☆92 神殿への奉納品
武神殿、魔神殿は王都の有名な観光名所であり、信仰の拠り所でもある。姫殿下が神殿長として取りまとめる国内のすべての神殿の内で最も信仰を集めている双璧であり、王城よりも古くから健在している建築物としても名高い場所だ。
とにかくありがたくて、とにかく格式高くて、えらいこっちゃな場所だ。
そんな立派な神様に奉納する料理を作れと言われて、マケインは三日三晩頭を悩ませることとなった。
豪華なものを作ればいいというものではない。マケインという少年の本質を表すような、この世界で誰も食べたことがない料理を考えなくてはならないのだ。
「あの……旦那様? これは一体なんですの?」
マケインが試作している焼き菓子を見たトレイズの顔が盛大に引きつる。
前世で趣味で作っていた菓子のレシピを必死に思い出したマケインが作ったのは、卵とハチミツ、粗糖をこれでもかと使った菓子……カステラだった。
「カステラだよ」
「かすてら?」
「ポルトガル人から日本に伝来した南蛮菓子、カステラ! 俺と神様とのコミュニケーション、対話にふさわしい貿易の菓子といったらこれだろう!」
「…………」
呆れ果てたような、恨みがましいトレイズの視線に、マケインはぎょっとする。
「え、ど、どうしたんだ? トレイズ?」
「あたしに奉納してきた料理と何かが違う……私のときはこんな可愛いお菓子じゃなくって……」
「だ、だってトレイズの時は王都にいなかったから材料とか揃えられないものが多すぎて」
「なんで、あんな爺と婆にこんな素敵なお菓子をあげなくちゃいけないのよ」
むくれっ面となったトレイズの表情に、マケインは困り顔で頬をかく。そして、木枠の端の方にあった切り落としを指でつまんで彼女に差し出した。
「ほら、あーん」
「!?」
トレイズはパッと頬を紅潮させる。マケインからのばされた指を口で加えて、その菓子の口当たりと甘味に瞳を明るくさせた。
「マケイン! これ! ふわふわでとっても美味しいわ」
「良かった、ちゃんと焼けてるみたいで」
少年は、ソッポを向きながら返事をする。
「それと……そこにあるものは一体なあに?」
現在、マケインが油で揚げているものを見て、トレイズはこてんと首を傾げる。
「フライドチキンさ」
「なあにそれ」
「鶏の香草揚げっていえばいいのかな……」
キラッと獲物を狙う目になったトレイズの顔つきにマケインは慌てて叫んだ。
「ダメだよ! これは武神様と魔神様に奉納するためのものなんだから!」
「あたしは食神よ! だったら、この世界の食べ物を一度は味見する権利があるわ!」
「ないよそんな権利!」
ギャアギャア怒鳴りあっている二名の様子を見やったドグマは呆れたように呟く。
「マケイン様。トレイズ様。お二人とも、早く出かけないと間に合いませんよ」
「ドグマは準備できたのか?」
そこで、マケインは目をパチクリさせた。
「……やけに綺麗な恰好をしているな、お前」
「気のせいです」
「どこからそんな服を調達して……っていうか、主人より綺麗な服装をしているように」
「気のせいです」
ツン、とドグマは上を向いた。
やはり過去に神官として食神殿に所属していただけあって、神々への信仰心は並々ならぬものがあるらしい。
「ドグマったらあたしに対する時よりも、そわそわしちゃって」
「そりゃあ、彼の二柱の神々は食神様よりも格上の御身であらせられますから! 正直、昨晩は鼻血と胸が苦しくて夜も寝られないほどで」
「神殿に着いた途端にそのまま満面の笑みで死なないわよね、アンタ」
トレイズの冷ややかな言葉には一切気が付かないドグマ少年である。
マケインは生温かい眼差しで二人を見守っていたが、にこやかにやって来たダムソンの姿に笑みを浮かべた。
「ダムソン様」
「ほほ、よき日に恵まれたのう、少年や」
「そうですね。本当に……いい天気です」
「そなたに遥か天の神々からの祝福があることを祈って……」
謎の液体をマケインの額につけて、祈りの仕草をするダムソン。微妙な顔をしながら、マケインは神官の老人に尋ねた。
「あの……これ、なんですか」
「聖油じゃ」
そのありがたい油は、妙ちきりんなお香と魚の匂いがした。
(切実に気のせいでありたい)
馬車で出かけたマケインは、神殿の前まで来るとその長い行列に度肝を抜かれる。
果てが見えないような王都の民の大行列。皆々、奉納品を持って祈りながら真面目な顔をして並んでいる。
その光景を見て少し怖くなったマケインは、チラリと自分の持ってきた食べ物を見た。
(これで良かったんだろうか……?)
金銀財宝とか、宝石とか、そういった類のものの方が無難だったのでは、と不安になる。しかしながら、他でもないトレイズのアドバイスに従った結果だ。今更引き返すわけにはいかない。そんなことを考えていたら、食神様の暴言が聞こえてきた。
「ふん、今更宝飾品なんか持ってこられたって、神様的には面白みも何もないわよね」と。
綺麗な横顔を退屈そうに歪め、他愛もなさげにそんなことを言い放つ。
「お、面白くないんですか」
「なんていうの、ほら、私たち神々って異界にいるじゃない? 現実世界の通貨や財産をちょろっと貰ったところで、信仰の一つとしては数えられるけど、宝物自体は使い道も何もないわけよ」
つまらなそうに彼女は話す。
「だったら、少しは興味が惹かれるような物をつけてくれた方が、こちらとしてもインパクトが違うのね。あたしの旦那様はそのあたりをちゃーんと分かってる聡明な方だけど」
(いや、分かってません。
どちらかというとトレイズに料理を奉納したのは、かなり安直な発想でしでかしたことであって、そんな裏まで読んでやったことではありません!)
冷や汗を隠して、マケインは虚ろな笑いを浮かべた。
「そ、そうだな。そんなことだったかもしれないな」
「ふふ、富裕層の連中ってお金を積めばなんでも手に入ると信じてるのよ。ホント、下賤の民って考えることが醜悪で愚かだわ」
「そこまで言わなくても!」
「ほほほほほ」
相変わらず女神の考えることはひねくれていて読めないものがあった。




