第五十五話:お盆2
「今、帰ったわ」
「おぉ、クレアかい」
「久しぶり」
霜月家の敷地内から出て、すぐのところにあるこぢんまりとした民家。そこはなんでもクレアの祖父母の家らしく、いつも帰省した際には必ず訪れているらしい。そして、今回も例に漏れず、訪問となったのである。ただし、例年と違うのは同伴者がいるということだった。
「クレア?そちらの方は?」
おおっ!!クレアのお母さんと違って、何だか温かみを感じる対応だな。同じ血が流れていて、こうも違うのか。
「紹介するわ。私の通っている学園のクラスメイト、如月拓也君よ」
「如月拓也と申します。この度は家族団欒に水を差す形となってしまい、大変申し訳ございません」
なんか、クレアに君付けで呼ばれるのは非常にムズムズするな。
「そう、畏まらんでええよ。あたしらはあの鬼母と違うからの」
「そうそう。あいつはなんべん言っても眉間に皺ばっかり寄せとる。きっと如月君にも迷惑をかけたことだろう。すまんな」
鬼母…………結構、容赦ないな。にしてもこの人達は……………言っちゃ悪いが、あの人を見た後だと凄く優しく感じるな。これじゃあ、クレアが懐くのも無理はない。
「いえいえ!クレア…………さんにも謝って頂きましたし、別に怖い思いはしていませんから」
「本当かの?」
「え、ええ」
なんかこの人達はあの人とは違った鋭さを感じるな。もちろん、大前提として優しいのは確かなんだが。気を抜けば、こちらの心内が全て顕になってしまうような……………こちらの微妙な心境の変化を読み取り、一歩踏み込んでくるような……………そんな印象を受けた。
「まぁ、こんなところで立ち話もなんじゃ。上がってゆっくりしていきなさい」
「そうさせてもらうわ」
「お邪魔します」
★
「蒼最学園に通っているんじゃったな?」
「はい」
「では十二家も…………」
「ええ。今年もまたその家の者が入学してまいりました」
「なるほど。やはり、運命じゃな」
「?」
居間に通された俺達は畳の上に座り、目の前に出されたキンキンに冷えた麦茶を飲んでいた。それにしても一体、何の話をしているんだろうか?
「ところで、話は変わるが……………お前さん達、付き合っとるのか?」
「ぶっ〜〜〜〜!!!!」
「うわっ!汚っ!?」
俺は突然された急な角度からの質問に思わず、飲んでいた麦茶を吹き出してしまった。い、いきなり何を言い出すんだこの婆さんは……………
「そんな婆さんだなんて……………お姉さんとでも呼んでくれんか?」
こ、心を読まれてる〜〜〜!!!それにお姉さんはないだろ。
「ぶわっはっはっは!!お姉さんはないじゃろ」
お爺さん、同じツッコミしてる!!
「ちょっと大丈夫?」
「うん。クレアさん、そんなんで誤魔化されないからね?君、第一声、何て言ったか覚えてる?」
「……………そんな昔のことはとうに忘れたわ」
「あたしはさっき食べたご飯のこと、まだ覚えとるよ」
「"まだ"な。ちなみにワシは覚えとらん」
なんか、血の繋がりを感じるやり取りだな。この人達、めちゃくちゃ似てんじゃん。
「とにかく!俺達はそんな関係じゃないですから!!」
「そうか」
「残念じゃのぅ」
ん?残念とは一体……………
「確かにあの子は昔から知っとるし、悪い子ではないんじゃが」
「そうじゃのぅ。ワシらはどちらかというと如月君みたいな子の方が………………」
「ほんにそれよのぅ。話に聞いていた通りの子じゃったし」
話に聞いていた?一体、誰から?
「おばあちゃん、おじいちゃん!それ以上はやめてあげて!彼、困ってるじゃない」
「何を言うとるんじゃ。困っとるのはクレアじゃろ」
「ほんにそれよのぅ」
「っ!?じゃ、じゃあ私達、もう行くわ!!一応、世間体もあるだろうから、あっちにいた方がいいだろうし」
「随分と早いのぅ」
「もうちっとゆっくりしていけや」
クレアの言葉に少し寂しそうにするお婆さんとお爺さん。それに釣られるようにして、クレアもまた一瞬だけ同じような表情をした。しかし、すぐにいつもの表情に戻すと極めて冷静にこう言った。
「……………お昼ご飯、頂いていくわ」
いや、そこはキッパリ断って帰るところじゃないんかい。全然名残惜しさを隠せてないじゃん。ってか、剥き出しじゃん。
「ほんじゃ、待っときな。すぐ作ってくるから」
「ワシも畑から野菜、持ってくるかの」
そして、すぐ行動に移すパワフルなご老人達。本当、色んな意味で凄いな、霜月家は……………
「ふんっ♪ふんっ♪」
俺は横で鼻歌を歌いながら、大人しく待つクレアを見て、そう思った。
「何だ、帰ってたのか」
「はい。今朝方」
夜、クレアと一緒に歩いて風呂まで向かっていたところ、見たことのない男性が話しかけてきた。まぁ、俺ではなくクレアになんだが……………
「そうか」
「お久しぶりでございます」
「ん?そうだったか?」
「娘に会うのに久しぶりかどうかも分からないの?………………ボソッ」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も」
「そうか………………まぁ、そんなことはどうでもいい。それよりも聞きたいことがある」
「はい。何でしょう?」
「その男は何だ?」
キタッ〜〜〜!!!なんとなく聞かれると思ってた!!クレアのお母さんの時と同じ匂いがしていたんだよ。
「私の同伴者です」
「……………なるほど」
おそらく、クレアのお父さんであろうその人は俺達を交互に見つめ、どこへと向かっているのか察したのだろう。ため息を吐きながら、こう言った。
「はぁ……………嫁入り前の娘がどこぞの男と風呂だと?もう少し、自分の立場を自覚したら、どうなんだ?」
「私は……………ただのクレアです」
「いいや。お前は紛れもなく、"霜月クレア"だ」
「………………」
「決して、血筋からは……………その宿命からは逃げられん。そのことをゆめゆめ忘れるでないぞ?」
クレアのお父さんはそこまで言うと急に興味をなくしたように踵を返して、どこかへと去っていった。そして、後に残されたクレアはというと身体を小刻みに震わせながら、俺を縋るような目で見つめて、こう言った。
「拓也、もしも…………もしも私に何かあったら……………あなたは私を助けてくれる?」
言葉の真意は分からなかったが、これだけは言える。その時のクレアはまるで迷子になって震えている子供のようだったと。




