☆52 ワイバーンの丸揚げ作戦!
マケインは、集まっている獣人達に作戦を話す。こんな自分が指揮を執っていることへの不安はあれど、なるべく表には出さないようにしなくてはならない。
強気に振舞うんだ。そうでないと、誰も加護をもらったばかりの子どもの意見なんて従ってくれない。
「名付けて、ドラゴンの丸揚げ作戦だ!」
マケインがそう宣言をすると、タオラが耳をぴくぴくさせた。
「……違う、マケイン。ドラゴンじゃなくてワイバーン」
「ああそっか。わ、ワイバーンの丸揚げです」
辺りに締まらない空気が漂うものの、少年はテーブルに広げた地図の前で咳払いをして仕切りなおした。
「まず、ワイバーンの脅威は空を飛ぶ機動力です。なるべく行動の自由を奪って地上へ落とさなければなりません」
「何か策があるんだよな? 糞ガキ」
デルクが凄みのある笑みを浮かべる。それを見てピリリとしたマケインがハリのある声でアイデアを話した。
「封をした樽に入った酒に何か粘着性のあるものを混ぜて、限界まで発泡スキルを使いましょう。それをまず、投降してワイバーンにぶつけるんだ」
「それなら、タールを使えばいい。錬金術師から塗料にするために幾ばくか買ってある。それと、樽は荷馬車で運ぶしかないな」
他の獣人の声に、トシカは何か言いたげにしている。
何故アルコールを使うのかといえば、後でより燃えやすくする為。あとは酒自体に糖質が含まれている分、より飛竜の身体にまとわりつくだろうから。
マケインは語った。
「恐らくは、行動の自由を奪うところまではいかないでしょう。でも、翼は動かしにくくなるし、確実に怒って俺たちのところにまで高度を下げてくる。そこに、今度は熱い油をかけて魔法で丸揚げにするんです」
「そこで油を使う意味なんてあるのか? それと、『揚げる』というのはどういうことなんだい?」
トシカが眉間にシワを寄せて訊ねてくる。いかにも不審そうな目をしていた。
マケインはその言葉を聞いてハッと気が付いた。
そうか。この世界は調理法自体が非常に遅れているのだ。当たり前のように言葉を使ってしまったけれど、まずはこの概念の共通認識から始めないといけない。
「揚げる、というのは熱い油で食材の水分を飛ばして加熱することだ。油は炎の手助けになるし、揚げた魚の鱗は歯を通しやすく変わります」
「なるほど。つまりはそれでワイバーンの鱗の強度を下げよう、ということですか」
上手くいく保証はない。
けれど、それ以外の策なんて思い浮かばないし、今の自分たちにできる戦い方はこれしかなかった。
熱い油を使う戦法は、昔の戦でも聞いたことがある。ドラゴンの鱗の下まで浸透してくれれば、覚えたての火魔法でもワイバーンの皮膚の深部までダメージが伝わるはずだ。
説明を黙って聞いていた熊の獣人が、ガハハと豪快に笑った。愉快そうに高揚した瞳でマケインを見つめ、大男は口を開く。
「それが食神のご加護をいただいたお前さんなりの戦い方ってことか、マケイン・モスキーク」
「……はい」
「お前ら、今の話を聞いたか! 子どもの思いつきにしては、なかなかに面白い策だと思わないか!」
熊獣人のアドルフの怒鳴り声に、トシカはため息をつく。
「アドルフ。あなたはこの突拍子もない作戦に勝機があると?」
「あながち否定するのも勿体なくはある。酒と油でかかる金額を考えるとふざけたことをぬかしておるとは思うがね。錬金術師から譲ってもらったタールだってタダではない。それを全て補填できるようなアテがあると云うのなら乗ってもいいさ」
さっきトシカさんが言いたそうにしていたのはこのことか!
