☆97 ラッキースケベ?ってそんなにいいもんじゃない
まどろみの中で誰かの囁きを聞いた気がした。
どこか泣いているような声で、知らない人の歌声がずっと聴こえていて……そんな、はっきりとしない夢だった。
マケインは、気が付くと頬に涙が伝っていることに気が付いた。
なんの変哲もない、そんな早朝の夢だった。
「もう、しっかりして」
くすりと隣に寝ていたトレイズは笑った。
「ああ……うん」
「なにかあった?」
「いや……なんでもない」
夢の中で聴いたその歌声は、綺麗に澄んだ旋律だった。
まるでこの世のものとは思われない……そんな、淋しい響きがあった。
「それより、良かったの。婚約指輪を下町の小さな店で選ぶだなんて」
ベッドの中のマケインは何かを誤魔化すように早口に言った。トレイズと昨夜交わした肌の熱を思い出して赤面する。
「ふふーん、いいのよ。あたしは見てくれよりも気持ちを大事にする奥さんになりたいの」
「本心は?」
「下っ端騎士のマケインに無理はさせられないわ」
少女は妖しく笑う。
なんとも言えない気持ちでマケインは自分の頭をかいた。ぐしゃぐしゃと髪をかき回して、
「えー、その。トレイズさん。言わなくちゃいけないことがありまして」
自室のベッドに腰かけていたマケインは口ごもる。そうして、下着を拾って着ているトレイズの前に箪笥から取り出した沢山の金貨の入った袋を見せた。五十枚ほど入っている。
「なあにこれ!」
「これ、姫殿下からの給金と事業の儲けの一部です」
「は……?」
白い下着姿のトレイズは薄暗い室内で叫んだ。
「どこからこんなお金が出てきたのよ!! これ、金貨でしょ……上級貴族だってびっくりの枚数じゃない!」
「トレイズさん。声がでかいです」
「だってこんなの……」
トレイズの口を手で塞ぎ、マケインは深刻な声色で話す。
「事業を信頼できるストーン商会に預けておいたら、知らないうちにモスキーク領を越えて店が徐々に増えてまして。知らないうちに売上があがって、どんどん貴族や大商人から儲けを出していたようで」
頭が痛い。
「気付いたら、俺、ちょっとした小金持ちに……」
なんて馬鹿なことをしたものだろう。
小心者のマケインには、とても公にできない秘密だ。大体、実力のない者が金を得ると碌な目に遭わないのだ。襲われたり殺されたりしてしまうのだ。
マケインが遠い目になっていると、トレイズは冷たくズバッと切り捨てた。
「いや、それは小金持ちって域じゃないわよ」
「まさかこんなことになるとは」
「下っ端薄給騎士がへそで茶がわかせるわね。この無自覚、なんで黙ってたのよ!」
「俺にとったら醜態なんだよ! 薄利多売でやっていこうと理想を持っていたら、自覚のないうちに、いつのまにかアイツ等貴族相手ばっかに商売してたんだぞ!」
マケインとしては恥ずかしくてしょうがない。監督不行き届きも甚だしい話だ。自分の発言力がどれだけ頼りないものなのか身に染みる。そしてこんな展開になって、みんなが良かれとやらかしたその利益に助けられようとしているだなんて余計にみっともなさがこみ上げてくる。
「このバカ!! 自分の才能を考えなさいよ!」
「仕方ないだろ! 俺が馬鹿なのは分かってるさ!」
「バカ! ばかばかばか、でも愛してるこのおバカ!!」
抱きついてきたトレイズによってベッドに押し倒される。彼女の桜色の髪が重力に従ってふわりと舞い、甘い匂いがマケインの理性をくすぐる。
「あのー、トレイズ。起き抜けなんだけど」
「だから何よ」
女神の確信犯の笑みに、マケインは降参をした。
優しい口づけに流されそうになったところで、自室をノックする音がした。
「…………あ、」
ゆっくりとドアが開く。
管理人が持っているはずの合鍵を手にした虎っ娘のタオラが、気まずそうな顔をしてそこに立っていた。
マケインとトレイズは赤面をした。




