☆96 誰かの決めた秩序がなければ善悪もない
そこは全ての秩序がバラバラの世界。
瓦礫に埋もれ、塵となり、虚ろな無に囚われる牢獄。
真っ暗なそこで彼女は枷に繋がれ、光の見えない時を永劫に閉じ込められている――。
「……許さないわ」
狂気に満ちた笑顔で彼女は言う。
「邪魔者の私をここに閉じ込めた神々を……私だけは許さない」
それは欺瞞だ。
見たくない屍に蓋をして、
それは偽善だ。
善き理想に反した悪を遠ざけて、
それは偽装だ。
世界に仮初の平和を装って、他愛ない時間稼ぎを……しているだけだ。
性善説なんて嘘だ。
人は誰しも暗闇を持っている。いくら否定をしたって存在している事実は変えられない。光が強くなればなるほどに影は色濃くなってゆくのに。
永遠に紡がれる正義はいっそ残酷だ。
アムズ・テルの神々は汚濁を認めない。認めようとしない。
だからこそ彼女は、ミューシャ・フィンパッションはこの監獄から出ることを許されない。
子守歌を謡いながら邪神は深淵を覗き込む。
「ああ、マケイン・モスキーク。気の毒な我の愛しき人。はじめに見つけたのは私だったはずなのに」
そうして、笑顔のまま邪神の口端が歪む。
「それなのに、どうして貴方の隣にあの女がいるのかしら……」
狂った歯車。
トレイズ・フィンパッション。
鏡のような双子の妹。誰もから愛され、崇拝される憎たらしい食神。
ミューシャはトレイズが嫌いだ。皆から愛され光の下にいる彼女のことを憎んでいる。
トレイズもまたミューシャのことを忘れようとしている。だとしたら、それは邪神にとって敵でしかない。
だがトレイズはマケインを欲し。少年もまたあの女に惹かれている。まるで運命づけられた二人だとでもいうように。
みんながアイツを愛すなんて、許せやしない。
でも、そんな少年は知らない。
のけ者にされた自分がどれほどの想いで少年の魂を望み続けたのかを、……知る由もない。
それは世界をまたぐほどの想いだ。
全ての始まりは、
邪悪と決めつけられた女神の他愛ない一目惚れだったはずなのに。
邪神はすすり泣く。泣きながら狂ったように笑っている。
「……マケイン。貴方までもが私のことを認めないの?」
今だ絶望を知らぬ少年の眼は、自分を求めることはないのだろう。彼はひたむきに光を愛し、闇を葬ろうとしている。
そのことが辛くて。苦しくて……こんなに愛しい。
「そう、これは愛。私の絶対不滅の想いだわ」
貴方が私をどれだけ否定しても、これだけは真実だ。邪神はマケインの魂を愛し、並々ならぬ執着を注いでいる。
「だから、早くここまで会いに来て」
囁きながら、目を伏せる。
「あいしてる」
――わたしが英雄となった貴方に殺されるその日を、ずっと待っているから。
遅くなり申し訳ございません。