酒と油にかかる金額。タールだって幾らかかるのか分からない。前世の日本人の感覚で喋っていたけれど、この異世界では一体どれほど贅沢なものになるだろうか。
全身からどっと冷や汗がでる。無知とは恐ろしい。
マケインは、チラリと脳裏にトレイズの存在がよぎった。
けれど、だ。ここであのワガママな食神と、一人しかない我が家のメイドを見捨ててしまったら、自分は一生後悔して生きることになるだろう。逆に、窮地から助けることができれば神殿にかかった費用を肩代わりしてもらうこともできるはずだ。
その後から食神殿に自分が真面目に返済していけばいい。トレイズを守る為だったと釈明すれば、きっと無利子で貸してくれるはずだ。
……問題は、トレイズがあの宿場町にいるという確証がないことであるのだが。
ええい、借金がなんだ! こうなったら生涯かかってでもコツコツ支払ってやるよ!
あくまでも強気。強気だ。
「金を貸してくれるアテは……あります」
「ほう」
皆は、見返すようにこちらに視線を向けた。二度見だ。
「俺は、皆さんを獣人だからといって一方的に搾取していい存在だとは思っていません。借りた酒と油とタールの金は時間がかかっても必ず支払う。人間の自分が信用して欲しいと云っても信ぴょう性なんて何もないのも解っているけど……でも、どうしても守りたい女の子がいるんだ。その子の為なら、俺はなんだってする」
「……だったら、俺たちに向かって頭を下げてみろよ」
デルクが、からかうような眼差しで言った。
「何でもできるんだろ? 依頼とはいえ、こんな命もかかるような頼み事をするんだ、それが礼儀ってもんだよなあ? それともやっぱり獣人にはできないってか?」
気軽な口調の発言だった。
けれど、マケインは息を吸い込む。そして獣人達に向かって頭を垂れた。
「お願いです! 俺たちを助けてください!」
静まり返った一室。獣人達は大いに戸惑った。
まさか、人間が獣人に向かって頭を下げただなんて? ましてや、低くても爵位を持った貴族の家の嫡男が? 一体自分がどれほど危険な真似をしているか分かっているのか?
下手すれば、根深く対立している獣人に己を殺して欲しいと云っているような暴挙だ。この王国の他の貴族に知られれば、男爵家の評判は地に落ちるだろう。それほどのタブーとリスクを冒してまでも命を助けたい存在がいるということなのか。
「……分かった、マケイン」
静かな声で、タオラは優しく微笑んだ。
彼女も、人間に対して何も思わないわけではない。けれど、最後にはなりふり構わず馬鹿なほどに愚直さを見せたマケインには、むしろ好感を感じていた。
もしもマケインがもっと計算高い人間だったなら、タオラは逆に手助けをすることをためらったろう。
「私達が、あなたを助ける」
今まで、どんなに頑張っても報われることなんてなかった。
いくら歩み寄っても、罵られることばかり。いつしか世界は帰る場所を失くした獣人にとって息苦しいのが当たり前だと思っていた。
だけど、この手品みたいに美味しいものを生み出す変わり者の少年と出会ったことに、運命のような何かを感じたから。
もう一度、彼らを助けてみたいと思わされたから。
「……急いで支度をしなくちゃ。……デルク、トシカ! 馬の準備をして! お酒と油とタールも……! 私達は――あなたと一緒にあの小さな町の英雄になる!」
タオラ・ミクク。十二歳。
金色と漆黒の色を宿す美少女。災禍の唯一の生き残りの虎獣人。
マケインにとって幸運なことは、彼女が……武神の加護を持っていたことだろう。
凛と淡い笑顔で、少女は微笑った。
獣人を一人の人間として扱うような。
どこまでも馬鹿なあなただから、私は信じてみたいって思えたの。
展開上の軌道修正が不可能だった為、当初のプロットの通り執筆させていただきます。
この小説はフィクションです。特定の個人、団体とは関係ありません。




