第二十六話:ストーカー
「細かいことは後回しにしましょ。今はこの事態を片付けるのが先」
「……………そうね」
長月先輩はそう言うと肩に担いでいた傘をまるで竹刀を扱うように両手で持った。すると、それを見たクレア先輩も足元の傘を拾い、同じように持った。その時、何故かは分からないがクレア先輩の方が構えが馴染んでいるように感じた。
「お、おい!!さっきのを見てなかったのか?僕は昔、空手をやっていたって言っただろ!!」
「だったら、さっさとかかってくればいいわ」
「くっ……………」
ストーカーは先輩達に挟まれ、前門の虎、後門の狼という感じになっていた。そして、クレア先輩達が包囲網をジリジリと狭めようとした瞬間、ストーカーは思い切って拳をクレア先輩へと突き出した。
「う、うおりやっ!!」
「ふんっ!」
「っ!?ぎや〜っ!!い、痛ぇ〜〜!!」
対するクレア先輩は傘を大上段から振り下ろし、その拳を叩いた。すると、ストーカーはその際の激痛で喚き散らした。
「く、くそっ!!覚えておろよ〜〜!!」
そして、その直後、一目散にその場から逃げ出したストーカーはこちらに背中を向け長月先輩の横を駆けていった。その間、長月先輩はただただ黙って見送るだけで特に追い討ちなどはしなかった。
「…………あ、あの」
私はこの時、束の間に流れた沈黙の時間を使って救ってくれた二人に何か言葉を掛けようと声を発した。しかし、それは当事者達によって、すぐに遮られてしまった。
「…………とりあえず、場所を変えましょう」
「それなら近くの公園がいいよ。そこなら軽い手当てもできるし」
そう言う二人に従って、私達は移動を開始した。当然、気を失って倒れている拓也先輩も抱え上げて連れていった。
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「…………ん?あれ?ここはどこだ?」
「っ!?拓也先輩!!」
「っ!?いてて…………おい、優梨奈。そんなにきつく抱き付くなよ。身体が痛いだろ……………って、あれ?俺、何で身体が痛いんだ?」
「ようやく目が覚めたのね。おはよう、寝ぼすけさん」
「クレア?あれ、俺達……………」
「覚えてないのね。あなた、ストーカー男に吹っ飛ばされて気を失ったのよ」
「…………あ、確かそうだったな。あいつに吹っ飛ばされて、硬いゴミ箱に当たったんだ」
「す、ずみまぜん拓也先輩〜!!わ、私のぜいで拓也先輩が、拓也先輩が〜〜」
「落ち着け。俺は無事だ。それに……………お前に怪我がなくて良かった」
「拓也先輩〜〜〜!!」
俺は大泣きしながら抱き付く優梨奈を宥めつつ、今いる場所を確認する為、周囲に目を走らせた。
「ここは…………」
「近くの公園よ。あの後、何とかストーカーを追い返した私達は傷の手当てをする為にここに駆け込んだの」
「そうだったのか…………それにしてもよく無事だったな。あいつに吹っ飛ばされた時に感じたが、結構ガタイが良かったよな?」
「そうなんですよ!でも、クレア先輩が」
「彼女が助けてくれたのよ」
興奮して捲し立てようとした優梨奈を制して、クレアはある一点を見つめながら言葉を放った。彼女の視線を辿るとそこは近くの茂みであり、次の瞬間、そこから俺達と同じ制服を着た女子生徒が現れた。
「っ!?な、長月!?何でここに……………」
俺は今、ここにいるはずのない人物を見て驚いた。当の本人も若干、気まずそうな顔をしながら、こちらに視線を向けてきた。
「まぁ、なんというか…………成り行きで」
「そ、そうか」
それ以上の会話を繰り広げることができず、少し沈黙の時間が漂った。しかし、それもすぐに終わりを迎えた。何故なら、この場には俺よりもよっぽど会うのが気まずい人物がいると気付いてしまったからである。
「あれ?そういえば、クレアと仲直りしたんだな」
「ええ。とはいっても、あなたが眠っている間にね。助けられている最中はとてもじゃないけど、そんな状況じゃなかったわ」
俺の問いに答えたのはクレアだった。代わりに長月は軽く微笑んだ。
「そうなのか…………ふぅ〜にしてもこれで一件落着……………いや、そんなことはないか。明日からも学園で会う訳だし、報復される可能性だって」
「いえ、大丈夫です」
「ん?」
「あの人はもう何もしてきません。だから、明日からはいつもの日常です!!先輩方、本当にありがとうございました!!」
そう言って、満面の笑みを浮かべる優梨奈の言葉が嘘だとは到底思えなかった。俺はどこか釈然としない気持ちを浮かべつつもチラッと横へ視線をズラすとクレアと目が合った。
「ふふっ」
その時の彼女の表情は"安心しなさい"と言っているように感じられた。




