クリスマスの夜に
再開!
初めて訪れた街。
眩いイルミネーションに彩られ、大勢の人達が行き交う。
「凄い人だかりだな」
喫茶店の窓際席から外を眺める。
どこを見ても人ばかり、時計は12時近い。
イブから翌日まで恋人達は一緒に過ごすのだろう。
俺はクリスマスが好きじゃない、4年前の苦い思い出のせいだ。
川田美香。
思い出したくもない名前だが、悪い意味で俺の心に刻まれている。
美香は初めて出来た恋人だった。
勇気を振り絞り告白して、OKの返事を貰えた時は嬉しかった。
高校を卒業してからも交際は続いた。
お互い違う大学に進んだが、少しでも時間があれば会いに行ってた。
記念日にプレゼントも欠かさず贈った。
大学生のバイト代で買える物なんかしれていたが、美香は凄く喜んでくれたっけ。
そんな記憶が別れの決断を遅らせてしまったんだ。
遠距離恋愛は難しい、でも俺は大丈夫だと信じていた。
少し我儘なところや、自分勝手なところも魅力的に思えていたのだから、思い込みは怖い。
送ったラインの返事が素っ気なくなって、返って来ない事だってあったのに。
[ごめんね、忙しくって]
こんな返信が来ただけでも、既読スルーされなかったと喜んでいたんだから、当時の俺は救いようの無い本当のバカだった。
「別れて正解だったよ」
別れた直後は落ち込んだ。
だけど周りの支えもあり、立ち直りも早かった。
『そりゃ酷いのに掛かったな』
『とんでもない人だったんだね、颯太君大丈夫?』
別れた時の話をすると、全員が口を揃えて言った。
バイト漬けだった日々から解放され、遅ればせながらサークルにも入った。
そこでようやく、俺は元カノの呪縛から逃れる事が出来たのだった。
「…ん?」
窓に張り付く1人の女。
どこかで見たことのあるような…
「颯太!」
「…え?」
店に入るなり女が叫ぶ。
店内の人達から注がれる視線をものともせず、女が俺の座るテーブルに走って来た。
「颯太よね、久しぶり!」
「誰だ?」
「私よ、もう白々しいわね」
随分と馴れ馴れしい態度だ。
白々しいもなにも、こんな人には覚えがない。
「ひょっとして忘れちゃった?
颯太もだけど、私も随分垢抜けちゃったし」
何度も俺の名前を言うって事は知り合いなんだろう。
高校…大学時代…いや、こんなケバケバしい格好するような人間は、俺の知り合いに居ない。
髪は金髪、化粧も濃い、キツイ香水の臭いに鼻が曲がりそうだ。
なにより女の服装は露出が多すぎで、目のやり場に困る。
「美香よ、思い出した?」
「美香…まさか川田美香か?」
「そうよ、もっと早く思い出しなさい。
私は直ぐ颯太だって分かったのに」
これが美香なのか?
昔の面影が殆ど無い、甘ったるく媚びたような喋り方も不快だ。
「本当に久しぶりよね、4年振りかしら」
「あ…ああ」
唖然とする俺を他所に、美香は対面席に座る。
こんな図々しい奴だったかな?
「こうしてクリスマスイブに会えるなんて、なんか運命感じちゃうね」
「はあ?」
何が運命だ、悪夢の再来でしかない。
「ねえ、颯太はどうしてここに?」
「待ち合わせだ」
「待ち合わせ?誰と?」
「大学時代の知り合いだよ」
彼女と言えば、間違いなくコイツは喚き散らすだろう。
「へえ、もしかして女の人だったりして」
「あのな…」
何で言わなくてはならないのか。
早く帰ってくれ、店にも迷惑になる。
「なんだか変わったわね、やっぱり社会人になったからかな?」
「…そうかもな」
『お前と別れたからだよ』
そう言えたら楽なんだけど、余計に騒がれては大変だ。
「今どこに勤めてるの?
