第八十九話:お土産
「ふんふんふ〜ん♪」
「そんなに嬉しいのか?」
「当たり前ですよ!先輩達がせっかく修学旅行で選んでくれたお土産ですよ?嬉しくない訳がないです!!」
修学旅行から帰ってきて数日が経ち、俺とクレアは恒例の三人での昼食中に優梨奈へとお土産を渡した。すると、その反応が思っていたよりも大きかった為、俺達は驚いていた。
「そんなに喜んでもらえたのなら、買ってきた甲斐があったわ」
「はい!!拓也先輩!クレア先輩!ありがとうございます!!とっても嬉しいです!!それと修学旅行の話もとっても面白かったです!!拓也先輩がまさか、そんな行動に……………」
満面の笑みでそう言われた俺達は思わず、顔を綻ばせる。むしろ、優梨奈のこの表情を見て、顔が緩まない奴、いる?
「ふふふ。優梨奈はいい子ね」
「そうですかね?えへへ」
現にクレアも緩みに緩んだ顔で優梨奈を撫でている。何この幸せな時間は。
「……………あのさ、優梨奈」
しかし、ここで俺はその時間を終わらせてしまうかもしれない……………そんなことを今から聞こうとしていた。
「なんですか〜拓也先輩〜」
撫でられながら、答えている為か若干間延びした声になる優梨奈。この平和な空気を壊すことがどれほど不粋なことかはいまいち空気の読めない俺でも流石に分かっている。だが、こればかりはどうしようもなかった。頭の中には困り顔の後輩がチラついて、しょうがないのだ。
「皐月のことなんだけど」
その瞬間、全ての音が、時が、事象が止まってしまったのではないかと錯覚するほど静かな時間が流れた。クレアも先程までとは打って変わり、優梨奈の頭から手を離して真剣な表情でこの後の展開をじっと待っていた。
「………………」
そして、一方の優梨奈は少し俯いたかと思うとそこからゆっくりと顔を上げ、俺達を穏やかに見つめた。
「……………桃香がどうかしました?」
たった数秒の短い言葉ではあったが、今思い返すと優梨奈の口から皐月の名前を聞くのは随分と久し振りのことのように感じられた。
「実は以前、皐月から相談を受けててさ……………優梨奈と仲直りしたくて、色々と試しているんだが上手くいかない。どうしたらいいんだと」
「………………」
「皐月が言うには会おうとしても毎回、すれ違いのような形になってしまって、一向に仲直りできないらしい。そんで流石に痺れを切らして、調べてみるとどうやら第三者の妨害があったみたいなんだ」
「………………」
「だからさ、その……………皐月を責めないでやってくれ。あいつはちゃんと自分の行いを反省し、その上で優梨奈に謝りたいと思っていたんだ。決して、優梨奈と仲直りしたくない訳じゃ……………」
「拓也先輩」
「っ!?何だ?」
「私はある日、いきなり三人の女の子に声を掛けられました。何でも先生が呼んでるから、職員室に行った方がいい……………と」
「お、おぅ」
「ですが、行ってみると私を呼んでいたはずの先生は存在せず、事の真偽を確認しようと元の場所に戻ってみるもその三人組も忽然と姿を消していたのです」
「……………」
「それからは毎日のようにそういったことが行われました。やれ先生が手伝いを欲しているだの、やれ一緒にどこそこへ行こうだの………………そんなことが続いて、不自然だと思わない人がいますか?」
「それは………………」
「拓也先輩、言いましたよね?"会おうとしてもすれ違う"って…………………おかしいと思いませんか?今の時代、会わなくても携帯を使えば、話すことなんていくらでもできるじゃないですか。それが無理なら、メッセージのやり取りでも」
「い、いやっ!それはおかしいぞ!だって、皐月は言っていた!メッセージを送っているが返事がないと!」
「返事がない?二ヶ月近くも?それって、おかしくないですか?流石にそれだけの期間があれば、どんな人だって少しくらいは頭が冷えて、話し合おうとするんじゃないですか?」
「っ!?た、確かに!!………………ってことはもしかして、それも妨害」
「されてないです。携帯を取られていませんし、メッセージや電話の制限も特にありません。もちろん、電波の妨害も」
「そっか。良かった………………あれ?じゃあ、何で?」
「………………桃香が仲直りしたいなんてこと、そんなの分かってますよ。あと、あの三人の異変にも」
「えっ!?それって、どういう……………」
「クレア先輩………………今回のことは全て解決しましたか?」
「ええ。皐月は真相が分かってホッとしているし、妨害してきた三人組についても無事よ。むしろ、その三人組はどちらかというと被害者だったみたいね」
「………………そうですか。無事に解決して良かったです」
「優梨奈………………あなた、もしかして、最初から全て分かって」
「クレア先輩、仮にそうだったとしても私のやり方では駄目なんです。直接会うことはおろか、連絡が取れない桃香が次にどんな行動を取るかは予想できました。そこから先はきっとどうにかなるだろうと………………でも、私のやり方は強引すぎるんですよ。それに誰かが傷付きます」
「……………さっきから、二人の会話に全然ついていけないんだけど、これだけは分かるぞ。優梨奈、お前……………皐月だけじゃなくて、その三人のことも」
「拓也先輩。私、そんなにできる子じゃありませんよ?むしろ、先輩達にご迷惑をお掛けしちゃったくらいですし……………本当にすみませんでした」
「何を言ってるんだ。友達に迷惑も何もないだろ。それと"誰かが傷付く"とか言ったが、きっと優梨奈は自分の最善を選び、結果被害は最小限で済んだんだ。もしも優梨奈ができる子でなければ、その誰かはもっと傷付いていたと思う」
「何言ってるんですか。私はそんな人間じゃありません」
そこで再び、俯きながら優梨奈はボソッとこう言った。
「私はただの葉月優梨奈ですから」




