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☆88 オートミールと信仰の特異点




全ての顛末を知ったダムソンは、がっくりと項垂れた。


「マケイン殿……これは一体どういう話ですかな」

「まあ……その、つまり」


「儂はてっきり勇敢な騎士になられると思っておったのですが……何故に姫様の厨房係になり、我々は今食料市場を歩いているのですか」


ドグマはむすっと言った。

「それもこれもマケイン様が悪いんです」


「ドグマ、そなたが付いていながらどうしてこんなことになったのじゃ」

「僕はようやく実感しました。ご主人様の暴走を止めるのは不可能なことだと。何を考えているのかさっぱり分からない」


マケインはやけっぱちになって笑った。

「ハハハ、まあどうにかなるって」


「そうよ、マケインの料理は世界一なんだから!」

せいろのような籠を持たされたダムソンにそう言いながら、簡素なドレスを着たトレイズは頬を膨らませている。マケインの腕にしがみついて平らな胸を押し当てた。

残念なことに、柔らかな感触はなかった。そのことを考えないようにして、少年は買ったばかりの麻袋に入った穀物を手に広げる。


「ちゃんと大麦が手に入って良かったよ」

「そんなもの何に使うんですか、大麦酒の材料にしかなりませんよ」


「これの皮をむいて蒸すんだよ」

「蒸す?」


「えーと、蒸気で加熱するんだけど……厨房の鍋の上に乗せるのにちょうどいい籠が見つかって良かったよ」

しかもこの籠、他国からの輸入品でなんと竹でできているのだ。うまい具合に道具がそろって胸をなでおろすばかりだ。


「大麦とこの籠と石鉢で何を作るつもり?」

きょとんとしているトレイズに、マケインは笑いかける。


「ほら、姫様に料理を出すにしたって、しばらくあの人は固形物を食していないわけだろ。そういう人に脂っこいものや消化に悪いものを出すとお腹を壊してしまうんだ。だから、今回は粥を作ってみようと思って。本当は米が手に入れば良かったんだけど……この国にあるもので、代用できるのが大麦さ」


マケインが試してみようと思ったのは、オートミール粥だ。

勿論、この世界にインスタントオートミールなんて流通しているはずがない。なので、大麦を一粒ずつ剥いて、竹の籠で蒸したら石鉢で少しずつ潰していく。形が崩れるまで潰された穀物を今度は鍋に入れ、ひたひたになるように水を足して煮込むのだ。

そうしてドロドロになった大麦がゆに切り分けた鶏肉とその骨からとったスープを入れ、松の実と油で炒めた玉ねぎを足す。

これらの材料はなんと、厨房に元々あったものだ。流石王宮の炊事を一手に司るだけあって、なかなか珍しい材料も揃っている。






そうして出来上がった料理を目にしたズーシュカ姫は怪訝な顔となった。


「これがそのスープ、ですか」

「いえ、できましたらこれはチキンのポリッジ、と」


「見た目は悪いですわ。こんなのが本当に食べれるの?」

「でも、栄養はすごくあるんですよ」


眉間にシワを寄せ、しかしながら王族の気品漂う所作で彼女は渋々スプーンで粥を口に運んだ。そうして、意外そうに目を見開く。


「……なに、これ」

「問題でもありましたか」


彼女は一口、二口とスプーンを動かす。たちまち皿の中身は少なくなり、代わりにズーシュカ姫の目が星のように輝いた。


「なんて優しい味なの」

「…………」


「――マケイン。あなたは、何者ですか? わたくしは今までこのような料理食べたことありませんわ」


ようやく姫君は食べ終わり、真剣な眼差しで少年に向き合った。この一皿は彼女の関心を惹くに至ったらしい。その成果にマケインは嬉しくなった。

「私は、ただの一般人です」


「嘘おっしゃい。この王族の私ですら食べたことのない斬新な料理ですのよ。どれだけの規格外であることか、あなたは自覚していないのですか? ……少なくとも……」

そこで姫君は少し恥ずかしくなった。


「少なくとも、神殿の長であるわたくしは、あなたをうかつに手放すことができなくなりました」

理知的な眼差しで、ズーシュカ姫は話す。その姿は、とても今まで寝所でだらしなく生活を送っていたものには見えず、マケインはドキリとする。


「トレイズ神を魅了するほどの料理の才。辺境からそのような噂を聞かなかったわけではありません。ですが、こういうことなのだと知ってしまえば話は変わります。この人を惹きつける才は、あなたはこの世界の信仰の特異点にすらなり得るのですよ」

「…………?」


「ああ、まだ少年のあなたには分からないのですね。なんて気の毒な子でしょう」

そう口にするズーシュカ姫も、マケインとは歳がさほど離れてはいない。しかしながらその頭脳はよほど大人びていた。


「でも、俺は……私は、武神の加護も魔神の加護も得ていません」

「マケイン。あなたは、ちゃんと武神様の神殿に供物を捧げたことがありますか?」


「え……いや……」

「捧げてごらんなさい。あなたには王都の両神殿に礼拝することを許します。もしかしたら、スキルの一つくらいもしかするかもしれませんよ」

呆気に取られているマケインに、ズーシュカ姫は意味深に笑った。


「神々は、才ある若者を好むといいます。あなたの今後の頑張り次第では、正式に私の騎士として取り立てて差し上げてもよろしくてよ」

長い漆黒の神。紫の瞳。

美しく妖艶に、王族の少女は微笑んだ。



「とりあえず、このポリッジをもう一杯いただける?」



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