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☆72 失敗は成功の母?




――結論から云おう。アイスクリーム作りは失敗した。

その大きな要因としてあったのは、俺が氷魔法のコントロールができていなかったことだ。


『オーダー』


意気揚々そう唱えたのが運の尽き。

氷漬けの冷凍庫のようになった調理場で、作ろうと思ったアイスクリームはカチコチになってしまった。


「モスキーク子息、これでは魔法とはとても云えないわ。ぬか喜びしてしまったけれど、膨大な魔力に物を言わせて発動ができているだけじゃない!」


「いやははは……」


とんだ狸の皮算用。

(結局、俺の魔法に関する才能のなさはどうしようもなかったようで)

眉間に深くシワを刻み、リリーラはがっかりしたように溜息をついた。

その金髪の先には淡い雪霜が浮かんでいる。


「お願いだから、その魔法を人間に向かって使わないで。高確率で死人が出るわ」


「そんな大げさな」


「危険性を分かってないのね!?」


しばらくリリーラの説教は続いた。俺は身体を震わせて白い息を吐き出しながら、最後には巫女と対人で氷魔法を遣わない約束をさせられる。


「……それで、あなたは一体何を作るつもりだったの?」


「甘い菓子だよ」


「……おかし?」


その言葉を聞いて、氷よりも冷たかったリリーラの眼差しが少し変わった。ろくでなしを見るようだった態度がどことなく落ち着かないものとなる。


「その、あなたは菓子を作ることができるの?」


どことなく感情を押し隠した口調でリリーラがマケインに訊ねてきた。

両手を上げて少年は身を引こうとすると、少女からぐいと強引な圧力で迫られる。


「できる……試行錯誤はするけど」


「できるのね? 試しに話してみなさい」


そう促されて、マケインは言葉が上滑りする感覚がしながらも構想を話した。


「メロンアイスクリームを作ろうと思ったんだ。

メロンってのは甘いウリのことで、この国のやつだと淡白だけど匂いが似ているから蜂蜜を合わせれば充分代用が利くかなって。まず、牛乳と蜜を合わせて火にかけるだろ? そうして半分くらいになるまで気長に煮詰めていくんだ。生クリームがなくてもそうするとコクがでる。練乳状になったところで新鮮な卵を加えて、潰してペーストにしたウリを混ぜる。そうしたら、ゆっくり冷やして凍らせながら一時間に一回かき混ぜる」


「…………」

リリーラはポカンとした顔をしていた。


「理論としてはこれでアイスが完成するはずだったんだけど、今ここにあるのは攪拌する前に氷漬けになったこの部屋であります、以上」


いやはや、失敗の規模がでかい。

マケインがばつの悪そうに笑うと、リリーラがようやくマトモな目でこちらを見た。


「褒めてあげるわ。すごいじゃない」

「こんなの大したことないって」

「菓子は王宮料理人でしか作り出せないものだと知っての謙遜かしら。伯爵家に生まれた私だって数えるほどしか食べたことがないのよ」


……今なんだって?

マケインの愕然とした表情に、リリーラはニヤリと笑った。

その笑い方が実に彼女の父親にそっくりで、少年は冷気とは別の嫌な寒気を感じる。


「お父様からこんな辺境で料理を習ってくるように命じられた時には理解しがたいものがありましたけれど、どうやらあなたは私にも知らない宝を山ほど抱えていらっしゃるようね? マケイン・モスキーク」


彼女の勘は、この少年が何かとんでもない秘密を隠しているという事実を示していた。

それは、彼のトレイズ・フィンパッションが膝を折るほどの宝だ。

この世界には存在しないはずの、まだ誰にも手付かずの未知の知識たち。その存在を確信した瞬間、退屈に褪せていたリリーラの魂は歓喜を覚えた。


「マケイン」


「どうしたんだよ」


「あなたのことを、認めてあげるわ」


上から目線で、リリーラは口端を吊り上げた。

怯えた美少女のような容貌をしているマケインの手からボウルを奪い、リリーラはその欠片を優雅につまんで口に運ぶ。

それは、未だ知らぬ未知の味。

口に広がったひんやり甘い風味に、彼女は胸がじわりとした。

この感情は何だろう。

この世界へ生まれてきたことへの感動にも似たもの。

リリーラが視線を動かすと、マケインは何かに気付いたように声を上げた。


「……そうか、いっそのこと、かき混ぜなくてもいいアイスにしてしまえばいいんだ」


「かき混ぜなくてもいい?」


「魔法を練習するのも時間がかかりそうだし、今はアイスクリームを諦めよう」


そう。発想を転換するのだ。

リリーラは眉を潜めた。


「レシピ通りに作らなくていいんですの?」


「いいんだよ。料理は、原則はあっても本当は正解なんてないんだ」


「…………」


マケインが考えたのはこうだ。

いっそのこと、果汁入りのカスタードクリームを作って凍らせてしまおうというもの。

これだったら、一時間ごとにかき混ぜなくてもそれらしき氷菓子になるだろう。そんなレシピを日本のサイトで見かけた記憶がある。


全粒粉でも白くてきめの細かいものなら使えなくもない……はず。


あの手この手で実験しながら、マケインは手持ちの材料をもう一度計り直し、小麦粉を足してカスタードを練り始める。木杓子で鍋をかき混ぜて、なるべくキメの整ったまろやかなクリームを作っていく。そこに、最後の仕上げで果汁を加えた。


『俺は料理人、《注文オーダー》クリームを冷やせ、プチアイス』


マケインが呪文を唱えると、一瞬でカスタードクリームがボウルごと氷漬けとなった。


「痛っ」

ボウルの金属部分に触れていた指に痛覚が走る。

慌てて引っ込めると、その部分がヤケドのように赤くなっていた。


「……これは確かに人に向けたら危ないかもしれない」

もしもこの威力が人に向かって直撃したら、相手は怪我だけでは済まないだろう。

使い道によっては最終兵器にしかなりようがない魔法だ。


「ねえ、そんなことより、これで完成でいいですの?」


「まあね」


わくわくした顔でのぞき込んでいたリリーラが笑顔となった。当然のようにスプーンですくおうとしたところで、あまりの固さに驚く。


「食べられない……ですわ」


「そういえば、うちにはステンレスのスプーンなんてないなあ」


銅製のものではスプーンの先がアイスに負けてしまうかもしれない。


「じゃあ、トレイズのところまで持っていこうか。ゆっくり歩けば溶けてくると思うからさ」


「……持っていかないとダメですの?」


(コイツ、独り占めするつもりだったな?)

明らかに落胆した様子のリリーラにデコピンをして、マケインは凍傷にならないように気を付けながらボウルを持ち部屋から外に出た。





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