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☆81 強くなりたい




今回の件のような事態が今後再発しないよう、防止策として獣人部隊の運用法を変えることにした。具体的には、モンスターが発生しないように定期的な間引きをすること、いつでも魔物が出現しても混乱しないような準備を整えることなどだ。


ブラックサーペントから得られた素材は一部を残して売りに出し、代わりに獣人たちの防具を用意する。見た目にも奇麗になった装備に皆も嬉しそうだったし、何よりマケインの直轄部隊というそれっぽい箔がついた。

それなのに、あの葬儀以来、何故か色を欠いた日々が続く。


「……マケイン、いく、よ!」

金の髪をなびかせたタオラは力強く大剣を振り回し、風よりも速い斬撃を繰り出した。いくら訓練用の木剣といっても、冷汗が滲みそうな攻撃だ。

その重い一撃を反射的に受け止め、そのまま押し戻されそうになる。


「く……そ!」

剣だこが擦れて熱くなる。

「……違う、今のは、受けるんじゃなくて相手の剣を流すの!」

「そんなこと言ったって!」

「……ここが戦場なら、マケインは百回死んでる」

言い訳をしようとした少年に、金虎獣人の少女は厳しく告げた。半目になった顔、したーん、したーんと揺れる尻尾に不機嫌さが垣間見える。


その光景を見ていたミリアが溜息を隠せず、

「仕方ないわよ、人には向き不向きがあるんだもの」と呟いた。


「うちの兄貴は、確かに料理は素晴らしいかもしれないわ。でも、剣とか魔法とかになると、なんていうか、どーにもパッとしないのよね」


「……そんな言い訳は敵には通用しない。今回、モンスターを討伐できたのはすごかったけど、修行をやらないのはただの怠惰」


「最近はどうも覇気がないし、まったくこんなことでどーやって御父様の跡を継ぐのかしらねっ」

愛らしい顔で二人とも容赦のない言葉である。

その舌鋒の鋭さに、マケインは胸の奥を千枚通しでぶっ刺されたような気分となった。彼女たちの視線の冷たさに、傷口に塩を塗りこまれる。


「……今戦争が起こったら、マケインは必ず死ぬ」

「否定しないわ。兄貴だったら最初の戦死者になるわね」


酷い評価だ。マケインは、思わず反論してしまう。

「でもさ。ほら、戦争が起こっても呼ばれない可能性だってあるだろ?」


「……今まではそれで良かった。でも、希少属性の魔法使いで今回のブラックサーペントの武勇伝が広まれば……マケイン様は多分国王に招へいされると思う」

「マジですか」

どうにも間抜け面の少年の様子にタオラは優しく言った。


「……だから、最低限の剣だけは身に着けて欲しい。マケイン様は少しずつでも上達している。天に見放されたわけではない」


「自分ではどうも実感がないんだよなあ」

剣先はぶれぶれだし、体力も足りない。何度タオラの真似をしてみたところで、見当違いなことばかりしているような感覚となる。

極端な話、自分が剣を振るうよりも相手が避ける速度の方が圧倒的に早い。才能が足りない。スキルを使用すればまだマシな攻撃はできるだろうが、その場合自分の肉体がもたないのだ。


「そりゃあ俺だってさ……」

……もしも。

この国の一番の街。王都に再び行くことができれば、剣や魔法の師匠を探すことができるだろうか。

内緒の自己流魔力循環の訓練は続けている。あの氷魔法は扱いが難しい分大量に魔力を消費する為、恐らくは魔力が沢山保有出来ていた方が有利なのだ。

加えて。先日確認をしたギルドカードの中身を思い出し、マケインは頭を抱えたい心境となっていた。




マケイン・モスキーク【人族】【男】

レベル16/999

HP130 MP5004 STR64 DEX80 AGI58 INT測定不能 LUK測定不能 DEF70 ATK60



加護【食神】

スキル【浄水】【と殺】【発泡】【保冷】

称号【食神のいとし子】【】【男の娘】【聖女見習い】【飛竜討伐者ワイバーンスレイヤー】【勇者見習い】


―――――


「厄介ごとの予感しかしない……」

どうにもこうにも、勇者見習いとかそーゆー変な称号は謹んで返上申し上げたい。

絶対に自分には過剰すぎる称号だ。剣の一本も満足に振れないくせに、どうやって勇者に相応しいと胸を張ることができるだろう。


そもそも自分に胸はない。あっても困る。生物学的にも精神的にも男の身だし、自分の胸よりも女の子の胸をもむ方がドキドキしていい。

エイリスのような豊かなおっぱいもいいけど、個人的にはトレイズの控えめな丘陵も可憐でいい。おっぱいに貴賤はない。

そんな馬鹿な方向に思考が逸れた辺りで、控えめおっぱいの持ち主が顔を覗かせてきた。


「落ち込んでるかと思ったけど、案外元気じゃない?」


「そうでもないさ」

「少なくとも顔色は良さそう」

ふふっと笑顔になって、トレイズはマケインの頬を冷たい指で触れた。


「うん、あったかい」

「トレイズは、神様の世界に居た時は体温とかなかったの?」


「そういうものとは無縁の生活を送っていたわ。時間の感覚すら曖昧で……どこか眠っているような感じだったかも。今の方が、生きてるって感じね」


「返れたら、帰りたい?」

思わず、そんな言葉が口をついて出た。

何故だろう。急に少年は不安になったのだ。

この世界は安全とは言い難い。彼女のことを今後も守れる保証がない。そのことを思うと天と地がぐらぐらに揺れるようで、言いようもない恐ろしさが忍び寄る。


「ほら、変なこと考えないの」

トレイズは、むぎゅっとマケインの頬をつまむ。


「悩むくらいなら、守ってよ。馬鹿みたいに、あたしを守れるってそう信じてよ」


「怖いんだ」

誰にも打ち明けられなかった本心。

もしも君が、急にいなくなってしまったら。

君だけじゃない。大切な人たちの身に、避けようもない災厄が襲ってきたら。

この世界はゲームじゃないんだ。

やり直しなんかできないし、現に今回だって二人の人間が死んだ。


「守りたいと口でいうことは簡単だ。

でも、そんな資格、俺のどこにあるっていうんだ」

「でも、守ってくれた」

額をくっつけ、トレイズは泣きそうな声で囁く。

まるで氷のように冷えた体温。こんな低い温度で、少女は熱をじりじり伝えていく。


「旦那様は、あたしのことを今回も守ってくれたわ」

少年は泣きたくなったのを我慢した。


……今よりも強くなりたい。

目の前の少女を強く抱きしめても許されるほどに、彼女の隣に居続けられるような自分になりたい。





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