レイン、ガルス、リリー、シルバーファングのメンバーたち。
イザベラ、ガイラス、ナッシュ、オルティガ、光翼騎士団の精鋭。
ケヴィン、サラ、アレクス、冒険者パーティのアイアンシールド。
そしてイーストヘイブン防衛隊教官ゲイブ。
一騎当千の猛者たちが次々と現れる。
「なんじゃアリア、いきなり絶体絶命じゃないか!」
マルガが怒りながらも、すぐに戦闘態勢を取る。
まさに熟練の冒険者ならではだ。
「眼前の部隊は敵と認定します!よろしいですか?」
イザベラが冷静に陣形を作りながら尋ねる。
彼女の周囲にはガイラス隊の面々が整然と並び、バスターソードを構えていた。
「陛下はご無事だ!お前ら気合入れろ!」
ゲイブがアイアンシールドに激を飛ばす。
その声に応え、ケヴィン達の士気が一気に高まった。
両軍が向かい合い、緊張した空気が流れる。
「何なのこれ?なんであいつらがアーティファクトを持ってるのよ?」
ツクヨミが呆然と呟いた。
その時、援軍の一番後ろから、戦闘には向いていなさそうな一人の青年が前に出てきた。
精鋭とは程遠く、学者風の装備で、武器らしいものも身につけていない。
「やあ、どうも」
彼は軽く挨拶した。
アマテラスの表情が微妙に変わる。
「なるほど。久しいな、ルシウス・ファーンウッド」
その言葉に、ルシウスは苦笑した。
「君たちのおかげでファーンウッドじゃなくなったけどね」
頬をポリポリと掻きながら、彼は言った。
その態度には緊張感がなく、まるで旧知の友と再会したかのようだった。
「道理で……」
ツクヨミがあきれ顔で呟いた。
「霧の結界も、ダンジョンも意味を成さないわね。あなたがいたんですもの」
「いや~当時と同じで助かったよ」
ルシウスは平然と言った。
彼らは知り合いのようだった。
いや、それ以上の関係に見える。
ルシウスの存在が何を生み出すのだろう。
殺し合いか。対話か。
それとも——