やっぱり一流企業かな、颯太って勉強出来たし」
「普通の会社だよ」
上目遣いの美香は値踏みするように俺を見る。
それなりの会社には勤めているが、別に高給取りではない。
美香は高校で遊び呆け、かなり大学のランクが下がってしまったから、それがコンプレックスなのかもしれないが、どうでもいい。
「高校時代、楽しかったよね」
「それなりにな」
美香の記憶を除けばの話。
適当に相槌を打ちながら、気が済むのを待つ。
興味が無いと分かれば、帰ってくれるだろう。
「…ねえ、今晩って暇?」
「暇な訳ないだろ」
待ち合わせって言ったのを忘れたのか?
「用事が済んだら、一緒にディナーでも…私の・へ・や・で」
「止めろ」
冗談では無い。
何が悲しくて、トラウマ相手にクリスマスイブを過ごさなくてはならんのだ。
「ひょっとして、気にしてるの?」
「気にしてる?」
「4年前の事…」
馬鹿らしくて返事をする気さえ失せるよ。
「あの日はね、どうしても外せない用事があったの」
「聞きたくもない」
言い訳をするつもりなのが見え見えだ。
4年前、イブにドタキャンされて翌日に別れ話をした。
特に理由を言わなかったのは、美香が聞かなかったのもある。
「聞いてよ、だからあれは…」
「ドタキャンして男達と部屋で酒盛り、それ以上の別れる理由がいるか?」
「え…」
「行ったんだよ、お前のアパートに」
「嘘よね…」
忘れたい記憶だ。
イブに会う為、レストランの予約をしたらドタキャン。
嫌な予感に美香のアパートへ行ってみたら、部屋の外まで数人の話し声が聞こえた。
「『チョロい男』、『セックスが下手』悪かったな。
あとなんだったか、『ケチでつまらない奴』だっけ?」
「そ…それは、その場のノリで」
「ノリで約束をすっぽかして悪口三昧か、良い友達だな」
「わ…私は浮気してない」
「関係ないだろ」
最後までその場に居た訳じゃない、しかし心が離れたと思い知るのに充分だった。
「お酒を飲んで…そうよ飲まされてたの」
「もう止めろ」
酒のせいにするなよ、翌日はシラフだったのに。
「お願いだから…聞いてよ」
どうしたものか。
情けを掛けるつもりはない、だが美香の性格上これでは終わらないし。
「はい、おしまい!!」
背後から手をパンと叩く音。
振り返ると大学の1年先輩、真田瀬紗央里が呆れた顔で立っていた。
「誰よアンタ…」
「アンタこそ誰よ」
美香に全く怯まない紗央里、大学時代の空手サークル元キャプテン、さすがは二段。
「私は颯太の…」
「馬鹿やって捨てられた元カノでしょ?
大学の頃に颯太から聞いたわよ」
「うるさい…」
確かに言ったな、紗央里にはよく相談に乗って貰った。
「その形見れば大体の想像つくわ、男にドタキャンされたってとこね」
「うるさい!うるさい!!」
おっと図星か、よく分かったな。
「お前に関係ないだろ!」
バンとテーブルを叩く美香だが、止めた方がいいぞ。
「関係あるわよ、颯太は私の彼氏だから。
やっと、ようやく初めてクリスマスを二人で過ごそうとしていたのに…」
「ヒッ…」
あの眼光に耐えられる奴はそうそう居ないぞ、俺だって組手の時は縮み上がるのに。
「サカりたきゃ、他をあたりなさい…」
美香は這いずるように店を出ていく、腰でも抜けたかな?
「…やっちゃった」
紗央里の雰囲気が一変する。
これが本来の姿、優しく綺麗で虫も殺せないように見えるね。
「いいよ、助かったから」
「ごめんね、仕事で遅くなったから、あんなのに絡まれちゃって」
初めて紗央里の勤務先に来たから起こってしまった出来事だけど、気分は悪くない。
「おかげで悪夢は吹っ切れたよ」
やはり過去に区切りは必要なのか、スッキリした。
「行こう、もう12時を回ったよ。
予約の時間が近い」
「うん!」
これから紗央里と深夜レストランでのクリスマスディナー。
差し出した右手を握る紗央里の笑顔、ようやくクリスマスが好きになれそうな気がした。
終わり




