☆90 魔導士への弟子入り
マケインは呆気に取られて繰り返した。
「死ぬしかないだって?」
この老婆はなんて極端なことを言うのだろう。意味が分からずにいる少年へ言い含めるようにアニエルはその真意を説明する。
「今の小僧じゃ誰かを守るどころか、魔法を暴走させて周囲に危害を加える可能性の方が高いということさ」
「そんなことしない!」
「訓練不足で魔術を実践に使用した愚か者の末路は、得てして制御不能に陥った末の暴走死だ。普通、才のない人間が魔力を戦闘で扱うには、気が狂うほどの基礎修練が必須となる」
その言葉に、マケインはぎくりとした。
氷魔法を扱った際の魔力がごぽりと溢れるあの嫌な感覚を思い出す。
ただ魔法の方向をつけることだけが精一杯の自分。使った後の無残に破壊された辺りの景色。まさか、自分に魔法が扱えているとはとても言い難い現実がある。
「そんな、こと……」
そんなことはあったのだ。
怖いくらいにアニエルの指摘は今のマケインの問題点を言い当てていた。
もしも制御を失った魔法が敵ではなくトレイズやエイリスに当たってしまったら? 恐らく最悪の事態が起こってしまうことだろう。守るべき者を自分の手で壊してしまう可能性の方が高いのだ。
今までは運が良かっただけだ。基礎も積み上げずに結果だけをかすめ取っただけのようなものだ。王城の騎士がマケインを馬鹿にする理由は分かる。ただの幸運で英雄を気取っているひ弱な子どもだからだ。
(……俺は自分が恥ずかしい)
マケインは頬がかっと熱くなるのが分かった。
「それじゃあ、どうしたらいいんですか! 才能がない俺は、どうしたら!」
「……もしもこのまま魔力の成長が止まらなかった場合、アンタは遅かれ早かれ死ぬしかない。他の誰もそれをしなかったとしたら、魔力暴走を起こす前にこのアタイが手を下す。この国の災厄となる前に芽を摘むこと。それが一番簡単な道だ」
厳しい眼差しで、アニエルは話す。絶望を感じて目眩がしそうになった少年の肩を支えると、ダムソンは穏やかに口を開いた。
「それしか道はないのかの? こういってはなんじゃが、儂はこの少年のことを高く買っておる。豊富な魔力だけではない……土壇場の判断力や度胸、素直な精神性。他でも並々ならぬ料理の才はこの世界に革命を起こすほどのものじゃ。できるなら大事に育ててやりたいのじゃよ」
「……アンタは、それだけの価値がこの子どもにあるというのかい? 失敗したら城が吹っ飛ぶだけでは済まないかもしれないんだよ」
「それで守られる有象無象の命よりも、この子の可能性は貴重なものかもしれぬ。末はこの国有数の戦略級魔導士となるかもしれぬじゃろう? 何より、この儂がとうに情が移ってしもうておるよ」
「……ああ、もう。ダムソン。アンタは本当に厄介なことを言う」
そこでじろりとアニエルの目がマケインを睨んだ。射貫くような視線に少年の背筋が寒くなる。
「それこそ、死ぬほどの思いをすることになるよ。生きながらに地獄を見る覚悟はあるのかい、マケイン・モスキーク」
「……それはどういう意味ですか」
「それくらいの思いで魔法の修行をする覚悟はあるのかって聞いてるんだよ。使い物にならないガラクタのような才能をそれなりに見れる程度にするなら、真面目に修行に取り組まなくちゃ到底不可能だ。普通なら五年。急ごしらえでどうにかするなら、よっぽどいい師匠の下で半年の地獄のトレーニングをこなしてもらう必要がある」
「やります」
「ほう、即答かい」
そこでようやくアニエルは仄かに笑った。
「だったら、アタイに何か言うことがあるんじゃないかい。この国で最強と名高い国家魔導士のアニエル・ホップキンソンを目の前にして、千載一遇のチャンスだよ」
目を白黒させている少年に、ミューレがウインクをした。
「お祖母ちゃんは、あなたに魔法を教えてもいいと思っているみたい。昔からダムソン様のことが大好きなの、うちの祖母は」
「乙女の恋心を簡単に教えるんじゃないよ」
アニエルは頬を赤らめてソッポを向く。
ダムソンは何とも言えない表情で目を宙に浮かせていた。衝撃の事実にマケインは驚くが、ここは気にしないように努める。
「弟子にしていただけるんですか?」
「誤解するんじゃないよ。頼まれもしない面倒ごとをどうしてアタイが引き受けなきゃならないんだい。道理がなってないじゃないか」
「……はい」
マケインは意思を強く持ち、大きな声で言った。
「アニエル・ホップキンソン国家魔導士様! どうか、この不肖の自分に魔法を教えていただけないでしょうか!」
「ふん、いい目をするようになったじゃないか」
アニエルは愉快そうに笑う。
「楽じゃないよ」
「ありがとうございます!」
マケインの覚悟は決まった。
地を這い、泥水をすすれ。誰よりも土臭くあがくしかない。
君の笑顔を守れる俺になりたい。ただその一心を貫く為に。
いつも美味しいとこ取りだけでは、人生は歩んでいかれないのだから。




